Chip War: The Fight for the World's Most Critical Technology , Chris Miller著
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第二次大戦では精密な爆撃が必要となり、計算は人間が行っていた。真空管を用いた機械がそれを行うようになったが大きすぎ、より小さなものが待ち望まれた。
真空管の代わりとなるスイッチとして、それ自身では電気を通さないがある物質が加わり電界が生じると電気が流れるようになる半導体にショックリーは目をつけた。そしてトランジスターが開発された。
ショックリーの会社から離れた技術者たちは会社を起こし、ワイヤーを使わず複数の電子回路を一つの集積回路、「チップ」として統合することに成功した。小型化して電気効率を上げるのがその後の目標となった。
チップはアポロ計画で使用されて名声を得て、テキサスインストルメンツはミサイルを統制するコンピューターとしてチップを空軍に売り込んだ。
光蝕刻を利用することで更なる小型化が可能になり、大量生産に結びついた。半導体産業離陸の裏には物理学に対する確かな理解と同様、生産技術もまた必要であった。
最初はミサイル誘導やレーダーにしか需要がなかったが、低費用になるにつれ民生用としての需要が出てきた。人類が月面着陸する頃には企業用コンピューターが売れるようになった。
米国を追い越そうと必死なソビエトは交換留学で優秀な学生に電子回路を学習させ、半導体産業を起こすために産学一体となった都市を造った。
米国チップの真似がソビエト技術者の至上命題とされた。しかしその生産には光学や化学や精製技術など複数の産業が必要となるが、ソ連はそのどれもを欠いていた。諜報で知識を得ても真似できずすぐに時代遅れとなった。また企業文化も異なった。
冷戦下で日本は米国主導の産業システムに組み込まれることになった。盛田昭夫のソニーは消費者向け製品の開発に極めて優れており、チップの生産は米国が、ラジオや電卓などの製造は日本が行うという日米の相互依存が60年代に強まっていった。
シリコンバレーでは労使の関係が悪く、低賃金労働を求め香港やシンガポールや台湾などで組み立てが行われるようになった。
ベトナムではゲリラ戦が行われたが、マイクロエレクトロニクスにより精密さの向上した誘導爆撃の実験場となった。米国の軍事力が革命的に上昇したことを示していた。
ベトナム戦争での米国の敗北から共産主義へのドミノ倒しが起きると危惧されたが、エレクトロニクスの組み立ては台湾や韓国やフィリピンやマレーシアで行われるようになり、米国とアジアとの統合は進んだ。
1968年にはインテルが生まれ、それまでの磁気コアではなくシリコンチップでメモリーを生産した。計算ではなく記憶用のチップは特化している必要はないため、多くの装置で使うことができ規模の経済を確保できた。それだけでなく、一般的なロジックチップを開発した。
1970年代にはソ連は多くの弾道ミサイルを持っていた。しかし集積回路を積んだミサイルは誘導により正確な射撃が可能であり、戦闘の自動化も目指された。集積回路は米国の軍事力を再構成したといえる。
1980年代には日本の半導体産業が米国のそれに追いつき、追い越した。発明はアメリカのもの、実施は日本のものと言われたが実際にはソニーのウォークマンのように日本は集積回路を使う新製品を次々に出していた。競争は激しかった。
80年代の日本企業は不公平な競争をしているとして叩かれた。産業スパイが捕まることもあったが、シリコンバレーの商業慣行では似たようなことがやられていた。日本政府の介入が叩かれたが、米国政府もまた介入していた。日本企業は系列の銀行から資本を安く利用できた。半導体産業は日本が主導していた。
リトグラフィーについても日本は米国を追い越した。GCAのシェアは落ち、代わりにニコンのそれが伸びた。これは後者の方が質が良かったため。
80年代になると半導体は石油と同じような戦略物質と捉えられるようになった。これは軍事力が半導体に依存していたため。半導体産業のロビイストは防衛省に掛け合い、政府の援助を訴えた。
日米の外交問題へと発展し、日本の半導体は輸出制限を受けるようになった。国防総省と米国の半導体メーカーはセマテックという技術開発を目的としたコンソーシアムを築き、企業に援助をするようになった。しかしそれも虚しくGCAはニコンに敗れ破綻した。
盛田と石原の「NO」と言える日本は、アメリカのビジネス手法を批判した。アメリカの政治手腕は共産主義を締め上げるのには成功したが、その一番の受益者は経済に集中できた日本であった。
ポテト王のシンプロットが買収したマイクロンはDRAM事業に参入し、工程を減らすなど徹底的なコストカットにより成功した。
ある日インテルのグローヴとムーアは会議を開き、「新しいCEOだったらどうするか」という問いを立てた。そしてDRAMは捨て、新製品であるPCに積むマイクロプロセッサに注力することにした。そこでなら技術面で優位があった。また日本の工業文化を真似し、全ての工場が調和するようにした。
サムスンもまた政府の援助を受けそして銀行から安く資本を手に入れ、半導体産業に参入した。日米摩擦で日本の製品が低価格で売れなくなってしまったことも追い風になった。衰退した米国企業から技術を導入し成長した。
半導体のデザインは職人的に行われていたが、70年代にはアルゴリズムで行われるようになった。また半導体の演算力を必要とするものの開発に補助金が出されるようになった。政府は衰退産業を救うことはできないが出た芽を支援することはできる。無線のコミュニケーションビジネスはまさにそのようなものを必要としていた。
ソ連のスパイは米国の半導体やそれを作る機械ややり方までをも大量に盗みマイクロプロセッサーを真似しようとしたが、決して大規模に生産することはできなかった。
ソ連はタンクや兵士の数では優位があったが精密射撃という面ではお粗末だった。ミサイルの性能は悪く、潜水艦もすぐに見つかった。ソ連のマイクロエレクトニクス産業は、政治的混乱や、軍事以外の需要がないことや、国際的なサプライチェーンを欠いたため成長できなかった。
湾岸戦争ではアメリカの精確なミサイル射撃が威力を発揮し、イラクはすぐに降伏した。基本的なシステムはベトナム戦争時のものと同様だった。ソ連は防空能力に不安を覚えた。
日本企業は低利子で借りられ競争圧力が薄いことが仇となり、マイクロプロセッサーに注力することを忘れた。また、冷戦は終わり、半導体を積みコミュニケーション技術と監視技術のもとで圧倒的な軍事力を持った米国の勝ちだった。
モリス・チャンはTI社を離れ、台湾にハイテク企業を立ち上げたいというK.T.Li大臣の思惑に乗り広い裁量と資金援助のもとTSMC社を設立した。設計と製造の分業が進んだ半導体産業の中で、顧客が設計したどんな半導体でも製造するという企業である。
毛沢東は外国資本も電気製品も反社会的だとして敵視し鉄鋼業が主導すると考えていたため中国の発展は遅れた。ケ小平が現代化として科学技術の進展を掲げ、中国資本の半導体産業の立ち上げが政治的目標となっても、外国産のそれに頼り切りであった。
リチャード・チャンはTI社を離れ、上海にSMICを設立した。政治家の息子よりも海外で訓練を積んだ技術者を雇い、TSMCの真似をし政府の援助を受け製造能力を高めることで成功した。
半導体の集積度を高めるために90年代から注目を浴びたのは極端紫外線(EUV)を利用した露光技術だった。これはオランダのASML社が保有しており、同社は自社製の部品にこだわらずTSMCと関係が深いという特徴があった。防衛問題として米国政府の妨害を少々受けたものの、ASMLは米国企業のSVGを買収した。グローバル化で平和になるという思想もあった。
インテルのx86構造はPCの半導体を支配していた。一方、RISCというより効率的で電力消費の少ない構造を利用したArm社の半導体は任天堂の携帯ゲーム機などで利用された。PC市場の利益率は高く、インテルは却って携帯電話という市場を見過ごすこととなった。
2010年になるとアンディ・グローヴはオフショア化の危険性を唱え出した。バッテリーで遅れをとって以来、PC用のバッテリーも電動自動車用のバッテリーも遅れているというのがその理由だ。同様に、国際化の進む中外国製品に依存性が高まっているとして国防の危機を叫ぶものもいた。
2000年代になると半導体産業は三つに区分された。プロセッサー用のロジックチップ、DRAMやNANDなどメモリーチップ、センサー用のアナログチップだ。第三の区分にはムーアの法則は働かず、オフショア化もなかった。第二と第一の区分ではオフショア化したが、サンダースのAMDは工場を持つことにこだわった。
もともとグラフィック用だったNvidiaの半導体は同時並行処理を特徴とし、AI用にも使われるようになった。また、異なる周波数間で音声データをまとめるという技術を開発したクアルコム社は携帯電話用の半導体を独占した。どちらの企業も工場を持たず、デザインに専念していた。
設計と組み立ての分離の波はAMDも飲み込み、グローバルファウンドリーズが新会社として立ち上がった。2010年代にはさらに集積するために3Dで設計するようになった。TSMCは顧客と競合するような自身の設計する製品はなく、中立的な工場として多くの半導体企業に好まれた。金融危機対策ではまず解雇とコストカットがなされたが、そう判断したCEOは降ろされチャンが舞い戻り投資を増やして製造能力を上げた。
TSMCの恩恵を最も受けているのはApple社だ。Apple社はiPhoneのために半導体を設計するが製造はTSMCが行う。スマホもPCも組み立ては中国で行われ、高付加価値な部品は先進国で設計される。PCのプロセッサーはインテル製である。スマホは多くのチップを必要とする。プロセッサーの生産をする高い能力があるのは台湾と韓国だけ。
ASMLは巨額の投資を行い30年にわたり極端紫外線によるリトグラフィー技術を開発した。十分な光源を出すためにCymer社に頼り(のちに買収)、力強いレーザーを使うためにはTrumpf社を頼り、特殊な鏡を使うためにZeiss社を頼った。サプライチェーンの統制も丁寧にやった。単独の国の企業では不可能な達成事項といえ、2010年代半ばにようやく作動するようになった。
EUVを利用するような極小の工程は多額の費用がかかり、TSMC・インテル・サムスンは導入できたが工場規模がそこまで大きくないグローバルファウンドリーズはついていけなくなった。
インテルはCPUに特化しており、どんな演算でもできるものの逐次処理をせねばならないというものだ。一方でクラウドサービスで使うようなデータセンターで必要なのは並列処理が可能なGPUだった。Nvidiaとクラウド企業はAI用半導体設計で鎬を削っているが、インテルはその機を逃した。また設計と製造の一体化にこだわっていたがTSMCのような顧客第一の文化もなくまた顧客と競合してしまうため製造面でも遅れをとった。
中国は先進技術を全て権威主義体制の維持のために利用している。しかし半導体は全て海外製品に依存しているためデジタルセキュリティ面で不安が残ると捉えている。半導体産業育成のために投資し、科学者と技術者を呼び寄せ、技術を移転してもらい、海外企業同士の争いから漁夫の利を得ようとしている。
軍事の比喩を用い、トランプが保護主義を唱えたのに対し、習は半導体産業育成を唱えた。現状ではシェアは数%に過ぎず先進的なものは海外に依存している。台湾や日本や米国や欧州といった世界に統合されるのを拒み、政府の援助により独立した産業を立てようとしている。
半導体企業は中国市場を無視せず、IBMやAMDやArmはシェアが低下してきたとき技術をライセンス契約などで中国に売った。国防上問題と捉えるものもいた。
中国政府の息のかかったファンドは海外の半導体企業を買収している。ビジネスの皮を被っているが実際には政治的目的がある。
他の中国企業と異なり、華為は中国国内ではなく海外と競争して発展した。サムスンやソニーのように先進技術を学び、ときには他社の知的財産を無視し、政府の援助を受け、研究開発に巨額の投資を行った。スマホの半導体設計の米国独占を脅かすまでに至っている。
5Gの通信規格ではより大量のデータを送受信できるようになる。これまで利用してきた周波数帯でもっと多くを送れるだけでなくこれまで利用できなかった周波数帯を利用できる。車のような旧来の商品はデータ収集で新商品に生まれ変わる。華為は5G推進に最も適している企業であり、中国製半導体が世界でシェアを握ると軍事バランスにも変化が起きるだろう。
中国は米国の軍事力を相殺することを狙っている。中国のAIは発展している。人が多くデータは取りやすいものの消費者行動は軍事面とは結びつかず、軍事データは劣っている。アルゴリズムは優れている。演算力は米国に大きく劣る。現在の軍事で必要なのは陸海空の軍事行動ネットワークを全て調整するようなAIである。レーダーやジャミングといったコミュニケーション技術が重要であり、それは半導体の出来にかかっている。しかしこの事業はもう国防総省の手に負えないほど大きく、米国企業が主導しているとは言えないのだ。
米国の半導体産業は中国の補助金は米国の産業を滅ぼしているとして批判していた。トランプは関税を課し、メディアは貿易問題として取り扱った。半導体は単なる競争ではなく、外交的な武器として使えるものである。
マイクロン社は福建省の中国企業と契約を結んだがDRAM製造のノウハウの詰まったファイルを盗まれ、さらに地元の裁判所に訴えられた。報復として米国は同企業の輸出を禁じ、同社は倒産した。
まず米国が華為を5Gから外し、オーストラリアや日本がそれに続いた。英国は中国の技術的進展に対処するために認めていくという姿勢だった。華為は中国のマイクロエレクトロニクス能力全般を高めていくということで危険視された。オフショア化が進んだといっても、米国のソフトや道具は依然半導体製造で重要な役割を果たし、米国は強力な嫌がらせができる。華為は米国製のいかなる製品も買えなくなった。
コロナ禍の厳重なロックダウンの下でも中国のフラッシュメモリ製造企業は通常どおり営業していた。半導体製造に関わるものを全て中国製にすることは現実的ではないため、中国はサプライチェーンの弱点となる部分を減らすことを狙っている。新規規格に注力したり、禁輸措置の対象にならないような古い製造設備を利用して製造することにも注力している。
2020年も2021年も半導体生産は伸びており、現状の不足はロックダウンのせいではなくリモートワーク用PCやAIを使うデータセンターや5Gの電話などへの需要が伸びたため。韓国も台湾も日本も欧州も政府が半導体産業に支援をしている。インテルは再生に向け戦略を立てている。製造における台湾の天下は当分続きそう。
台湾は半導体産業の製造の中心であり、もし無くなったら米も中も打撃を受ける。だからといって侵略が起きないとは言い切れず、例えば封鎖などで台湾が中国に対し優越的な待遇をするよう圧をかけることは可能だ。台湾の代わりはないので、その場合共産党政府が半導体を支配する羽目になってしまう。冷戦時の米ソと比べ、現在の米中はかなり実力が近く危険である。
ムーアの法則は何度も終わりだと言われてきた。汎化能力のあるCPUと特化したGPUやTPUがそれぞれ能力を高めていくという予想もある。半導体は未来を握っている。
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・技術の簡単な解説が科学史みたいな感じでわかりやすい。
・半導体産業を興すためにオールスター日本チームが組まれたというニュースを聞いた瞬間「またトンチンカンなところに投資するんじゃないのお?」とか思ったけど、AIやクラウドやその他いろんな需要があるのがわかった。衰退産業を救うようなことさえしなければうまくやれる…かも…?頑張ってほしい。
・80年代の日本への対応、マジでクソだなと改めて思った。といって中国がドローンで精密な侵略してきたら困るので米国に嫌がらせ受けていても一切同情する気は起きないのだけど…