2012年03月23日

Memento mori

死、それは喪失。人は去りゆく者を悼む。
忘却の彼方へ追いやられることをよしとしない感情は根強く、急逝した研究者の遺作にはしばしば哀悼文が載せられる。

しかし、専門書は追悼の辞を表すにふさわしい場ではない。

人を批判するのは難しい。それが死者であれば尚更だ。故人への想いから、命題を検討する眼に濁りが生じる可能性が高まる。どんな形であれ科学の営みが妨害されるのは亡くなった人にとっても本意ではないだろうーー驚異に満ちたこの世界を解明したい、それが学術に従事する者全ての願いなのだから。

とはいえ、情念に満ちた物語は読むものの心をうち、表現されなくては惜しい価値がある。自伝や伝記といった形式にして伝えるとよいのではなかろうか。
posted by Char-Freadman at 07:46| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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