2011年11月29日

手書き代行業、はじめませんか?

daikou.jpg

履歴書の手書きで学生の熱意をみたいという風潮は消えない。印刷機器業界に就職した友人の手前、キヤノンやブラザーを罵倒するには忍びない。

ならば人力だ!

エントリーシートなぞを手書きしているヒマがあったらより有意義なことをしたい人が多いだろうし、まあ1社に対して1000円までなら払っても良いと考えるかもしれない。100社受ける人もいるそうだし、そしたらなんと\10万/人!金儲けのニオイがしてきませんか。

履歴書の内容は依頼者が考えるーーもちろんオプションによりココの代行も可能だーーとして、ウェブサイトを通じるかメールで請け負うことにしよう。仕上がりの素早さが何よりも重要なため、手が回らなさそうなときは断ることもありえる。
即日仕上がりなら一社につき\2000, 翌日なら\1500,翌々日なら\1000などの価格差別をする。手渡しは基本的に大学で行うものの、一刻を争う場合は現地にする。もちろんその場合は交通費は依頼者負担だ。

読み書きができさえすればいいので、有り余る時間を持て余す小学生や中学生を雇うと安上がりで済むかも。

【考えうる影響】
1. 景気の安定
不況期のほうが学生が受ける会社は増えそうだし、この事業は景気循環に対して逆行する動きをみせそう。

2. 採用側のコスト減
寝不足でふらふらの状態で書き上げたものより、もちろん読みやすいものになろう。人事の目の疲れをとります。

3. 技能の分配
手早く書き上げるという肉体能力「以外」のことで競争が起きそう。

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少なくとも自分がB4のときはこのビジネス見たことないけど、いまはやられてるかな?情報通の方いらっしゃいましたら是非ご一報を。

画像はイメージです。
posted by Char-Freadman at 10:40| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月28日

貿易と暴力

貧富の差は何故生じるのだろう?この疑問に行き当たったとき、歴史が教えてくれることは大きい。国際貿易が果たした役割を述べるのが本書の目的となる。

Ronald Findlay, Kevin H. O'Rourke, "Power and Plenty: Trade, War, and the World Economy in the Second Millenium"



内容を一言でまとめてしまえば、「貿易パターンは、軍事的・政治的紛争の結果としてのみ理解することができる」ということ。『大量のマキシム式機関銃、シミターの刃、凶悪な流浪の騎馬民によって決められる貿易の流れによって』ここ1000年の歴史を理解しようとする。多くの歴史家は中国や欧州など特定地域からの視点に寄りかかりがちだけど、本書の特色はバランスよく世界各地を眺めていること。(ただその欠点として細部の説明が冗長になり読む楽しさは減っている。)政治が経済を形作るのであってその逆ではないという信念をもち、地政学的要因に目を向ける。また思想、信仰や制度の伝播にも焦点を当てている。そこでは、中世のムスリム世界と、中東がいかに東洋と西洋を結び付けたかについての検証がなされる。

技術革新が可能になるまで、生活水準を上げるには貿易か侵略かをせねばならなかった。チンギスハンによるパクスモンゴリカ、その帝国は西ヨーロッパから日本海に至るまでの巨大な統一市場を初めて作り上げた。その結果収入増と人口増をもたらした。そして帝国の衰亡と分裂により、ヨーロッパ人はアジアに至る別の道を探す必要に駆られるようになった。そして新大陸を発見し、アフリカとアジアの更なる探検に乗り出した。この1500年から1650年に至るまでは重商主義の時代と呼ばれる。ヨーロッパの植民政策・商業政策に対抗するためにアジアが採用した政治的・軍事的戦略について焦点を当てている。
またこの騎馬民族はヨーロッパに黒死病となって現れる病原菌を連れてきた。人口の急減は賃金の急増をもたらし、欧州とアジア間のみならず欧州の南北でも大きな差となって現れた。この点は経済史家がしばしば見落とす点だという。

工業革命も重要だ。18世紀の分析に当たり、欧州とヨーロッパ間で一般均衡論を使っていく。綿花や砂糖その他の豊富な原材料と奴隷とは、織物の輸出に利益をもたらした。植民を通じて貿易を拡大していくことで、イギリスの輸出市場は育っていった。輸送コストは低下し、海賊は減り、アジアにも浸透した。海外市場の成長は、技術進歩を利益のあるものとした。この議論は、貿易によって需給の弾力性が高まるという事実を前提にしている。
北部イングランドから始まった技術革新に現代が負うところは大きく、格差の原因ともなっている。ナポレオン戦争、パクスブリタニカを経て第一次・第二次大戦、そしてパクスアメリカナへと影響を及ぼしていった。「西洋の勃興」を、西洋以外の世界との関係を無視して制度や文化といった国内的発展のみで説明しようとするのはとんでもない間違いであるとしている。なぜイギリス/なぜヨーロッパだったかーー敵を市場から排除する英国海軍の役割が強調されている。

本書を通じて、帝国主義や紛争の結果として貿易が生まれているように著述されていく。新しい時代には新しい地勢的関係が生じ、流れが変わる。力をつけてきた現代の中国やインドへの対応に関しても教訓が得られればと期待して結んでいる。

経済史に興味のある人にオススメ。辞書代わりにどうぞw
posted by Char-Freadman at 15:38| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

災害になる貿易政策

1930年代には貿易制限が顕著に行われていた。本書はそこで何が起きていたかを分析していく。



国際金融論ではよく知られた開放経済のトリレンマというお話がある。独立した金融政策・固定為替制度・自由貿易という三つの望ましい目的のうち、二つしか同時には達成できないというものだ。デフレに陥っていた1930年代の世界経済は本来独立した金融政策で景気刺激を取れたはず。しかし金本位制(=固定為替)に固執したため、支払いバランスの必要から高い関税や輸入制限をかける羽目に陥ったとみる。

一章では1930年代初頭のヨーロッパでの保護主義の起源とその拡大をみていく。
金本位制の下でアメリカとフランスはルール破りをしていた;金の流入を不胎化していたのだ。そのため金を流出していた国はデフレ圧力を受けるようになった。しかし米仏の金流入国はインフレを回避できたため、金流出国は返済のために政策の変更を余儀なくされた。また戦債や賠償金も、第一次大戦後の不安定さの要因となった。ドイツは英仏に借りがあり、英仏はアメリカに借りがあった。このためアメリカからのカネの流れが滞れば、国際金融システム全体が悪影響を受ける状態となっていた。しかしFRBは株式市場の熱狂を抑えるため、緊縮的な金融政策を採ることにしたのだ。金本位制から離脱した国の貨幣は直ちに減価した。そのためそれに止まった国の貨幣は割高となり、輸出品は高騰し輸入品は安価になった。支払いの必要を抑えるために高い関税や数量制限が設けられる結果となった。その後は報復措置としてその他の国も同様の保護主義をとるようになっていった。悪名高いスムート・ホーレー法は特定利益集団が政治力を行使したために決まったものではなく、輸入を減らし金の流出を抑える目的でなされた。激烈なインフレを過去に経験した国は、金本位制に止まりがちだった。世界の国々は金本位制を廃止したグループ、金本位制に止まり互換性を維持したグループ、金本位制に止まり互換性を放棄し為替コントロールを行ったグループに大別できる。

二章では様々な国がこのトリレンマをどう解決していったかを分析する。
イギリスの政策担当者は、金本位制・自由貿易・均衡予算・小さな政府という「ビクトリア・コンセンサス」をもっていた。そして金本位制からの離脱は信任に関わるとみ、輸入制限に踏み切った。結局はそれを手放したものの、どこまでポンドが減価するかわからなかったため、輸出制限によって支払い問題を解決しようとしたのだ。金本位制からの離脱によりインフレを懸念したイングランド銀行は当初利子率を上げたがすぐに下げることにし、拡張的な金融政策はデフレを解消することになった。
ドイツや中欧ではトリレンマがより厳しい問題となっていた。貨幣の減価を避けるためには、貿易制限に繋がるような為替コントロールを行わざるをえなかった。財政悪化により資本がどんどん逃げていき、金準備が底を尽きかけていたのだ。賠償金は金によって固定されていたため、マルクの減価は支払いを困難にすることを意味した。またインフレの苦い記憶もあった。そこであらゆる外国為替取引を政府が規制することにし、マルクの先物取引を禁止した。ポンドの減価により負債の支払いは楽になったものの輸出はダメージを受け、支払うための外貨の獲得はしづらくなった。デフレにより他国よりも賃金と物価を下げれば貿易のバランスを改善できると期待したが、経済を悪化させるだけの結果となった。再武装の狙いから、消費財ではなく工業品が輸入されるようになっていった。また二国間協定により、外貨準備抜きで貿易をできるようにした。
フランス及び金本位制へ留まった国々は増価に苦しむこととなった。

三章ではこれらの貿易制限政策が世界貿易の崩壊にどう繋がったかを論じる。支払い問題の解決としては、輸入制限と通貨下落は同じ意味を持つ。しかし両者には違いがある、それは為替減価が近隣窮乏化政策には必ずしもならないことだ。各国が協調して金融緩和を行っているだけとなる。世界の貿易量はこの時期を通じて25%減ったが、その半分ほどがこの間違いによるものだったと見ている。金本位制から離脱した国はその後の景気回復を容易に行えたようだ。

四章は総括として1930年代の貿易政策から3つの問題に関する教訓をみる;為替と貿易政策、保護主義と重商主義、大恐慌下と同じく近年の金融危機で保護主義が行われない理由だ。2008年の経済危機は1930年代のような崩壊には結びつかなかった。外国投資が果たす役割が大きくなり、中間財が貿易に占めるシェアが上がり保護主義がやりにくくなり、WTOなど国際規約を結ぶことで各国政府は保護主義圧力に対抗できるようになってきた。どうも自由貿易の利益が理解されてきたようだ。

貿易と金融とに興味ある人におすすめ!

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この本で株が上がった経済学者;グスタフ・カッセル、ベルティル・オーリン
大暴落;ケインズ
posted by Char-Freadman at 13:15| 北京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月10日

ライトの照らす範囲

幸福研究が多くの人に嫌われる理由を挙げてみよう。

・データが主観的
・顕示選好にのっとらない
・政府の言い訳に使われるかも;経済成長しても幸せにはならないから、成長を支える制度を準備しなくても別に良いよね?みたいな。(※)

それはそのとおり。ただ、とりあえず大量のデータがあればまあ人間行動近似できるんじゃない?という立場を取ってみれば、人間の心が強いことを示してくれることがあるから結構好きなのだ。
挫折から立ち直ったり、色々なことへの感謝で前向きさを取り戻したり、赦すことでより自由になれたりと、幸福研究を通じて人間心理がかなり頑健にできていることがわかる。鬱の予防にも治療にも、ある程度の処方箋として利用することができて便利だ。

心理学は人間の心の特性を明らかにするけど、「なぜ」そうなっているのかは教えてくれない。神経科学はそれらの心の働きが体のどの部位からくるかは明らかにするけど、やはり「なぜ」かはわからない。進化論的な解釈が与えられることは多いけど、何か説明として遠いように感じる。個々人の行動が社会の中で均衡として維持されていくのを考えるには、経済学が一番向いてるんじゃないかなー。きっと使用範囲が異なるってことなのでしょう。

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(※)幸福と金儲けは必ずしもトレードオフにならないけどね。自分の事業が好きでたまらないアントレプレナーとか研究者とか。
posted by Char-Freadman at 04:27| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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