2020年07月09日

フィールド実験と経済学実践

AERの今月号の巻頭はバナジーのノーベル賞講演だった。RCTへの4つの誤解を解きつつ近年の展開を概説し往年のペーパーを位置づけるという非常に優れた内容。聞いたら面白かっただろうな〜!

Banerjee, Abhijit Vinayak. 2020. "Field Experiments and the Practice of Economics." American Economic Review, 110 (7): 1937-51.
https://www.aeaweb.org/articles?id=10.1257/aer.110.7.1937

1.経済学は一般化できる知識を目指しているがRCTは特定の介入の効果を測っている。やり方が違うのでは?
2.経済学は大問題を扱う。でもRCTは狭く特定の問いに答える。どう両立したらいいの?
3.経済学は理論と証拠を累積させ新しく理論を作る。RCTは計画性がないのでは?
4.なぜ経済学者がRCTをやる必要があるの?統計学者や世銀に任せればいいのでは?

1.一般性について:RCTでは介入の効果はどこでもいつでも同じだという仮定を置いている。とはいえ一般化されているのは経済学的概念であり各々の介入はそれぞれ細かな差はある。同じ概念を違う実験で試すことでその理論のどこがうまくいかないのかわかるのだ。そうして理論の精緻化がなされる。だから実験地が次第に加わっていく。原点と同じような条件を揃えて、でも新しくわかったことをもとにして新しい実験を組む。自然実験と同じことをしている。標準的な経済学だと理論に整合的な行動は一般的なものだと見なす。例えば労働供給をするにあたってその心理的な費用は賃金や生活水準や主観的な厚生からは独立に決まると仮定されており、現金給付がなされると労働を減らすだろうとされている。でもこの前提は間違っている。理論が行動を予測するのと政策立案のガイドになることとはまた別物だ。労働供給の例でいうならどれくらい働かなくなるのかが知りたいことと言える。効用関数や労働の費用関数に非常に強い仮定を置いてモデルの推定をすることになる。意思決定者はなんでも知っていると仮定している。でも推定したい変量の数が多いと精確に推定できなくなるという対立がある。効用や費用に影響する要素を増やし人が不合理に行動することを許すと、多くの変数が必要になろう。すると行動の真の決定要因を考察するにはより多くの前提が必要となってデータからはそれは検証できないものとなりうる。観察研究は多くの用途に使えるという経済性を持っている。でも使いすぎると信頼性を欠いてしまう。リスク回避度や労働の賃金に対する弾力性などの推定値は信頼区間が非常に広くなってしまう。信頼性の異なるデータを同じように扱ったり話に合うようなデータを選んだりしてはならない。最適に組み合わせるのがいい。
2.大きな課題について:中国がどこに向かうのかとか不平等は成長に不可欠化などの大問題を扱わないという不満がよく聞かれる。でも観察研究での結果はあまり頑健ではない。そういった問題についてもRCTは使える。市場を活用するための制度をデザインできる。例えば汚染の管理の重要性を突き止めた。人は自分の可能性を全部実現できているのか、そうでないならなぜかといった疑問にも答えられる。極度の貧困にいる人は本質的に非生産的なわけではなく不運にも貧困の罠に囚われてしまったと明らかにしたのもRCTだ。近年では貧困の罠に陥る場合とそうでない場合とを区分するような実験もある。一度の大きな介入で貧困から抜け出せるということでもあるし、保険を掛けていないショックに見舞われたら貧困に陥るということでもある。
3.理論との関係について:RCTは新しい理論を構築するのに使える。なぜなら重要な示唆を生むようなものに焦点を当てて実験を組めるから。ガーナの実験では労働の心理費用を減らし、現金給付があっても労働は減らないことを示した。不安が減り働けるようになったのだろう。伝統的な経済学では推定のためにモデルを簡略化していたが、実験ではモデルに多くの変数を組み込み実験についての間違った解釈を排除しているという違いがある。情報を広めるには噂好きが適しているという研究ではRCTにより検証がなされた。仮説を確かめる実験をするのは簡単で、検証して面白い仮説を組むことに重点が置かれている。理論がRCTを組み、RCTが新しい理論を生むのだ。

4.RCTで主体となるべきは統計手法を適切に組み経済学的理屈付けをできる経済学者だ。信頼できる証拠がないからといって使われ続けている前提を利用するのはもうやめよう。より文脈に即したモデルを組み研究を進めるのがいいだろう。
posted by Char-Freadman at 17:53| 北京 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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