
The WEIRDest People in the World: How the West Became Psychologically Peculiar and Particularly Prosperous (English Edition) - Henrich, Joseph
脳科学や心理学の対象となるのはほとんど西洋の学生だ。でもこのサンプルは人類全体からすると非常に偏っている。この特異性がなぜどのように生じたかを分析するのが本書の目的だ。識字率の向上は経済が発展したからでも政治制度が変化したからでも産業が勃興したからでもなかった。神と個人が向き合うべきとしたプロテスタンティズムが聖書を万人向けに配ったからだ。実際、ルターの出生地に近いほどプロテスタンティズムが盛んで識字率も高くなっている。プロテスタンティズムは女子の識字能力を上げた。識字能力が向上した結果脳に変化が起き、記憶や視覚や顔認証や計算能力や問題解決といった領域に影響が起きた。また家族の大きさや子どもの健康や認知能力の発達にも影響しただろう。
何者かを問われた際に個人の性格や業績を社会での役割や関係より優先して答えるのは西洋の心理に特徴的だ。血族社会で暮らしていると団結をはかり老人や賢者など権威に従い近い親族を監視し集団内外を区別し集団としての成功を重視するだろう。逸脱を避けるために新しい知り合いは求めず古い知り合いを重視するだろう。個人主義の社会では良い関係を探して個人の才能を重視するようになりそのような似た者同士で集まるだろう。自尊心を問題にするのが西洋で面子を重視するのがその他の社会だ。行動を個人の特性と考えがちなのも西洋の特徴だ。このため認知的不協和と帰属の誤謬により苦しんでいる。個人主義では罪の意識を抱くがその逆なら恥の意識を抱く。恥は公的なもので社会に課せられた基準を満たせない場合に生じ、他人のことを自分のように感じることからも来ている。恥の文化では人々は集団内で監視されており自分の役割を果たすよう望まれ、自分では何もしていなくても恥を経験することがある。罪は内的な感情で完全に自律的なものだ。これは個人主義的な社会で自分の特性と才能を伸ばすために自分が課す基準として働いている。自制する社会ほど経済成長する。非人格的な向社交性を持つのがWEIRD社会の特徴であり、公平性や誠実性や見知らぬ相手への協調や政府といった抽象的な存在を重視するようになる。悪事が故意に犯された場合重く罰するのが個人主義社会である。血族社会だと個人の責任は分散される。分析的で全体を気にしない、木を見て森を見ずなのが個人主義社会だ。また自分の所有物を重視してしまう。
ヒトは進化して文化を学習できる能力を身につけた。誰から何を学ぶか自分ではなく他人の経験から学んだ方がいいのがいつなのかを決めるのは文化だ。そして文化は脳神経を変化させた。この流れを累積的文化進化と呼ぼう。文化は個人より賢く、例えば伝統的な毒がなぜ強力なのかは誰もわからないだろう。盗みや食物共有など社会規範は共同体を円滑に運営するよう発達しこれを破ると手酷く扱われる。血族社会だと血縁への利他主義が発達した。また婚姻に関する規範も生じた。その多くには父親が誰であるか明確にする効果がある。また誰と子をもうけるかのタブーも近親相姦への嫌悪感として心理に埋め込んだ。他人と調和し同じ目標に向かい音楽を聴くという部族の儀式は相互の関係を強めるために働いている。規範を逸脱する者を強く罰するような心理が発達し規範は人の相互の関係を強めた。集団間競争は文化の進化を生み心理的な制度を作り出したのだ。
集団が巨大化するときはそれまでの慣習を受け継ぎさらに強化するものだ。ニューギニアの多くの部族は300人程度だが例外的に2500人以上いるイラヒタという共同体がある。2分割が5回なされる儀式集団に分かれており、子どもたちは違う儀式集団に認められることで大人になる。5つの通過儀礼では友とともに恐怖を体験するものなど絆を強化する役割を果たしている。宗教のタンバランには村レベルの神がおり儀式に従うよう促している。これは意図的に作られたものではなく、かつて存在したアベラムという部族のシステムを真似てできたものだ。兄弟を同じ集団に入れないことや祖先の神の名をつけないなど誤差が生じそれが偶々共同体を巨大化する方向に導いたのだ。絶え間ない戦争や略奪は協調を促す制度を作り、より繁栄した共同体に移住が起き、より反映した共同体の制度は真似され、上手く協調するところだけが生き残り、子孫が増えていく。ペルーのマチゲンガ族は非常に個人主義的な集団で核家族で暮らしており心理もそうなっている。これはインカやスペインの奴隷として襲撃されてきた歴史のためだ。離れて少人数で暮らすことで襲撃の利益を少なくとどめてきた。どのような制度が成り立つかは環境と歴史によるのだ。気候変動でより植物が生産的になると農業が可能となった。農地と家畜を守るには大きな社会が必要でありそれを形成できる制度がある場合は狩猟社会との競争に打ち勝ち発展することができた。父系社会か母系社会の単系の血縁関係を形成する集団を氏族と呼ぼう。これは父系と母系の両方で集団を形成する場合より利益の相反を減らせる。規範は多くの場合、結婚後にどう住むか、相続と所有はどうなるか、誰が誰を守るか、近親婚の禁止、政略結婚、命令系統、宗教儀式について明確化している。家族が集団を形成し、さらにそのいとこ同士で集団を形成し、さらにその…といった具合で形成される社会が分節血統社会(segmentary lineage)でこれは儀式や社会規範を共有している。家族がいとこに殺られたらその兄弟が報復し、いとこがはとこに殺られたらいとこ同士で連帯して報復しというのがこの社会の特徴だ。報復は個人の名誉と評判となりこれを失うと結婚できなくなる。これはアフリカ中に広まっており暴力が蔓延している。スコットランド系住民の多い米国南部も同じように名誉殺人が多い。イスラム系テロリズムと呼ばれているのはこの報復システムではないかという話もある。また、同年代を集める制度も多くの人を集めることができる。これは通過儀礼により同年代のまとまりを作り、上の年代からの指令のもと防衛や略奪に参加し、次第に村の指導者となるというものだ。これらは部族や氏族を超えて人の集団を作れるが、中央集権で安定して上下関係の明確な制度を欠くためそこまで大きくはなれない。儀式上の力を盗んで巨大化する例もある。ある氏族がどの氏族よりも強くなる首長制は戦争において氏族間の協調を促し公共財を提供することができさらなる拡大が可能となる。そして社会に階層が生まれエリートが大衆と婚姻しなくなると王国となる。近代以前にはこれはまだ血縁関係による繋がりの側面が強かった。
独裁者ゲームの前に宗教的な単語を連想させると他人への分け前が増す。この効果は信者にだけあり無神論者にはない。警察や法廷などを連想させるとどちらにも効果がある。他人と協調したり公共財を供給したりといった手間のかかることを個人にさせる力があるのが宗教だ。信仰の本能とでもいうべき心理的状況は文化の学習に必要だ。また学習のために他者の心を想像する能力までできたが、これは現実に存在しないものの心も想像することに繋がった。そして心身二元論に結びついた。初期の神は弱く気まぐれで道徳には立ち入らなかったが、集団間競争の結果戦争での自己犠牲や調和を促し不貞や犯罪を減らすような神が生き残った。唯一神は人を道徳的に振る舞わせるけど地元神はそうではない。メソポタミアの神々は人のようであった。ギリシャやローマの神々は道徳を司っていた。そして、人生で善行を積むと死後の世界で救済されること、信者の自由意志、誰にでも適応されることを特徴とする普遍宗教が生まれた。教義に重きが置かれ、殉教や身体改造や食のタブーや家畜の生贄など信仰を試すようなものが発展した。
WEIRD社会の特徴は父母両方の家系を辿れること、いとこ婚がないこと、単婚、核家族、子が親と離れ新しく住居を構えることだ。世界の多くの地域ではいとこ婚があることなどかなり特殊な形態である。しかしキリスト教布教までは西洋は血族社会で父系相続で政略結婚で複婚の社会だった。夫や妻の死亡時に義理の兄弟姉妹と婚姻する習慣は血族の繋がりを強めていた。しかしキリスト教はいとこ婚と複婚と兄弟嫁との婚姻を禁じ相続の非正統性という概念を普及させた。これは長い時間がかかった。近親婚を犯したものは破門され村八分にされた。キリスト教は近親婚が神の怒りに触れると信じていた。養子も複婚も再婚も禁じられると家系は絶える。血族社会では土地相続は個人の自由には委ねられていなかった。しかしキリスト教は富者が貧者のために教会を通じて寄付をすると天国に行けると説き、信仰の厚さを示そうという人が続いた。個人の所有と意思が強まり血族の繋がりは弱まり教会は多くの土地を蓄えた。そしてカロリング朝とイングランドでは荘園制が発達した。これは多くの小作農が領主と契約しその土地で働き、その子の世代は親を継ぐか他の領主と契約し新しく世帯を構えるというものだ。世界的にはある氏族が特定の土地を所有するという形が一般的でありこれは特殊。中世から近世初期になると、単婚核家族かつ子世代で新居を構え、晩婚で、生涯独身の女性もおり、少人数家族で出生率が低く結婚前にも労働しているという社会が生まれた。
この社会が与えたヒトの心理への影響を見るため、いとこ婚の有無や核家族かどうかや相続の系統や新居や単婚かどうかで構成する血族社会の度合いKIIをまず作る。遺伝的相関が高いほどこの度合いは実際に高い。KIIが高いほど調和を重視する。またKIIが高いかいとこ婚の度合いが高いほど伝統と従順さを重視する。KIIが高いほど恥の意識を形成する。血族社会であるほど罪より恥についてググる。KIIが高いと個人主義の度合いは低い。KIIが低いほど見知らぬ人に優しい。KIIが高いほど普遍主義ではなく身内贔屓になる。見知らぬ人との公共財ゲームは西洋の大学でやるとヒトが協調することを示すが、KIIが低い国でやるとそうはならない。また献血もKIIが高い国では少ない。KIIが高いと不正直に振る舞う。罰には2つの仕組みがあり、1つは集団の評判を保つため身内を裁いたり復讐したりするもの、もう1つは第三者による規範の執行だ。KIIが高いと前者になる。KIIが低いと道徳の判断に行動の意図を重視し分析的な思考になる。ある国が教会からの影響に晒されているほど血族社会ではなくなる。自己責任や自由意志を重視する心理状態に変化した起源は教会にあるのだ。
ヨーロッパ内部で比較しても教会の影響下にあるほどWEIRDな心理になりいとこ婚は減る。いとこ婚が多いほど組織犯罪は多い。KIIの高い国からの移民の子はあまり個人主義的ではなくもとの国の文化を受け継いでいる。中国でコメを栽培する地域では氏族の強力な繋がりにより農業を行なっていた。このためそのような地域では内輪贔屓が強く個人主義的ではなく分析思考ではなく全体思考となっている。インドでも同様。氏族の繋がりを強める制度は様々である。
狩猟民族でも農耕民族でも多くは複婚だ。男は嫁が多いほど子が増える。中央集権になるほど有力な男が女を独り占めするというのがよくみられる。しかし複婚の社会では多くの男は嫁がおらず失うものがないため暴力的になる。また既婚男も嫁に投資するより新しく嫁を見つけた方が良い。単婚の鳥は配偶者を見つけた後はテストステロンが下がり育児に参加するが複婚の鳥はテストステロンは高いままで雌を探し続ける。テストステロンは挑戦や復讐や他人への信頼やチームワークへの能力や金銭的リスク管理に影響する。これが高いと凶暴になる。男は男が多いと我慢強さがなくなる。独身者は凶暴だが結婚すると犯罪に走らなくなる。一人っ子政策の影響で男子過多な中国は犯罪率が上がっている。成長期に平等な家庭で育ったら平等な制度で働きたくなるだろう。
最後通牒ゲームをWEIRD社会でやると半々に分ける結果になるが、市場に統合されていない社会でやるとずっと他人への分け前は減る。これは独裁者ゲームでも第三者による処罰ゲームでも同様。人を信頼し公平に扱い見知らぬ人とも協調するべしという規範が市場にはある。この規範を守るほど評判が高まり客や仕事仲間や労働者が集まるものだ。この規範があることでお互いに得となる取引に応じられる。競争はあるが公平で正直に振る舞うものが称えられる。これは縁故主義の反対である。市場に統合されていると向社会的になるのだ。そして自発的な組織を作り文書にした規則による制度をなすようになる。売り手と買い手の属人的な関係による取引は歴史的に多い。沈黙交易は内容が制限されているが世界中で観察される。教会により血縁による仲買が妨害されたため市場規範が発達した。西洋の都市は個人主義的な人が集まる場所だった。血族社会を弱めるような決まりごとが多く作成され住民間の秩序が保たれ繁栄し、自治がなされた。競争があり、繁栄する都市の規範や法や制度はその他の都市でも真似された。教会の影響下にあった都市ほど早く成長しより市民参加型の統治となった。市場統合が進み、公平と正直さを旨とする商法が次第に発達した。市場規範の拡散には自発的な組織間の競争の影響があった。学者や法律家を養成する大学はそのような組織の一つであり地元の経済成長を促していた。
戦争が与える心理的影響は大きい。シエラレオネで共有ゲームを実験すると戦争の影響が大きかった人ほど身内に対してのみ平等な分け前を与えるようになる。また独裁者ゲームでも同様の身内のチームメイト贔屓の傾向がある。またより積極的に政治や市民活動に参加する。これは戦争が人々の繋がりの重要性を想起しまた規範意識を強めるからだ。そして人は互助網を作り共通の決まりをもち不安を和らげる宗教へと向かう。災害や戦争を経験するとこれが起きる。欧州は戦乱の歴史だ。軍事的政治的に有効な国家でなくては滅亡していただろう。戦争は新しい自発的な社会集団の形成を促し、非属人的な規範を発達させ、宗教性を強めた。一方血族社会では、例えば中国では戦争は血縁関係を強めるだけで参加型の議会は発展せず関係を重視する規範が発達した。欧州で戦争が起きた地域はその後より成長する傾向にある。これは絆を強め市場規範や法を遵守し信仰を強めたからだろう。また同様に十字軍を送り出した街はより発展した。規制改革により競争が激化すると企業はより内部の結束を強め有効な組織になろうとする。雇用市場は流動的だから非属人的な向社会性を強めるだろう。実際規制改革が起きると人を信頼できると答えるようになる。これは米だけでなく独でも同様で、またPGGの実験でも確かめられる。集団間の競争は宗教性を強めることなく戦争と同じような心理状態の変化をもたらすのだ。街や修道会やギルドや大学などの自然発生的組織が競争してその数を黒死病が流行っている最中に拡大していったのが欧州の近世だった。血族社会では競争激化は中国のようにただ信頼が減るだけとなりうる。
時間に正確で時は金と認識しているWEIRDの特徴だ。市場は時間を効率的に使うよう促す。中世を経て西洋人はより勤労に励むようになった。これは顕示的消費の影響もあろう。それとともに勤労を美徳と捉えるようにもなった。シトー会の活動拠点に近い人ほどそう考えている。そしてより忍耐強くなった。個人主義の都市では忍耐強い方が得なのだ。利子率は下がっていき殺人率も下がった。農業社会では人の生業の選択肢は少なく、縁故によりさらに減ってしまう。一方都市では様々な職があり気質に応じてやりたいことを選べる。ヒトの人格に5大特性があるというのがWEIRD社会の特徴であり、どんな性格でもなんでもやらなくてはならないような狩猟社会ではこの特性は2や3に減ってしまう。一貫性を持って物事に取り組む、自己を発見するというのは西洋の心理なのだ。
分析的な思考、人に資質があるという考え、独立していて調和しないこと、そして見知らぬ人にも社交的であることという心理状態は人の関係を構築し物理世界を考察する上で役立ち法や科学が発展した。またこの心理は民主主義の発展にも繋がり、その逆の因果も起きた。プロテスタンティズムは人々の心理が変化した原因でもあり結果でもあった。その信仰はWEIRDな思考法として都市で文化的に進化したもののそれであり、忍耐強さや欲を自罰するための勤労は経済成長に結びつき、自治を重視し教育で中産階級を強め自立させて民主主義的な制度の基盤になり、そして孤独なことから高い自殺率をもたらした。啓蒙思想もこの土壌から生まれた。
革新は多くの発明からなる。既存のアイデアや技術の再構成であり、集合的な脳を必要とする。これが西洋で産業革命を促進した。その背景には非属人的な信頼や独立心など心理的な発展があったのだ。また都市化で多様な技術を持った人がいた。血族社会では教師は見つけやすいが、WEIRD社会ではより多くの人からなるネットワークの一部となり最良のものから学べた。新居を構える新世代は周りから学び実験を繰り返した。修道会は技術を伝えた。職人の徒弟制が発達し、職人は都市とギルドの競争的な環境の中で働く先を変えることがよくあった。都市は人を引き付け革新をもたらす。大学の人たちは文通で繋がり、情報を共有して秘密や証拠捏造や盗用を罰するような規範が生まれた。ユニタリアンは知識社会の形成を促進した。圧政に対し退出で対抗できた。人と関わるのは何かを生み出すと考えるようになった。栄養を十分に摂るようになり認知能力が高まった。救貧法など政府の介入もそれを後押しした。教会の規則は確かに出生率を下げるような圧力があったが革新によりマルサスの罠を抜け出たのだ。
ユーラシアはアメリカと違い使いやすい家畜や穀物に恵まれており繁栄したという説は紀元1000年あたりまでは妥当だ。でもその後中東ではなく西洋が勃興したことを考察するには文化的進化による心理的変化の分析が欠かせまい。日中韓が成長できたのは農業と国家の長い歴史があり勤勉さや規範が生まれており、上からの西洋化が可能だったからだ。法典や科学的方針を真似しやすかった。中東が失敗しているのは血縁関係が強すぎるせいだろう。裕福になることはあまり心理的に変化をもたらさない。遺伝的進化はこの文化的進化に逆らうような形で影響していただろう。なぜなら欧州の都市は疫病が蔓延しているような場所でそこを好む個体は死にやすかったからだ。修道会もまた同じように遺伝の墓場だ。西洋の制度を違う土地で当てはめようとしている場合はどのような心理的影響をもたらすかを考察する必要があろう。男女平等やロボットやAIなど社会は変化し続け、心理もまた変化しているのだ。
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・エロサイトでよくstep motherだのsister in lawなどの用語が人気と出てきてるけど別にムラムラくるの当たり前じゃんとか思っていたけどこれ西洋(キリスト教)の特徴なんだな。禁止されてるからだろうね、業が深い。