2009年11月24日

孤独

孤独とは何だろうか?言葉の意味としては、他の人々との接触・関係・連絡がない状態のことだ。でも記憶にある幼少期では、「自分を理解してくれる人がいない」なんて感じたとしても灼けつくような痛みを覚えるようなことはなかった。大勢の中に混じって普通に遊んでいたように思う。

年を重ねるごとに感性というものが備わっていくのかもしれない。子どもの感性が瑞々しいなんて巷ではよく聞くけど、ウソなんじゃないかしらん。

というわけで孤独感を構成する要素を挙げていってみよう。

・自分自身/他人の理解
自分も他人も分離できなかったら孤独を感じる余地が無いだろう。
ところで理解してもらうためには自分を語らないといけないのだろうけど、これが昔から苦手。そのためか、「自分を見て」って人を見ていると疲れてくる。プライドをくすぐれば手のひらで転がるように行動をするだろうから、それを見て楽しむっていうこともありえるのかもしれないけど。
重い内容の会話をした相手が自分のことを避けないという確証を取るのは困難だから、相互理解って常に過少供給になりそうだ。

・受容してくれる人がいるという信念
自分のことを受け入れてくれる友人がいたことが実際にあれば、それを失ったときに寂しさを覚えそうだ。
「そういう相手はいたことがないんだけど、世間を見渡してみるとどうも友人・恋人に囲まれている人がいるらしい」という認識を持ったときに抱く寂しさもあるだろう。独り身の味方Charは定義からその感覚を排除しないよ!
この認識って危険で、ともすると自信喪失に繋がりかねない。友人ができない自分って不完全な人間なんじゃないか・・・と。それよりはむしろ「誰にも理解されない自分ってすごい」と開き直ってしまうほうが健全な気もする。

以上が思いつく必要条件。十分条件としては、周りから避けられている・または避けられているという認識を持っていることが挙げられそう。

今年も独り身にはこたえる季節がやってきます。相手のいる人たちは身を寄せ合うからな・・・
posted by Char-Freadman at 12:31| 北京 霧| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月14日

言葉足らずな読書家

先日友人と話していたときのこと。

Char:「多く本を読んでいるのに、自分の気持ちを表す言葉の不足を感じる頻度が減らないのはおかしくない?」
友人: 「簡単な気持ちだったら表しやすいが、複雑な気持ちだったらしくじる。読書は感覚を鋭敏にするのかもしれない。」

なるほど小説家は登場人物とその置かれた設定は著述するけど、全員がどう感じているかまでは書き切らない/書き切れない。自分が感情移入した人物の内面が著者によって表現し切れていない場合、「何か感じたんだけど言葉によっては表されていないもの」が読者の中に残るのかも。現実世界で似たような状況が生じた場合、残留した感覚だけが思い返されると。『臆病な自尊心』『尊大な羞恥心』なんてうまい表現を考えつけるのはごく一部の人くらいだし、普通はモヤモヤを抱えたままになるだろうな。

果たして文筆家の表現方法の量が勝るか、設定する環境のバリエーションのほうが勝るか・・・前者だったら読書を増やせば増やすほど言葉の不足を感じることは減っていくはず。

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脳科学・神経科学の発展に期待したいところですね。このモヤモヤの解明、ひいてはいかなる語彙が最もその感覚を近似しているか示すところまで。
posted by Char-Freadman at 16:27| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月13日

増殖するシグナル

どの大学の学士になるかにあたり最も重要な要因は、そこを卒業することが高い能力の目安になるかどうかだ。三流大学に通っても応募の際に足切りにあうだけだから、高卒で職務能力を磨いたほうがよいかも。

なんで大学の数がこうも増えたんだろう?

採用側:新設のところに行くのは既存のランキングで失敗した人が行くと推測しそう
受験者側:ブランド無さそう
国:落ち武者の行き場確保するより、優秀な研究者に補助金を与えたい

増殖するのは大学に限らない。意味のない資格検定にもあてはまる。情報の非対称が解決する(皆無視するので悪化はしないはず)とは思えないんだけど、不思議である。
posted by Char-Freadman at 16:00| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月05日

不幸論

心の健康を保つのは難しい。憂鬱な気分に陥らないために、ハマってはいけない思考法を挙げていこう!強迫観念を一時的にでも解放するのがポイントだ。

・これしかない、逃してはもうオシマイだ
人生長いんだしノンビリいこうぜ。ゴミと言われることを覚悟すれば生きる術は無限にある。
(しかし、その覚悟ができる心はそもそもストレスが溜まらないかもしれない。)

・昔はよかった、今は駄目だ
良かった昔の自分というのは錯覚かもしれない。未来があるじゃないか!
それにしても、「俺の昔にはいいことなんて何もなかった」と発言すると同情の目を向けられるのは不思議である。未来が明るいという信念を持っていて、あくまでそれに比較して昔は全然って意味なんだけど。みんな反対解釈嫌いなんだなあ。

とりあえずいま片手間に思いつくのはこの程度。皆で追加していってみよう!
幸福な思考はどれも似たものだが、不幸な思考はいずれもそれぞれに不幸なものであろうから大勢の参加が期待されるところ。

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参考文献
http://jpfax.com/unhappiness.htm
それにしても不幸自慢の多いこと。同情してもらうと負荷が軽くなるような心の作りにすることで、何か進化的にメリットがあったのかな?
人生がツマラナイのは疑いようもなく自明だからわざわざ言及しないでいいじゃん、それより希少な楽しいことに目を向けようぜって思うんだけど。

>サミュエル・ジョンソン:もしある人が自分の不幸な出来事について話したら、そこにはなにか楽しんでいるものがあると思って差し支えない。なぜならば、本当にみじめさだけしかないとしたら、その人はそんなことを口にしないだろうから。

うーん、みじめなだけの話をして周囲の気分を害する人って多いんじゃないかしら・・・?
posted by Char-Freadman at 15:57| 北京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月02日

船と棹

何か目的があって達成できないと挫折感を抱く。
何か欲求があって満たされないと怒りが湧く。

→論理(理論)は感情に先行する。

一方で、挫折している人や怒りを覚えている人を落ち着かせようと論理をこねても往々にして無駄に終わる。

この不可逆性は人類にとって有益ではあるーー不動の情熱で何かを仕上げた人の逸話の多いこと!まるで感情は川を流れる船のよう、論理はその方向を決める棹のようだ。

でも、心が簡単に説得されるようなものでなくなった代償は大きい。憂鬱な友人を放ってはおけなかったり、気に入った相手の説得に失敗してロジックの無力さを痛感することは多かろう。といってこちらも感情に流されては、ミイラ取りがミイラになって憂鬱が伝播したり、温度差から理解されなかったりと散々な目に遭う。

進化圧に反逆できるような人間になれたらいいのに!
posted by Char-Freadman at 13:26| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月31日

Superfreakonomics (超ヤバい経済学)

面白かったので一気に読んでしまった!画像は著者の一人、Steven Levitt。善良なオタクも、ナイスミドルな雰囲気を醸し出すことができるようになるのがお金のマジックか・・・!

beforeafter2.jpg



前作より社会的な問題を扱っている。綺麗なデータを編み出して、解くのが難しく思えることの背後にある人間の動機をあぶり出す手法はやっぱり圧巻。流石にオリジナル研究のみで2冊目を書くのは無理なのか、紹介がメインではある。いくつものパズルとそれに対する回答が提示されるという格好。読む気を減退させるのは嫌なので適当に紹介してみる。

一章は女として生まれることのコストを分析している。インド女性の生活が向上した理由、売春婦の生態(シカゴの娼婦と高級娼婦の生活は明らかに異なる!)や、男女の賃金格差、お金が好きなのはどちらかなど。
昏活ブームに踊らされる日本の女どもは、撤退時期を見計らう(!)賢い娼婦を見習ったほうがいいんじゃないかしら。さて店じまいをした娼婦は次に何をしたか、是非読んでみて欲しい。ニヤリとするだろう。

二章は生と死についてのインセンティブを扱う。いい緊急医師の見分け方、死の延期、テロリストを見破る方法などだ。
とりあえず子どもができたら、Aから始まる名前をつけたり、4月に生まれるように生殖行動をしてあげたりするとよさげ。

三章は利己的/利他的行動について。傍観者効果(キティ・ジェノベーゼ事件について一般に言われるのとは違う話に焦点が当てられる)、経済実験で言われていた利他的行動が誤解だったこと(cf. ジョン・リスト)など。
三流大で学士・博士を取り、二流大で教鞭をふるい、超一流大でテニュアをとった男の話でもある。

四章は安上がりな解決法について。医師と産婦とで出生児致死率が異なったのはなぜか、運転手の死亡率を下げるためのマクマナラの奮闘、チャイルドシートとシートベルトのどちらが安全かなど。

五章は地球温暖化について。人々の認識を変えようとするアルゴアの方法と、地球工学でちゃちゃっと解決してしまおうというIntellectual Venturesの方法とを比べている。どちらが安上がりで実行可能性があるかは論争があるようだけど。

六章はエピローグ。猿でも貨幣を理解するようで、人間社会の縮図が生まれたりして・・・。

センセーショナルな話を狙ったためか、発売直後から評判が悪い。特に五章の気候変動について批判が集中しているようだ(※)。以下ネタバレを含むので購入する気の方は読み飛ばしてください。

ピナツボ火山の噴火によって地球が寒冷化したことにヒントを得た、二酸化硫黄を成層圏に撒けば太陽光が散って温暖化効果が減るというアイデアに関しての懐疑的な視線が殺到している。地学には全く詳しくないので、これが科学的に可能かどうか詳しい人、是非読んでからコメントくださいな。

個人的にはネイサン・ミルボルトのほうに軍配を上げたい。人間はそんなに綺麗なもんじゃなくて習慣を曲げるのも苦手なので、皆のために汚染を減らしてよと呼びかけても効果はないって著者の意見に賛成だからだ。ガンガン技術を発展させて解決させようぜっていう野心家の方法のほうが実現可能性は高いと思う。
少なくとも安上がりな方法を探そうよって呼びかけに耳を傾けてもいいんじゃないかな、著者たちみたいに挑戦的な書き方だと伝わらない人は多そうだけどね。

※まとめが載っている。
http://languagelog.ldc.upenn.edu/nll/?p=1824
http://delong.typepad.com/sdj/2009/10/links-for-2009-10-17.html
http://climateprogress.org/2009/10/12/superfreakonomics-errors-levitt-caldeira-myhrvold/
posted by Char-Freadman at 02:01| 北京 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | ぶっくれびゅー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月27日

Obsessed minded driver's game

天気のいい日に恋人とドライブをしている男を見かけたとしよう。間違いなく彼女は助手席に座っているだろう。

が、少し考えてみてほしい。後部座席に座ってもらうほうがメリット大きいんじゃないか?

・安全その1:事故の際に死亡率が低くなる
・安全その2:見蕩れる&話に夢中になり脇見運転

カーナビの操作はどうせ運転中はできないし、後部座席にいても話はできるから眠気覚ましという重要な役割は果たせる。

以上のことを踏まえ、「私を助手席に座らせるとは、なんて気が利かない男なの」と思う女性がいてもおかしくはない。さてどうするべきか!?






(解)
二人乗りのスポーツカーを買いましょう。
posted by Char-Freadman at 14:22| 北京 曇り| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月24日

ファッショん

トートバッグやマジックテープ仕様の財布に否定派が多いとは!

http://blog.livedoor.jp/news23vip/archives/1782216.html
http://news.livedoor.com/article/detail/4404731/

なるほど俺も秋葉原やMITでの服装を見て笑うことはあるけど、こうもタブーって増殖しがちだとは知らなかった。大衆って怖い。

理由を見てみると、財布を開ける音がダサいからだとのこと。でもこの感覚ってどこから来たんだろう?流行感覚って社会における期待に左右されるけど、何がそれを生み出しているのかしら。自分がどういうタイプなのか示すために服装を選んでるって説明もあるけど(Pesendorfer, AER1995)、そのモデルだとどういう服がどういう意味を持つのかは外生的に与えられている(デザインをする会社は独占的)。でもホントは社会で形成されていくもんなんじゃないのかなー、と。というのも、たとえば俺がバンダナ着けてビン底眼鏡かけてケミカルウォッシュジーンズ着て「これが格好いいんだぜ」と言っても誰も相手にしないわけで。

さてこの特殊例に関しては、以下の理由付けがありえそう。

仮説:「私は安物を身に着けるような手抜き男と付き合うような安い女じゃなくってよ、よろしくて」

こういう女は、
・恋愛にあってもブランドを求めている
・男にコミットメントを求めている
どっちだろう。

個人的な話をすれば、珍しく異性と食事に行く際は有意に服装を変化させている(つもり)が、果たして効果はあるのだろうか?データの取りようがない・・・!

使えないものが増えていくやるせなさ。まあファッションはサイクルだから任意の時点での使っていいものの量は同じなんだろうけど、タイミングを気にしなくちゃいかんのは面倒だなあ。
posted by Char-Freadman at 07:58| 北京 霧| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月22日

経済学=非常識!?

シカゴの思想へようこそ!



2004~2007までの著者たちのブログ(http://www.becker-posner-blog.com/)をまとめて、考察を追加している。章立てからして多い。性と人口(結婚革命やゲイカップル)、所有権(薬、交通渋滞)、大学(盗用やテニュアなど)、インセンティブ(肥満税、リバータリアンパターナリズムなど)、職と雇用(リボルビングドア、CEO給与など)、環境と災害(津波やカトリーナなど)、犯罪とテロ(飲酒運転、ネット賭博など)、国際問題(ハマス、マイクロファイナンスなど)の8つだ。

彼らのブログは面白いけど一つ一つの記事の長さが辛くて読めていない俺みたいな人には朗報である。しかし、言論の自由がある建前になっているけど本音ではそうではないアメリカで、よくこんな挑戦的に見えるかもしれない意見を出せるものだナァ・・・。

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序文でブロゴスフィアに関してかなり前向きな姿勢なのが印象的だった。読者からすぐ反応が来るのが気に入っているようだ。疲れてしまったのかコメント欄を閉めてしまったマンキューとは対照的。

日本語のブログには扇動的なものが多く学術的な感じが漂うのは少ない(例外はあります)のは残念至極、けど名の通った経済学者の母数自体が少ないから仕方のないことなのかも。
posted by Char-Freadman at 12:39| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | ぶっくれびゅー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月15日

表記

日本で見かける中国の地図は、地名の呼び名がたいてい日本語での読み方になっている。非常に気に食わない。だって大陸で通じないもん!
長江のことをチョウコウと言って理解してくれる中国人は皆無で、チャンチアンと北京官話っぽく言わないといけない。アルファベットでの近似はなかなかうまくいっているような気がする(が、俺はネイティブ中国人ではないのでわからない)。
ちなみに中国の人も同じで、成田のことをチェンティエンと呼んでいるようなのでお互い様みたいだけど。海外の人と話すときに意思疎通がしやすくなるように普段からしておくといいんじゃないかなー。旅行しやすくなるし。

さて、でも一般的にはどう呼ぶのが望ましいのだろう。

・現地語を最大限尊重した呼び方
日本語の音韻では不足するが仕方ない。
・英語読みを倣う呼び方
日本語発音だと残念な感じになるけど。

地名だと分け方はこれだけだろうけど、人名だったら当人が呼ばれたい呼び方で呼ぶという方法もありうる。
たとえばAcemogluのことをクラスのトルコ人は「アジェモゥール」と呼んでいるが、アメリカ人は「アシモグル」だ。ちなみに彼はアルメニア系アメリカ人である。

圧倒的多数は英語読みをするしこんなこと気にもしないんだろうけど、なんだかモヤモヤ感が残る。
posted by Char-Freadman at 15:26| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする