2012年10月27日

運転サービス

今週号のThe Economistに、運転サービスの売り手と買い手を繋ぐアプリが紹介されている。

http://www.economist.com/news/special-report/21565007-geography-matters-much-ever-despite-digital-revolution-says-patrick-lane

運転手もユーザもこのサイト(http://lyft.me/)を通じて登録し、お互い点数が付けられるそう。評判が生じるので悪い人は駆逐されるとのこと。寄付を募るという形にしてるため従来のタクシー規制からは逃れているそうな。

これを応用し、例えば以下のようなのはどうだろう。

1.都市内向け
・自家用車があり、シェアしてもいいという人は出発地・目的地・時間帯・空きシートの量を登録する
・買い手側が選ぶ

出社時間はたいてい決まってるから朝は出来そうだけど、退社時間はアレだから夜はマッチしないかなー。

2.都市間向け
・運送用トラックも出発地・目的地・時間帯・空きシートの量を登録する
・買い手側が選ぶ

サンフランシスコで可能なんだから東京ならもっと需給があるはずだ!
posted by Char-Freadman at 13:23| 北京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

金融危機

大恐慌の後、世界は70年以上にわたり平穏な時期を経験した。金融危機が過去のものと考えられるようになったそのとき、リーマン危機が生じた。ではなぜ多くの経済学者がそう考えてしまったのだろう?本書は金融危機の歴史を辿りながらその謎に回答を試みる。

"Misunderstandi Financial Crises", by Gary B. Gorton



銀行は短期の債務を抱えるが、その担保は無リスクとはいかない。もともとアメリカの銀行は自由に紙幣を発行していた。担保として州債が裏付けられていたが、州政府はしばしばデフォルトしたため無リスクなものではなかった。割引されたり取引に使用できなかったりと不便であったが、南北戦争時の国立銀行法の施行により国債が担保として使われるようになりこの状況は改善した。預金保険の出現は、預金者保護というより取り付け騒ぎが生じるリスクを減らすことを目的としていたのだ。取り付けは景気循環のピークに生じ、損失は小さいというのがその時期の特徴。これらの金融技術により安定した時代がもたらされた。

どの危機にも共通するような要因が調べられる;急激な資金需要や、それ以前の期間における信用拡大など。また多くの場合不動産価格が伸びている。短期債券の所有者が引き上げたり再契約に不同意になる、または政府の介入がないと(予測)された場合にそうなったであろう状態をもって金融危機と定義する。

$10の小切手があったとする。もし無リスクの資産により裏付けられていれば、額面どおりの取引がなされる。でも本当はリスキーで$7の価値が無いと片方が知っていれば取引は疑心暗鬼からされなくなるし、両方が知っていれば$7の取引しかなされなくなる;秘密は無いほうがいいし、情報があるとかえって取引量が減ることもあるのだ。経済にショックが生じると、リスクに関する秘密も生まれる。取引を円滑にするために発達した手形交換所は、メンバーたる銀行間に債券を発行することで秘密を生まないようにした。情報を得ようと考える人が居なくなるようにするのが危機を防ぐのに効果的なのだ。

資本準備に焦点が当てられることも多いけど、金融技術の進展により銀行経営に必要な資本の量はずっと減り続けてきた。危機を防ぐカギは資本ではない。

後半では政策提言もなされている。銀行家を救うことになるため政治的には達成しにくいから、独立した中央銀行主導でもって危機の回避に当たることが望ましい。また、Asset Backed Securitiesの売買のみを行う機関を作ったり、レポに関する新しい規制をなすとよい。

金融危機に興味のある人はどうぞ。

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(感想)
・門外漢なので、「経済学者は金融危機を理解していない」とか言われてもいまいち何を指してるのかピンと来ない。。。警鐘ならしてた人たくさんいたしバブルのメカニズムやらグローバルゲームやらでモデル組んでるペーパー多いと思うんだけどうーん。もっと勉強しよ。
・本文の多くで当事者の発言の引用やら既存の経済学の批判があって、読んでて非常にダルかった。理論モデルとその示唆だけ載せてくれれば十分なのだが・・・。
posted by Char-Freadman at 06:08| 北京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月16日

ユダヤ人の比較優位

学術に従事するようになってまず驚くのは、ユダヤ人の多さだろう。アインシュタインもノイマンも、経済学ならサミュエルソンもフリードマンも、みんなユダヤ系だ。

でも、どうして多くのユダヤ人が高い技能を必要とする職に従事するようになったのだろう?迫害でそのような職しか就けなくなったという説も、知識や技能などの支配者が搾取できないものに特化するようになったという説も、史実には合致しない。本書はその謎に迫っていく。

"The Chosen Few: How Education Shaped Jewish History, 70-1492.", by M. Botticini and Z. Eckstein.



1章はユダヤ人の歴史を概観する。
紀元後からムハンマドの時代まで、400万人ほどいたその人口は100万人ほどへ激減した。また、中心となったのはイスラエルの地からメソポタミアへと移動した。そして、非ユダヤ人と同じく大半の人は農業に従事していたことが示される。
800年から1200年まではユダヤ文化が花開いた。750年から900年までの間に、メソポタミアとペルシャのユダヤ人は唯一農業を離れた民族となった。そして、ムスリム国家内で移住をすることとなった。また、人口も上昇することになった。
モンゴルの侵略以降人口は減った。13世紀末から15世紀にかけ、大半のユダヤ人はヨーロッパに住んだ。イタリアやバルカン半島にすんだ人は貿易や商業に従事し、英独仏に住んだ人は金融に特化した。中世にあっては多くの国で追放の憂き目に遭ってしまった。
2章は通説に批判を加えていく。就業規制は、ユダヤ人が農業を離れた「後に」できた。差別やら課税やらがは他の民族にもあったが技能に投資したのはユダヤ人のみだった。アイデンティティを保つために少数派になったわけでもない、なぜなら宗教的に少数派になったときのユダヤ人は他の民族と同じように農業を営んでいたからだ。規制やら差別やらという外生的な要因による説明も、教義やアイデンティティといった内生的な要因による説明も、なぜユダヤ人が農業を離れて離散して住む人々になったかの理由には不十分。
3章はユダヤ教の成り立ちについて。揺籃期は複数の宗派があり、それぞれ競争していたとみなせる。なかでもサドカイ派とファリサイ派が有力であった。前者は神殿での儀式を重視し、一握りのエリート僧が力を握っていた。いっぽう後者はトーラを重視し、子どもに立法を読み聞かせることができるのは信者の最たる義務だと考えた。子どもが教育を受けることを課すのは、サマリア人やキリスト教徒など他の宗派にはみられない特徴となった。ローマとの抗争で第二神殿が73年に崩壊するとサドカイ派は力を失い、かわってファリサイ派がユダヤ教の中心となった。たとえばユダ・ハナシは識字能力のない人をユダヤの共同体から追放することにした。
4章は著者の基本理論。宗教心が強く、子どもを教育する余裕があるほどユダヤ教になりやすい。
5章は200-650年について。農業社会では教育の恩恵はないため、次第に改宗する人が増えてユダヤ人は減っていった。
6章は750-1150年について。識字能力に関して比較優位を持ったユダヤ人は、イスラム帝国のもと都市化が進むなか商業で頭角を現した。定住するものが増え、強力なネットワークを利用できることからユダヤ教に生まれついた人は改宗する動機を持たなくなっていった。
7章は800-1250年のユダヤ人の移住について。エジプトとマグレブから、イベリア半島やフランス・ドイツなど広範な移動をみた。生物学者によると、現代のユダヤ人は遠く離れていても近しい遺伝情報を持つとのこと。これはヨーロッパのユダヤ人が同じ起源を持つことからくる。各都市で営業できる商工業は限られていたため、次第に移住していったのだ。
8章は1000-1500年について。中世の金融業は、遠隔地間の取引ができ情報の獲得も可能とするようなネットワークを必要とした。また信用取引きには帳簿をつける必要があり、識字能力も重要だった。ユダヤ人の資産は天候や外敵や支配者から比較的影響を受けず、流動的だった。また強力なネットワークを持っていた。ユダヤ人の主な職は金貸であり、金融取引を介してユダヤ人が土地を獲得しないようにするための規制があった。独占ではなく、貧者のみならず政府とも取引していた。ユダヤ人が金融に特化したのはギルドが力を握ったりキリスト教やイスラム教が高利貸しを禁じる以前であり、通説とは異なる。また「迫害されても構わないように持ち運び可能で収奪されない人的資本に投資した」という仮説も、ユダヤの教義で子どもの教育が重視されるようになったのはユダヤ人の大移動や迫害の前であるという事実と反する。資本・ネットワーク・識字と計算能力・契約を履行させる制度といった点が比較優位となり、金融業に特化したとしている。
9章はモンゴルの影響について。イル・ハン国は遊牧国でユダヤ人にとっては住みにくいものとなり、教育が負担以外の何者でもなくなったため、多くの信者はイスラムに改宗して課税を回避するようになった。
10章はそれまでのまとめと、1492年から現代について。職業構造が長続きしたことや、移住パターンにはまだまだ謎が多い。これから調べるとのこと。

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・教義が影響力をもつこともある;それを信奉することが政治的に有利な場合だ、という理解でいいのかな。
・経済学もたくさんユダヤ人いてびびる。たとえば白人のクラスメイトはほとんどユダヤ。数学使わなくていいような科目だったらユダヤ比率下がりそうな気がする。(あくまで推測です!)
・中国の客家も似たような感じかなー。
・このプリンストンの経済史シリーズ(http://press.princeton.edu/catalogs/series/pehww.html)、どれも読んでて面白い。邦訳出ないかな〜
posted by Char-Freadman at 15:29| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月13日

情報の本質は共有にあり

ネットユーザなら誰でも「情報はタダである(べき)」という標語を目にしたことがあろう。確かに情報をばらまくのにかかるコストは落ちた。けれど、たくさんの人が知っている情報を知りたくもなる。世界は情報を「共有する」方向にあるーーそう主張するのがこちらの本だ。

"Information wants to be shared", by Joshua Gans

http://www.amazon.com/Information-Wants-Be-Shared-ebook/dp/B009G1WCGO/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1350085119&sr=8-1&keywords=information+wants+to+be+shared

向けることの出来る注意の量は限られる。情報は無料であるだけではダメで、整理されることでその情報を一番評価する人に届けられるのだ。情報源が信頼できる友人であったり、定評のある企業であったりするほど希少な注意が向けられるというもの。技術は情報を共有しやすくしている。
本が高価だった時代、図書館で共有するのが伝統だった。でも本棚の肥やしになってしまうものは多く、重要なのは実際に読ませること;そのためには多くの人が本の内容を語ってくれるといい。共有を許したり、"図書館"への会員費を払わせるようにするとよいのかもしれない。旧来の出版界はこれからも評判として使えるだろう。
ニュースもまた共有されるほど価値が高まるようなビジネスモデルになるとよい。購読ではなく宣伝から利益を得るという形は崩れ去りつつある。従来、オンラインの広告は適切な顧客に届かなかった。しかし顧客のことをより知ることができれば効果的な広告が打てる。

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(感想)
・なんか気取った言い方で文意が掴み辛かった。うーん。

・この本は版元のHBRのホームページ(http://hbr.org/)でとあるコードを打ち込めば、$0.99で買えます。友人と共有して欲しいとのこと。いい工夫!

・「情報は共有する人が多ければ多いほど価値が上がる」ことをさして「競合性」と呼んでるんだけど、それ「ネットワーク外部性」じゃないのかしら。本の結論は変わらないけど、、、

・もちろん当ブログ記事は全部共有フリーです〜
posted by Char-Freadman at 08:42| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月10日

真似と革新との共存

知財権を巡る議論はかまびすしい。9月にはAppleとサムスンの訴訟合戦があったし、10月1日から違法ダウンロードは刑事罰が課されることとなった。その基本的ロジックは、以下のとおり;

知識は生み出すのは大変だけど、生み出されたものを手に入れるのはタダでできる。そこでアイデアに権利を与えて他人が勝手に使えないようにして守らねば、

けれど、本当にそうだろうか?ひょっとしたら真似するのが簡単「だからこそ」、業界が活性化するんじゃないかーーそう語る本がこちらだ。

"The Knockoff Economy: How Imitation Sparks Innovation", by Kal Raustiala & Christopher Sprigman



1章はファッションについて。
まずその歴史が概観される。もとは上流階級がオーダーメイドしており、パリが中心だった。そのうち衣服も大量生産の時代に移り、最先端はオーダーメイドの服ではあるものの、利益の中心はアメリカになった。
かつてないほど服飾産業は繁栄しているが、これは知的財産権が守られているからではない。確かに商標権(trademark)は適用され、紛らわしいブランドロゴは規制の対象となる。しかし著作権(copyright)はまず適用されない、なぜなら「実用的なものは複製してかまわない」ことになっているためだ。特許(patent)は真に新しいものにしか認められず、また手間もかかる。このためデザインの真似が蔓延ることとなっている。
ファッションの本質は「他人と区別するシグナルを送ること」にある。このため、デザインは広まりすぎると陳腐化する。コピーがしやすければその盛衰のサイクルが早まることになるのだ。またそれほど流行を追わない消費者にとっても安価に手に入れられ、得となる。複製行為によって何が流行となっているのかがわかるようになり、その商品を買うようになっていく。アイデアが生まれてから広がるまで時間差があるのがキーなのだ。
2章は料理について。まず、外食産業が発展するに至る歴史が概観される。材料や調理過程自体は法的には保護されないが、消費者が他の店と混同しないように、店の内装や外装が似すぎないようには規制されている。一応料理人の間には規範がある; 完全なコピーはしないこと、教わったレシピを他人には教えないこと、誰から学んだか明記することだ。とはいえ料理の完全なるコピーはその性質から不可能で、実際には拘束力はあまりない。それでも外食産業が栄えているのは、コピーが当該料理人の名声を高めるため。料理人同士の評判のみならず一般大衆からの評判も大事なのだ。またコピーは不可能なため、原物と競合するというよりその宣伝となる。
3章はお笑いについて。一行ジョークが主流だったとき、ジョークを真似ることは普通のことだった。しかし産業が発展して、ピン芸人の個性が売りということになると、人のジョークを真似ることは罪だと考えられるようになっていった。とはいえ各種の法でジョークを保護することはできないので、芸人間での規範があるのみとなっている。
4章はフットボール、フォント、ファイナンス、データベースについて。これらの分野ではやはり権利は保護されないものの、業界は繁栄している。技術の進歩に必要とされるのは、先駆者のみならず、改善する人たちだ。フットボールではパスがゲーム自体を複雑化し、追随する監督たちはそれぞれ工夫して戦術を定着させた。フォントでも、新聞やらディスプレイやらに適した字形が生まれていった。インデックスファンドを考案した会社は今でも最大の発行者となっており、先行者利益は十分大きい。データベースの利用を阻むような保護をした欧州ではなく、データの編集方針自体のみを保護した米国にあって、データ産業は発展した。工夫を促すような制度が必要なのだ。コピーしやすいことでコストが下がることがある。
5章はまとめ。流行り廃りを作り「故意に陳腐化させる」ことでiTunesは音楽で利益を生もうとしている。経験自体はコピーできないので、たとえば雰囲気の良いレストランやらライブやらが人気になりつつある。オープンソースの特徴は、他の人が改善しやすくしていること。競争・コピー・繁栄は、共存できるのだ。

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(感想)
・とはいえ「知的財産権が守られている世界」を比べているわけではないのがロジックとしては弱味。
・ファションのサイクルには実に迷惑を被っている; 1~2年保てばいいため、メーカーが財の耐久性を意識しなくなるからだ。
・漫画やラノベについても似たような分析するならこんな感じかな。
(i)主人公にも流行り廃りがある。熱血→無気力→難聴系/俺tueeee(イマココ?)
(ii)タイトルでどんな内容なのか読者が予想しやすくさせている。VIPのスレタイみたいなのなら非リアからみた日常風景、『○○○○!』とかならキャッキャウフフ、とか。コピーがオリジナルの良い宣伝媒体になってると言えそう。(帯にコピー元から推薦載ってたりするし!)
※俺妹もはがないもはまちも好きです、念のため。
(iii)消費者により盗作検証がなされる。(好きな作品名)+パクりでググると気分を害すること請け合いである。むしろ漫画創作を害してるよね。
(iv)二次創作が盛ん。有明の熱気といったら・・・。法的にはグレーとよく言われますね。
(v)ミステリーものはピン芸人やマジックと同じく、トリックを真似るのは御法度となってそう。ミステリーを漫画化すること自体に価値があるから「以下の作品を参考にさせていただきました」と載せていれば金田一少年は叩かれなかったのかも。
・この本の著作権自体はどうなってるのか気になるところw
posted by Char-Freadman at 04:36| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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