2011年09月23日

カワイイは正義!

Danniel Hamermesh, "Beauty Pays: Why Attractive People Are More Successful"



美はその定義からして希少だ。そして希少価値といったら経済学の出番だ!円熟した労働経済学者が美というテーマに挑む。

まず美しさとはたいていの人が同意するような属性であることを確認する。とりあえず美の認識が似通っていて体系だっていれば経済学で扱うことは可能と締めくくる。逸話だってたくさんあればデータなんだよ!
顔面に対する五段階評価軸を使って、(1)同じ人に時期を違えて評価を聞き、変化するかをみる(2)いろんな人の評価を総合するという方法をとっている。まあ、完全な一致をみることはないけど、どちらのやり方でもそうブレはないみたい。年齢による違いはないけど、男のほうがより厳しいようだ。あと仲間に関して否定的な評価を下すことには文化の違いが見られ、アメリカ人は割とずけずけ言うのに対して中国人はそうではないとのこと。男女で平均は同じだけど分布は異なり、驚くほど美形とされる人が多いようだ。異なる人種には自分と同じ人種とは異なる評価をするみたい。どの文化でも若いほうがよく、しかもその差はでかい。男のほうが見た目は減価しにくいとのこと。(婚活ビジネスには悔しい結果といえそうだ^^)年齢による差が何故存在するかは進化的なもの以外に説明は加えないし、何が美の要件か(幼児期に審美眼が形成されることや顔の対称性)も考慮しない。衣服、髪形、化粧品や整形…これらが見た目を大きく変えると信じられているけど、残念!効果はさほど無い。好きなら消費すればといった程度。

さて市場での影響を見ていく。収入に差があるだけでは、消費者の選好を写したものか、雇用者の選好を写したものかはわからない。
ランダムに取られたデータからは、平均より上の容貌の女性は並の人に比べて高い収入を得ていることがわかる。教育・年齢・健康・組合加入・結婚・人種・都市の規模・宗教・家族の背景・勤続年数など容姿と収入に関係しそうな項目を考慮しても統計的に有意なようだ。上位1/3の女性陣と平均との差は8%であり、教育の影響(=10%)と引けを取らない(!)。生涯稼得では23万ドルもの違いが出てしまう。自信・性格・知性をコントロールしても結果は同じだって。が、男のほうが収入は美に左右されるというオドロキの結論が得られている!美しいほど収入が得られるなら、美人ほど労働市場に出るのではと推測している。つまり美しさが労働選択に影響を持つとのこと。またスキルを伸ばすいろんなチャンスに恵まれるのかもしれない。自己や事件で容貌が損なわれたとき、その損失はいくらくらいかこの研究は見積もることもできる。

職業選択にも関わってくる。能力と同じく美醜だってどんな職に就くかの際考慮するだろう。平均的には、美が得をするような職(俳優とか売春婦とか)に美形が揃うものだ。政治家にとっても美しさは重要だってさ。ちなみに大学の先生は5~6/10と見た目は低めの評価が下るし(おかしいナァ、評者の通う博士課程の学生にはイケメンが結構いるんだけど!)ふつう知性を最重視しているけど、それでも6%も差があるようだ。カッコイイほどティーチングの評価が上がるし、アメリカ経済学会長職にも選ばれやすいというぐぬぬな結果が得られている

営業担当員にも美しさは重要。消費者が美形な営業員を好めばそのような人を雇うのは企業にとって得であり、実際売り上げに大きな影響がある。会社にしてみたら労働者の美は「生産的」なのだ。そのような選好を間違って無視した企業は淘汰されてしまう。美形な労働者は、その美で培った人間関係を手放したくないから企業から離れにくくなる。

ベッカーは差別を「その人から買ったり、雇ったり、一緒に働いたりするのが嫌なこと」ととらえた。見た目でもそうである。容姿での差別は、雇う側にあっても、雇われる側にあっても、消費者にあっても、賃金の差が生まれる。

市場を離れた私生活でも美しさは影響する。知性や収入といった他の要因と同じく、美もまたパートナー選びにあたって交換される。美しいほど、他の望ましい条件を高く満たす人と付き合えるのだ。またグループ形成の際の要因ともなりうる。職探しと同じく、パートナー探しでは時間を通じてお互いのことを知りあう。データからは、妻の見た目と夫の教育水準が交換されていることがわかる。

容貌でこんなに差があるのは、公平といえるだろうか。はたして「顔面の不自由な人」の団体をぶちあげることに意味はあるのか。経済の本としては珍しく法手続き的なことまで踏み込んでいる。権利保護を目指すなら既存の団体と同じく労働市場でアファーマティブアクションがとられることになる。実際幾つかの区ではそうなりつつある。データからは概ね容姿に関して同意があるようだからひどいブサイクを定義することはまあできるし、14万ドルという巨額がかかっていればブサイクの資格がある人は法的保護を求めるようになるだろうとしている。黒人差別へ是正措置が取られるなら、美に関してだって取られてもいいじゃないかとのことだ。

手法に問題がある(サンプルはロースクールの学生だし主観性は消えないし)とはいえ、これらの研究結果に感情を乱すのではなく、自分の残念な容姿を認めた上で何ができるかを考えたほうが生産的でしょうね。所詮一つの要因に過ぎないのだから。

…大学の入学式で見た可憐な美少女がそのキャンパスライフを通じてぶくぶくぶくと太っていってただ悲しくなったのを思い出したよ!

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(感想)
ちょっと政府の役割認めすぎな気もするよねーと反感を抱いたのでマイナス一点してみた。水平的公平を論じるのはどうも性急じゃないかなーと。たぶんアメリカは差別にうるさい国だから追加した章なんだろう。

労働経済学者は本当に呆れるほどたくさんの回帰分析をするナァと頭が下がりました。

「黒人は美しいと思われにくい」(Char解釈;遺伝的というより、そのような美醜の文化が西洋に存在するようだ)という研究結果で物議を醸したLSEの金沢氏は完全にスルーされいている。うーんなんでだろ。

院生は容姿が残念と思われる人のために;西海岸の同期には涼しげな顔立ち・高身長・(定義により高学歴w)・おまけに彼女も(黙ってれば)綺麗という人類の敵が居ます。性格?察してくれ。

参考文献;差別といったらベッカー先生!博論がコレというから恐れ入る。。。

posted by Char-Freadman at 23:53| 北京 | Comment(3) | TrackBack(0) | ぶっくれびゅー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月20日

繁栄のキー

効果的な政府を作るにはどうしたらよいだろうか。ヨーロッパの誇るポリエコ学者、Timothy BesleyとTorsten Perssonのユルヨ・ヨハンソン講演がPillars of Prosperityとしてまとめられました。



途上国はさまざまな問題を抱えている。先進国は、家計や会社にサービスを提供する政策を実行する能力=state capacityをもっている。また、衝突する各種の利益を暴力=political violence無しに解決する能力もある。強い政府、高い一人当たりGDP、紛争の平和的解決、これらは相関があるーー著者はこれをdevelopment clustersと呼んでいる。

本書は政府の能力を二つに分割する。一つ目はfiscal capacityであり、事務管理・監視・強制のできる税務署が広い税源から充分な税収を得ることができるかを示す。二つ目はlegal capacityであり、所有権や契約を守る各種のインフラ、たとえば法廷・教育のある判事などをもっているかどうかを示す。

この本が答える主題は三つだ。

1.state capacityを形作る力は何か、そしてなぜその二つは補完性があるのか。
2.政治的暴力を異なる結果に導く要因は何か。
3.政治制度、暴力、収入はなぜ相関するのか。

(国内の)平和・課税のしやすさ・そして所有権を守る裁判制度、これらが繁栄に至るキー。

政策策定と、制度の策定とは分けられる。将来の政府の能力は、既存の政府の投資によって決まっていくと捉えられている。現在のコストと将来の利益を勘案して既存の政府は投資を行い、既存の政府がとりうる政策は現在の政府の能力によって制限を受けていると考えていく。

2章では基本的枠組が示される。2グループ、2期、政治能力は一つの形態というモデルだ。各期で政府は税率を設定し、収入は自分のグループを利するように分配してもいいし、次期の収税能力を高めるために使ってもよいとする。次期に誰が政権を担当するかは不明だ。このとき、三つの状態がありえる。
(i)みんなのための政府:税収は防衛など公共目的に使われ、収税能力も高まる
(ii)御手盛り政府:税収は自分のグループのために配分されるものの、収税能力は高まる
(III)虚弱な政府:税収はやはり再配分に使われ、不安定で収税能力は高まらない。

3章では市場を維持する規制と法制度が考慮される。賊や官僚の搾取から身を守る制度の重要性が強調される。収税能力と司法能力は補完的、すなわち収税能力が高いほど高い司法能力が利益をもたらすことが示される。というのも、司法能力が高ければ市場で得られる収入は高くなり、課税ベースが広がるからだ。戦争、民族の単一性、政治制度、安定性といったトピックも扱われる。

4、5章では紛争について扱う。民族紛争は途上国特有のもの。政治的抑圧と紛争の可能性をモデルに組み込み、これらの形態がどう政府の能力に影響するかをみていく。そして政治的安定性が内生化される。また、政府の構築がどうなされるかもみる。

6章では異なる種類の海外援助がどのように影響するかを分析する:現金、プロジェクト、技術支援、平和維持、紛争後の解決策。バウアーのパラドクス=援助はそれが必要とされないところでのみうまくいく、ほど悲観的ではないこともわかる。うまくいく枠組みも可能なのだ。

7章では政治制度のまとまりをみる。民主制度は独裁制度より、議会制度は大統領制より、比例代表制は多数決より、結合を生み出している。いっぽう、連邦制は単一政府より結合しているとはいえない。

8章ではまとめ。司法能力と税収能力との補完性が、異なる政府の能力が存在する理由。暴力の異なる形態もまた同じような要因が鍵。政府の能力・暴力・収入が相関するのも、それらの間にフィードバックがあるから。

歴史家の視点を踏まえたモデル化を心がけている模様です。ポリエコに興味がある人にはオススメ。
posted by Char-Freadman at 13:40| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | ぶっくれびゅー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月19日

楽観の戦略的利用

悲観主義なYさんへ

楽観的になろうぜ!

以下、説得を試みてみよう。

0.使う証拠
心理学はアテにならない、と君は言う。
なるほど0.1%の有意水準をデータに要求する物理学に比べたら胡散臭いのかもしれない、でもそしたら何に基づいて判断したらいいだろう?自分の経験にしか頼らないよりは、長年研究者が苦労して集めた多くのデータも使ったほうが真理に近づけるのではないかな。

というわけでポジティブ心理学の文献から拾ってきた知見をお伝えする。

1.悲観主義は本当に「賢い」か?
悲観主義者は状況の把握に長けていると言われる。でも、その根拠となったデータは以下のようにして取られたものだ。

ランダムに点灯するライトとスイッチを用意する。本当はスイッチによらずライトは点灯するんだけど、楽観的な人は自分がライトをコントロールできていると捉え、悲観的な人はライトをコントロールできないと正しく認識した。

示唆的ではあるけれど、特殊な状況下で得られている。日常で判断が必要なときに悲観主義者がいつも賢いと、一般的に言えているわけではない。
悲観的だとやる気を失って意思決定に必要なデータ収集すらしなくなるかもしれない。

悲観主義者は悪いことが起きたら、「普遍的」かつ「永続的」なものととらえる。楽観主義者は逆に、「特定的」かつ「一時的」なものととらえている。
たとえばこんな具合に。

【大事なサッカーの試合で、点を入れることができなかった。】
悲観主義者:「自分はストライカーに向いてない」
楽観主義者:「急にボールが来たので」

【連続10人にフラれた】
悲観主義者:「自分はモテない」
楽観主義者:「日本の女は見る目がない」

2.楽観主義者は愚かか?
サンプルが少なすぎるため、どちらのとらえ方も統計学的には間違っている。それなら楽観主義を取ったほうがやる気出るしいいじゃないか、というのが俺のオススメするスタンスだ。

またポジティブな感情は、知性を磨くとの研究例がある。

3.楽観主義の得
他のメリットもある。健康と長生きに影響するし、生産性も高まるし、社会性も高まる。災難に遭ったときに元に戻りやすくもある。

4.楽観主義になる方法
そうはいっても楽観的になれなかったら意味無いじゃんと思うだろう。
でも大丈夫、効果の上がる方法はあるのだ。

失敗したときにわき上がる悲観的な説明に、自分で反論を加えるというもの。
過去のいい出来事への感謝と、嫌な出来事の容認とがキーみたいだ。

5.参考文献
ポジティブ心理学は、良い生き方とは何かを科学的に考えている分野。従来の心理学は鬱その他の精神疾患に対応するため、ネガティブな感情に焦点を当てて分析をしていた。でも人間の強みや美徳ってポジティブな動機にだって基づいているんじゃないかい、とのことだ。自己啓発や宗教に隣接していて怪しげではあるので、この分野の人は随分苦労しているみたい。

開拓者のセリグマンによる紹介(下は邦訳)。「楽観は適切なときに選択可能なもの」という考え方には衝撃を受けた。



楽観についての第一人者、ピーターセンによる入門(こちらも下は邦訳)。



上記の本によると俺は相当な悲観主義者みたいw
基本的には悲観的だけど、それでも楽観を目指したい。院生や患者などは特に楽観が効くんじゃないかなー。

6.まとめ
なにより、俺は楽しい気分のきみと話すのが好きなのだよ!説得されたまえ。
posted by Char-Freadman at 05:44| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月14日

墓地

狭い東京、何とかして拡張する方法はないものか。

お寺(というか墓地)を全部地方に移してしまうというのはどうでしょう。

寺が墓地を経営することについては、非課税となっている。檀家はもし墓地が要らなくなったとしても使用権を売買できないことになっている。

→デカいビル建てて住宅にしたり会社にしたほうが生産的なんじゃないかなー。

年に数回親族を集める法事というコミットメントのサービスは利用しているけれど、特に税制上優遇する必要は感じられない。(アホみたいに巨大な霊園利用者っていかにもカネ持ってそうだし、むしろ税金をむしり取りたい^^)

うーん宗教法人、カネのニオイがしやがるぜ…!!!

自分が死んだら焼いて海にでも撒くか、土に埋めてもらって地球のサイクルに加わりたいところ。骨壷に入って希少な土地を無駄にするなど、末代に外部不経済を与えてはいけません。
posted by Char-Freadman at 03:15| 北京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月06日

おだてる

自慢話をする人を嫌うのは損、かもしれない。

(い)本当にスゴイ業績を上げている場合
参考にできたり、情報のアンテナ増やしたりできそう。
同じ話題が繰り返されるときは(ろ)の2に移行

(ろ)ショボい業績に思える場合
(1)実は自分が知らないだけで、その世界では大した人物である場合
啓蒙される。

(2)以上のどれにも当てはまらない場合
何を言えば相手に気に入ってもらえるか明確!人間って自尊心の強い生き物だし、ファンをむげにはできないよね。
研究者に関しては専門分野の学識を褒めとけばまあ間違いはない、でも持ち上げることに利がある状況はあんまり思い当たらないなー。東大法学部みたいに封建的な師弟関係があるところ以外には。

敵に回りにくい人物を嫌っては損かなーと思うのです。
posted by Char-Freadman at 04:25| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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