2012年03月25日

経済成長と政治制度(訂正)

世界を見渡すと貧富の差に気付くだろう。経済制度が貧富の差を決定する重要な要因だけど、政治および政治制度が経済制度を決めるーーこれが本書の中心的メッセージ。

"Why Nations Fail: The Origins of Power, Prosperity, and Poverty", by Daron Acemoglu and James Robinson



一章はアメリカとメキシコの比較。経済制度の差は経路依存性がある。南米大陸を征服したスペイン人は、現地人を搾取して富を得るという方法をとった。コルテス・ピサロ・トレドといった征服者は、エンコミエンダ(大土地所有制)・ミタ(強制労働)・トラジン(食料や織物の運搬)といった収奪的な制度を導入したのだ。北米では現地人を使うことも植民した人も搾取できなかったため、土地の付与を通じ植民した人がしっかり働くような制度が作られていった。いっぽうメキシコは政治が不安定で所有権保護がおぼつかなかった。そのため銀行の発達も遅れ、産業発展に必要な資本を融通することができなくなった。現在の富豪を比較しても印象的;マイクロソフトのビル・ゲイツは競争環境で勝ち抜いたけど、テルメックスのカルロス・スリムは政治家たちに取り入って成功を収めている。
二章は成長の要因について。マラリアなどの病原体、生産的農業を許さない土壌など地理的要因が効くという仮説がある。しかし熱帯でも発達した国は多く、また病気に対抗するのが政府の役割だ。所有権制度の結果として低い生産性になっている。畜産物の利用可能性だけでは近代の経済格差を説明できない。ヨーロッパの植民地が運命の逆転を引き起こしたことも説明できない。社会規範は重要で変わりにくく制度的違いを支持するけど、宗教や倫理観や価値観は関係ない。銃や文字や洋服屋家のデザインなど新技術を導入する。鋤を導入しなかったのは、収奪されるおそれがあるのでしっかり耕作するインセンティブが無かったから。同じ宗教や同じ言語だったとしても貧富の差はある。支配者が無知だから良い政策がとられないのではなく、市民を犠牲にして自分だけが富むような政策を支配者が好むのが問題。
三章は二つの制度の比較;包括的な制度と、収奪的な制度だ。包括的な政府とは参加者が多いものを指し、所有権を保護し、歪みの無い法の支配があり、交換を促進する公共サービスを提供し、新しいビジネスの参入を許す。暴力の正統な独占が必要。経済制度と政治制度には補完性がある。収奪的政治制度はエリートに権力を集中し、経済制度はエリートに寄って吐くあられ資源を奪うために作られる。制限が無いからあたらしく独裁者を生む。コンゴや北朝鮮は収奪的制度の例で、経済成長を阻むような行為もとっている。経済成長が可能なのは、変化により政治的・経済的に打撃を被る人がそんなに居ないときだ。収奪的政府であっても、高い生産性のある活動に資源を配分したり、包括的な経済制度を維持したりするなら成長が可能かもしれない。ただしそれにはある程度の中央集権が必要であるし、もし成長したとしても不安定になる。
四章は歴史の分岐路について。中世にはペストの流行により貧農は希少になり賃金は上がりつつあった。14世紀半ばには西欧と東欧は似ていたが、17世紀になると違いが生じた。西欧の農民は封建的な義務から解放されて市場に組み込まれつつあったが、東欧では農奴として働いていた。この違いは、農民の反乱への対応から生じた。東欧では地主がよりうまく組織を作ったのだ。イギリスでは名誉革命の時期に、権力に対して制限が課され、のちの包括的経済制度の導入に繋がった。コンゴや中東、東アジアでのこのような分岐について描写がなされる。
五章は収奪的政府下での経済成長について。ソビエトでは所有権が禁止され、農業は集団的になされた。このため人々には働く動機がなく非効率な配分になったが、生産性が高い重工業に人員が割かれたためいちおうの成長はみた。1928~60年までの間、田舎から移住させるという残酷な方法で6%という高い年の成長率を観た。コンゴのカサイでは河を隔てて二つの民族が暮らしている。片方は政治革命により中央集権を達成し、収奪的ながらも恐怖による専制で少しの成長をみている。Hilly Flanksで農業が始まった。
六章は制度の発達について。セメントを発明したマヤも、コンメンダにより商業を守る法が発展したヴェネチアも、ローマも、アクスム王国も、収奪的な政府だったため成長は不安定なものとなり紛争で滅亡してしまった。包括的な政府にも逆行する。市場を拡張し毛織物の利潤を高めるような法令が出された、これはジェームスに対抗するため。ファイナンス革命も生じた。集権を続けた。
七章はイングランドについて。マグナカルタから名誉革命に至るまでの道は平坦ではなく、クロムウェルによる独裁やジェームズによる先生の強化をみたものの、最終的には包括的な政府が誕生した。これは王に対抗する大きな連合が生じたため。王は貿易の独占ができなくなった。働くインセンティブが生まれ、金融の発展や産業革命が生じ、運河や陸路の発達により発展した。
八章は多くの国家が創造的破壊を恐れチャンスを逃したことについて。ハプスブルグの統治は絶対専制で、工場に集まった貧民が対抗するようになるため産業の発展を恐れた。また鉄道建設にも反対した。絶対王政の国々、たとえばロシアのツァーや宋・明・清といった中国の王朝やエチオピア王国も産業を恐れた。
九章は奴隷貿易について。オランダ東インド会社はインドネシアにプランテーション農業をもたらした。アフリカと欧州間では、1807年に奴隷貿易が廃止されたのちは、アフリカ現地で農産物が生産されるようになった。アフリカ諸国は奴隷を捕まえて売るような収奪的制度を発展させた。アーサー・ルイスは途上国における伝統社会と産業社会とのニ階層モデルを提唱し、あたかも南アフリカはそれに当てはまるように見えた。農業に従事する黒人は労働力があふれており、白人は工業に従事し都会に住んでいた。しかし実際にはその差は制度の差によるもの。
十章は英国以外で発展した地域について。豪州への移民では、アボリジニは少なく搾取できなかったので移民たちは自分で働いた。貴族・僧職・市民と階層が分かれていたフランスでは、ルイ16世の時代にEstates Generalが生じ、それぞれの階層を代用する人物が税収を決めることになった。恐怖政治をへてナポレオンの時代になり、領土拡大を目指した。侵略にあたり、たとえばユダヤ人ゲットーの解放にみられるように、各地の封建制を壊していった。欧州列強に脅威を感じた大久保利通のような日本人は徳川政権を葬る必要を感じ、明治維新により包括的政府の登場をみた。
十一章は包括的政府の好循環について。イギリスの名誉革命で生じた包括的政府は多元的であり多くの人の利益を代表するようになり、経済制度もまた包括的になっていった。穀物法の廃止にみられる。アメリカもイギリス同様、包括的な政府に向けて徐々に進んでいった。変化が急ではないことが、摩擦を大きくしない上で重要なのだ。ニューディール政策は最高裁との確執を生んだためルーズベルト大統領は自分に従わない判事を追い出そうとしたが、司法の独立は守られた。一方アルゼンチンのペロン大統領は司法の独立の侵害に成功し、彼は独裁者として振る舞えるようになった。政治家が判事を選ぶという体制はその後も続いた。包括的政府は国家権力を制限し、包括的な経済制度をうみ、報道の自由を守るようになる。
十二章は収奪的政府の悪循環について。シエラレオネではイギリスが収奪的政府を作り、マーケティングボードで農民を搾取するという形をとった。独立後も少数による支配が続くという点は、グアテマラでも同様にみられる。エチオピアで王を追放したマルクス主義者は独裁者となった。アメリカでは南北戦争後は奴隷制が廃止されたが、南部ではジム・クロウ法により本質的には同じような黒人差別が続くこととなった。少数による政府は、少数のみを利するような経済制度を作るようになる。このため権力を奪取するメリットは大きく、紛争が続くようになる。
十三章ではなぜ政府が失敗するかについて。シエラレオネやジンバブエでは収奪的政府が収奪的経済制度を支え、紛争に次ぐ紛争になっている。コロンビアは一見民主主義的に選挙がなされているが、制度は収奪的であり、民兵組織の暗躍により市民の身柄はいつも脅かされている。アルゼンチンもまたエリートのみが政治参加できるようになっていたため、経済成長が追い抜かれる羽目になった。ウズベキスタンでは綿花栽培が学校の生徒たちによってなされ、大統領の家族により成長が阻害されている。共産圏の国家は全て収奪的で経済成長を阻むようなものだった。
十四章では包括的政府に向かった国について。ボツワナやアメリカ南部、ケ小平の中国は収奪的政府の悪循環を打ち破ることができることを教えてくれる。
十五章はまとめ。高い経済成長を誇る近年の中国をみて新しい経済の形だと指摘する向きもあるけど、包括的な政府にならない限り、中位所得の水準に達したのちは政治エリートによって成長が阻まれるだろうとみている。経済成長を計画することはできず、援助は失敗しており、それぞれの国での方針を考えねばならない。

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(関連文献)
・この分野の次のスターはこちら。ペルーの強制労働やメキシコの麻薬ギャングについて調べている。制度が重要なのはわかったので、これからは「制度のいかなる機能が」経済発展に影響するか、マニアックに追うのが流行と思われる。乗るしかない、このビッグウェーブに!

http://economics.mit.edu/grad/mdell

・アルゼンチンが遅れた理由を考察している文献。著者のEngerman, Sokoloffはとてもよく知られた経済史家で、2000年のJEPの論文で制度の重要性を指摘した。



・本書はブログもある。一つ一つが重い。。。
http://whynationsfail.com/

・アフリカの紛争がどのような形で行われているか調べたもの。上記ブログで紹介されている。



・もっとフォーマルな形での議論が見たい方はこちら。ゲーム理論と動的計画法を使って華麗にモデル化してくれてます。



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(感想)
・三行でまとめるなら、
(1)経済成長をもたらすのは多くの人が参加できる政治制度
(2)少数者からなる政治制度は反乱を恐れて有益な技術も導入しない
(3)多元的な政府も寡占的な政府もそれぞれ自己循環的
となるかな。一行でまとめるなら、経済成長には国家権力の制限が必要、ということになるか。
・たくさんのネタを載せているので、とっても読みづらい。まあ目次がよいまとめにはなってるけど。。。
・Samuelsonの教科書もソビエト礼賛してたのかー。61年版では84までにソビエト>アメリカになるなんて言ってたそうだ。
・坂本竜馬はSakamoto Ryumaじゃねえ、Sakamoto Ryomaだ!
・「孝明天皇の子明治」という表現があったけど、正確には「孝明天皇の子睦仁」のはず。
・倒幕の中心となったSatsuma, Choshu, Tosa, Akiとあるけど安芸じゃなくて肥前だよね?
(訂正)王政復古の倒幕時に実力行使に出たのは安芸藩ですね。
・謝辞に日本人名が見られないところをみるとチェックがなされなかったのかな。。。
posted by Char-Freadman at 21:11| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | ぶっくれびゅー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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