https://amzn.to/3uFbi2P
経済学で30年にわたりフィールド実験を行なっている著者は、ビジネスとその研究に共通点があるという。それは「スケールできるか」ということだ。小さい教室で上手くいく方針も全国の教室では上手くいかないかもしれない。事業もまた然り。本書は規模を拡大するにあたり注意すべき5つの点をまとめ、そして上手く拡大するために重要な点を示している。大統領府やリフトやウーバーでの著者の経験もあり、標準的な価格理論と行動経済学の最新の知見もありと盛りだくさんな内容でお勧め。
まずは、偽陽性。これは、本当はそうではないのに証拠を真であると捉えてしまうこと。例えば1980年代に流行った、中高生に対して薬物についてノーと言わせるプログラムがある。最初の試行ではうまく行ったがそれはたまたまで、大規模にすると失敗した。仮説に沿う証拠ばかりを集めてしまうという確証バイアス、周囲の影響を受けてしまうというバンドワゴン効果、価値の不明確なものについて競争があると生じてしまう勝者の呪いはこれを助長する。また、証拠の捏造もある。避けるには独立した試行で再現できるかみるといい。動機に着目したり、意に沿わない証拠があるか反対意見を述べる部署を設けるといいだろう。
次は、顧客をよく知ること。メンバーシップを作り二部料金制にしても、割引かれるともっとサービスを使う人もいれば、サービス利用を増やさない人もいる。後者の方が多ければむしろ利益は落ちる。どんなサービスや財を提供していて顧客がどんな人たちなのか把握しなくてはならない。試供テストに来た人たちが想定顧客を代表するようなサンプルなのか考慮すべき。選択バイアスがあるかもしれない。西洋人以外にも試すなどすべき。想定と違う顧客層を開拓したい場合は地道に調べていくしかない。
そして、何が妥協可能で何がそうでないかを見極めること。事業がうまくいくための要素が妥協不可能な場合は規模を拡大するのは困難となる。例えばレストランならシェフは妥協不可能であり、これは通常拡大するのは難しい要素だ。そして妥協不可能な要素に対しては誠実に扱わねばならない。遵守も重要であり、素晴らしい案であっても客がそれを正しく使わなければ効果は出ない。すぐ目に見える形で影響があるように設計しよう。
また、三つの外部効果も重要だ。事業規模を拡大すると意図せぬ結果が出てくることがある。まず、一般均衡効果がある。すなわち市場規模に正または負の影響を与えること。例えば、技能を積ませるという事業を拡大しすぎればその技能の供給が溢れて賃金が下がる。第二に、社会的な行動変容。他の人の行動を見たり直接絡んだりすると人は行動を変えることがある。第三に、ネットワーク効果。使う人が多いほど便利になるようなサービスがある。例えばSNS。
最後に、コスト。規模の不経済が働くようではうまくいかない。固定費をかけても変動費は下げるようにすべし。技能のある人を惹きつけるには費用がかかるから、そこそこの人でも十分に回せるよう最初からしっかり案を練るといい。
望むことをさせるためには上手く動機づけるべき。金銭的報酬だけが重要ではない。損失回避という人間の性質を利用し、社会的に圧をかけたり理想の自己像を脅かしたりすることも効果がある。ボーナスではなく、しっかり働くと損失が出なくなるというように受け取らせるとより人は働く。ただし、公正に扱うべき。
限界効用を考えよう。ある施策を費用便益分析する場合、平均費用だけでなく限界費用のことも考慮すべし。最後の1円があまり効果的でない部署や地域に使われていないかどうか確かめよう。この過程は発見を伴う。サンクコストのことは忘れるべし。
上手くいかない案はすぐに捨てよう。自分にとり機会費用が低い活動、すなわち比較優位があるものを見つけて専念しよう。転職や離婚には勇気はいるがたいてい変化した方が幸せになれる。試行錯誤しよう。
協調と競争をうまくバランスする文化を育てよう。事業が小さいうちは能力主義かつ個人主義でもいいかもしれないが、組織が大きくなると部門ごとの相互の協調が重要となる。有能で多様な背景を持つ人を惹きつけるために、体裁主義を避けたりCSRへの取り組みを見せたりするといいかもしれない。また不祥事が起きたら正しく謝ろう。職場の文化は職場の外にも影響が起きるものだ。
企業に弱点があるなら、規模を拡大したら必ずそこが問題になる。スケールできる案こそが世界の問題を救う鍵だ。くじけず証拠を集めていこう。
-------------------------------------
(感想)
・「賃金を上げたのに運転手一人当たりの稼ぎが変わらなかった」とか、謎があらわれた途端にその理屈が解明されるような書き方になっててとてもわかりやすい!
・スケールできるかどうかを考えるにあたっては特別な才能がある必要はないという本書の姿勢大好き!そうそう、チェックするんだったら標準的な訓練を受ければ誰にでもできるもんね。