2019年10月21日

より良い税制を作ろうではないか!

The Triumph of Injustice: How the Rich Dodge Taxes and How to Make Them Pay

The Triumph of Injustice: How the Rich Dodge Taxes and How to Make Them Pay
The Triumph of Injustice: How the Rich Dodge Taxes and How to Make Them Pay

Emmanuel Saez, Gabriel Zucman

税は金持ちが負担すべきか?経済学者の仕事は主に現状を明らかにすること。著者は金持ちの税の抜け穴を塞ぐ良い課税案があると力強く説得してくる。
GDPではなく国民所得を見てみよう。GDPは国内の総生産で、これに資本の償却を引き海外からの純所得を足したものが国民所得だ。アメリカの一人当たりGDPは9万ドルだけど国民所得は75000ドルになる。さて所得下位50%の所得平均を見ると18500ドルしかない。その上40%までの中流の平均は75000ドルとなる。所得上位1%が占めるシェアは上がり続けている。さて税を見てみよう。所得税は税収の1/3を占める。配当や退職金や留保利益は免税となり、課税可能収入は所得とは一致しないのだ。1980年には71%の所得が課税できていたが、課税ベースは萎みに萎んだ。給与税は132900ドル以上の収入だと免税となり逆進的になっている。消費税は燃料やアルコールなど物品税として課されておりこれも逆進的。法律上ではなく経済的に誰が税を負担してるかというと結局のところ国民である。所得のほとんどの層には28%程度の一律税となっているが、上位400人くらいは20%しか負担していない。これは所得が課税を免れ法人税も課せず控除を受けているため。税収の上げやすさや公平の観点や不平等を防ぐ観点から直したほうがいいだろう。
17世紀のアメリカは資産に課税することで税収を集めた。新大陸の税制は旧世界より累進的だったのだ。南北戦争で所得税は導入されたけどしばらく違憲とされたけど1913年に実施された。固定資産税が累進的なのと格差是正の側面を持つという点で米国は世界の先を行っていた。1951年から63年まで所得トップ層の限界税率は91%で、租税回避は起きたものの国民所得の推移を見ると課税前収入の不平等は実際に減ったことがわかる。
レーガン政権でこの状況は一変した。限界税率は28%まで落ちたのだ。イデオロギーの影響もあるけど、租税回避が横行し金持ちへ課税できないと嘆いていたのも大きい。でも、1930~1986年の間に租税回避を防ぐことはできていたのだ。キャピタルゲイン課税は25%で所得税は90%だったから所得じゃなくてキャピタルゲインでもらう誘因は大きかったけど自社株買い戻しは違法とされてた。税控除を受けるためだけに損害を計上する租税シェルターはレーガンの就任までは流行っていた。レーガンは減税と同時にこれを撲滅すると公約し、それを果たした。貧者は脱税し富者は節税するという俗説はあるけど、IRSの監査のデータやパナマ文書を見るとまるで逆なのがわかる。普通の人は税を回避するのは難しいけど金持ちは様々な手法で回避できる。でも絶望する必要はない。海外銀行は顧客のアメリカ人がどのように収入を得ているかIRSに情報を伝えるという条約が国際的に交わされた。脱税をどこまで許すかは政府、ひいては人々が決定することなのだ。
法人税はずっと下がり続けている。グーグルやアップルはバーミューダやアイルランドに会社を設立し、利益を移すことで課税を逃れている。社内の取引で商標やらロゴやらを移転させているのだ。多国籍企業の40%、アメリカのそれは60%もが租税回避地に利益を移しているという推計がある。そういう国々は主権を売り渡して世界中から税収を奪うことで利益を得ているのだ。実際の経済活動は租税回避地には移らない。国際的に協調してこういう逸脱を潰す必要があるけど現状はうまくいっていない。
アメリカは税負担が低いとされているが保険料を考えるとそんなことはない。いっぽうで法人税は下がり続けている。生産には資本と労働が必要で、このうち弾力性が低い方が法人税を負担していることとなる。一般に資本は弾力性が低いと言われてきていてそれなら課税しない方が良いという極めて有名な議論がある。でも実際には法人税が高い時期にも投資は行われているし、資本は税よりも規制に反応するのだ。法人税率を低くすると法人化で給与を誤魔化すことが横行してしまうから直さねばならない。
でもこれは以下の手段を取れば解決できる。まずは、各国がそれぞれの多国籍企業を監督すること。フィアットがジャージーに利益を移して0%を収めたとしても、イタリアは伊企業として支払うべき法人税率例えば25%を徴収してしまえば良い。各国が最後の課税者として振る舞うのだ。そして各国で協調して最低課税率を決めること。そして従わない国に制裁を科すこと。こうすれば二重課税を防ぐ条約には違反しないし今すぐ始められる。
税収を最大化するために累進税を課すなら弾力性の低いものに課税すべきで、収入が集中してるようなら富裕層に多く課税すべき。租税回避は防げるし、課税所得は弾力性が低いのだ。限界税率を75%(平均では60%)くらいにすると良い。このために公民保護局を立ち上げ、租税回避を見張り海外の税実践を監視させよう。キャピタルゲインを含めどんな収入も同じ税で扱うようにし、法人税と所得税を統合し、資産税を課せばこれを達成できる。資産は隠しにくい。会社の株が取引されていないようなら市場を作り出し、資産税として代わりに納めるようにできるようにすれば良い。オークションにかけて正しい価値が割り出せる。
1946-1980はほとんどの所得層が2%の収入の伸びを得ていた。でも1980年以降ではトップ層しか伸びていない。フランスと比べるとアメリカの労働階級の伸び悩みは顕著だ。不平等は権力の不公平を生むし、富裕税の正統性が増してきている。
保険料は給与税から支払われていて非常に逆進的になっている。そこで著者は一律の所得税を提案する;労働収入も企業の利潤も利子も同じ率で課税するというものだ。教育や金融は免除されるVATと異なり税源は極めて広くほぼ100%だし、生活保護受給者には負担がない。より良い税制を作ることはできると力強く呼びかけている。

・taxjusticenow.orgで税率と税収の計算ができて楽しい。
・累進課税の淵源をアメリカに求めてるけど、代表なくして課税なしの精神もまたアメリカだと思う。
・所得の計算かなりツッコミが入ってるので解決策はともかく数値は注意を持って見守りたい。主に法人税は誰が負担してるのかという点について議論になっているのだ。
posted by Char-Freadman at 00:59| 北京 | Comment(0) | ぶっくれびゅー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月09日

民主主義という狭き回廊

The Narrow Corridor: States, Societies, and the Fate of Liberty
Daron Acemoglu, James A Robinson

The Narrow Corridor: States, Societies, and the Fate of Liberty
The Narrow Corridor: States, Societies, and the Fate of Liberty


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人は自由に生きるためには法を要する。無政府状態だと常に脅威に晒されており自由とはいえない。強力な中央集権政府があればいいかというとナチや中共の失敗を見れば明らかだ。強い規範で人を縛る社会もまた息苦しい。社会がしっかり国家権力というレヴァイアサンに手錠をかける必要がある。
アテネのソロンは債務奴隷や人質を禁じて市民の権利を強化すると同時にエリートの支配もまた強めた。政府が強すぎても社会が強すぎてもダメで、人が自由であるためには両者が赤の女王競争をし続けて能力を伸ばしていかねばならないのだ。アメリカ建国の父たちもこれを理解しており、州議会の力を砕いて国を一つにまとめるために専心した。強力な政体が現れるのを忌避したナイジェリアのティブ族やレバノンはついぞ有効な政府を持てなかったし、社会が弱すぎた中国は権力を制御しきれず教育制度にすら賄賂が横行して必要な機能を果たせていない。自由を担保する政治制度に至るのは狭き回廊だ。
タブーだらけの社会には権力への意志を持った人物が現れるものだ。ムハンマドとシュワルナゼは部外者として紛争を解決し調停者として力をつけていった。ズールーのシャカは部族を超え迷信を破り国家を建設した。カメハメハは銃を使いこなしハワイをまとめた。彼らは自由を与えたいがために国家を作るわけではないのでこれらの事例で政府に手錠はつかなかった。
ハルドゥーンは税収のラッファーカーブを指摘したが、実際専制国家のカリフは生産性を高めたり工夫したりすることを阻害した。シャカもカメハメハも貿易や産業を独占した。シュワルナゼに至っては政治的に地位を固めるために経済をわざと混乱に陥れた。
フレスコ画に描かれているように、13世紀のシエーナではコムーネが発達し国家権力に制約が加わっていた。税を集めるのにも優れ、手形や帳簿や法人など商業技術が発展した。トルティーヤが発明されたのは運搬する必要があったためだが、これはモンテアルバンが民主的で都市化が進み多くの人が移動していたのを示すのだろう。
フランク族はもともと参加型の政体を持っており、これにローマの高度に発達した官僚制度が加わり赤の女王競争の狭き道を通り始めた。強い政府だけではダメなのはビザンチンの没落を見れば明らか。イギリスもフランスの影響を受けた。マグナカルタや権利章典はイギリスに限ったことではなくヨーロッパの多くの地域で見られる傾向となった。工夫を妨げないことから産業革命にも繋がった。
儒教は優れた人は官職に就くべき、能力により測られるべき、為政者は民のために尽くすべきと説く。一方で、商鞅から連綿と続く法律至上主義は政府の力を強めようとする。中国の政治は常にこの2つの方針の間で揺れ動いてきた。部族社会は政府に依存し、塩売買など商業もまた政府の影響下にあった。中国共産党政府はこの伝統を引き継いでいる。大躍進政策は商鞅のそれ、改革開放は孔子のそれだ。専制政治は必ずイノベーションを阻害する。ソビエトや北朝鮮が技術を伸ばしたのは政府の需要がとても強い特殊な分野においてにすぎないのだ。政府に振り回されるようでは発展しきれない。
古代のインドは参加型の政体を持っていた。でもカースト制により社会が分断されてうまく機能しなくなり、各カーストはお互いに権力闘争に走り政府を監視することもその能力を高めることもできなくなってしまった。侵略者のムガル帝国もイギリスも独立後のインドも政治が分断されているのだ。国家権力がカースト制を実行していた。
同じようなショックも国により異なる影響をもたらす。軍事化を例にとればこうだ; スイスは地域に分かれていたが、ハプスブルク家の脅威に対抗するためにまとまり政府の能力を高め狭き回廊に入った。大選帝侯フリードリヒは軍事化を進め、プロイセンは専制国家となった。絶え間ない争いに晒されたモンテネグロは無政府状態のままであった。ソビエト崩壊を例にとればこう; ポーランドは市民が力を取り戻したことで狭き回廊に入った。ロシアは汚職や秘密警察などが暗躍し専制国家となった。タジキスタンは無政府状態のままとなった。コーヒーを例にとればこうなる; 小さく独立したコーヒー農家があったコスタリカは狭き回廊に入り、強制労働を利用したグアテマラは専制国家となった。政府と社会のせめぎ合いで明暗が分かれるのだ。
フェデラリストは建国にあたり南部の離反を防ぐために奴隷制の存続を認めた。これは黒人の権利に大きな影を残した。アメリカは鉄道建設も郵便もとにかく私企業頼みの国で、これは連邦政府が力をつけるには時間がかるから。社会が活発に成るときもあるけどFBIやCIAなど市民の監視から外れるような動きもある。
ろくに機能しない張り子の虎政府は世界中にある。これは支配者が社会の活性化からの失脚を恐れて優秀な官庁を作らないため。ラテンアメリカは不平等な社会を植民地時代から引き継ぎこのような政府となった。法の支配が行き届かず経済的に反映するのは困難となる。
サウジアラビア国民は規範の檻に閉じ込められている。宗教的権威が政治制度と一体になって女性の権利を無視している。聖戦を唱えテロに走るのが中東の特徴だが、これは対話ができないためなのだ。
分極化が進む政治制度は狭き回廊から転がり落ちてしまう。土地所有のエリートが共産主義者と妥協できなかったワイマール共和国も、左翼が暴走したチリも、過去のイタリアもその例だ。ドイツやチリは民主主義の土台があったから運よく戻れたが、分断を煽り自分こそが声だとのたまうポピュリストには警戒せねばならない。
二次大戦後の日本は米により無理やり軍隊が放棄させられ、専制国家から民主国家へと狭い回廊に向かった。強制労働は回廊を狭くする二つの効果を持つ; 社会の階層化が進みバランスを取るのが難しくなり、既存の経済システムを維持しようという動機が生まれる。工業化の進んだ南アフリカではこの効果が薄れ、活性化した社会運動と合わせてアパルトヘイトを廃棄できた。グローバル化で農業に特化すると回廊は狭まり、工業に特化すると広がる。民主化に繋がった韓国が好例だ。国際社会は人権を保護することもあれば独裁者の顔を立てることもあり、効果は曖昧。
政府と社会が同時に強くなったスウェーデンから学べることが三つある。まず、政府の役割を拡大しすぎると政治的なコストがかかること。そして、組合のように経済的には非効率な団体も政治的には役立つこともあること。最後に、価格をいじらず税収を高くして再分配するより、価格をいじってしまった方が政府を取り締まる上で有利になる場合もあること。グローバル化や自動化やテロの恐怖など政府に求められる役割は今後も増えていくが、社会の強化と信頼の醸成が重要なのだ。

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・同じ原因から異なる結果を導くのがほんと鮮やかで痺れる。
・中国の理解がちょい雑のような。商鞅が専制的法治国家を推し進めたとあるけどそもそも彼は三つあるうちの最悪のやり方として覇道を勧めたはず。あと井田制が発明されたのは秦ではなくずっと昔。ケ小平が孔子路線と言われてるけど天安門は?などなど。
・ブレないのが政治家の美点と思ってたけどワイマールの例を見るとどうもそうではなさそう。妥協万歳!慶喜公とかすごい。
・日本に引きつけると、9条に抵触するだろうから文書破棄するみたいな動きをする自衛隊や防衛省はほんとゴミゴミ&ゴミ。説明責任を果たしてもらえる制度を作ろう。常に政府を見張るようにしたいものですね。
posted by Char-Freadman at 11:46| 北京 | Comment(0) | ぶっくれびゅー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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