Career and Family, Claudia Goldin著
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1940年代にはあからさまな差別があったが、女性の地位は向上し続けてきた。とはいえ今でも男女の賃金には格差がある。これは両者が違う職に就いているからではない。たとえ職業分布が同じでも格差は1/3程度しか縮まらない。原因は、「貪欲な仕事」にある。それは24時間不測の事態に備えることが要求される管理職や、ずっと頭を働かせていることが必要となる研究職のような時間のかかる業種のことを指している。一方で、親は病院や学校からの連絡に対応する必要があり、家庭を持つことは時間のかかる活動だ。このためには労働時間が柔軟な職が必要となる。著者は、賃金格差が縮小するには柔軟な職種がもっと増えて生産的になることが重要とみている。ここ100年で仕事と家庭の両立という考えがいかに生まれてきたかを眺め、今日どうなっているかを語るのが本書の内容だ。
家庭とは子どもを持つことと定義し、キャリアとは昇進したり持続的に行う仕事のことと定義する。後者はアイデンティティとなりうる。収入のために就く仕事は職と呼ぶこととする。学士号を持つ女性のうち、1878~1897に生まれた世代を第一、1898~1923の世代を第二、1924~1943の世代を第三、1944~1957の世代を第四、1958~の世代を第五とする。こう分けると、世代内では似通っているが世代間では差がある。第一世代の特徴は、キャリアを築くか家庭を持つか二者択一であること。第二世代は第一世代と同様に初婚年齢が高めで、職に就いてから家庭を持ち、その後は働かなかった。第三世代は一番似通っており、多くの雇用制限が撤廃されまた人口動態の変化があった。初婚年齢が低くまた結婚率も高いのが特徴だ。家庭を持ったのち職に就いているがキャリアを積むまでには至れなかった。離婚率も高い。第四世代は前の世代を教訓とし、家庭内ではなく市場における能力の重要性を知った。避妊法が普及し望まない結婚を避け教育を積むことが可能となり、キャリアを積んだのちに家庭を持った。間に合わず子を持てない人も多かった。第五世代はようやくキャリアも家庭も持てるようになってきた。初婚年齢は高いが出産率は上がっている。1940年代中盤から1960年代中盤の大学は男が圧倒的に多かった、これは軍から帰ってきた人が多かったため。大学はパートナー探しの場としても機能している。大学に行ける層が変わっただけであるという指摘もありうるがそうではない。ラドクリフ/ハーバード大学を見ても同様にこのような世代ごとの差があるからだ。
第一世代の学士女性は3割が生涯未婚で5割が子どもを持たなかった。この頃は既婚女性に対する雇用規制と、夫と同じ職場には雇わないという縁故規則があった。当時は家電製品はなく家事は重労働だった。避妊法が発達しておらず、衛生も悪く抗生物質もなかったため新生児死亡率は高かった。子どもを失う率は農婦の方が女性教授よりも低いほどだった。この世代の著名人は学者や公務員やジャーナリストや作家や先生だ。子どもがいる人は作家やジャーナリストである場合が多い。それは時間の融通が効くからだ。活動家が多いのも特徴だ。データはあまりないが、ある調査では生涯独身のままの理由は金銭的に独立しているからとされている。このように歴史を見ると、個人では抗えない力の重要性がわかる。
第二世代は過渡期に当たる。生涯未婚率は減り、子を持つ人は増えた。家電製品により労働を節約できるようになり、また労働環境も変化した。オフィス内のホワイトカラー職が増えたのだ。これにより労働参加率が上がった。この事務職には教育が必要だったため、高校が増加した。入学した女子は男子よりも多かった。既婚女性規制を減らすような動きは大恐慌前まではあったが後にはなくなってしまった。この規制は、既婚女性を雇うかどうかを決めるものと、既婚になった既存の従業員を雇い続けるかどうか決めるものと二種類あり、前者が多かった。新しい先生候補はたくさんおり、学校は従順な労働者を求めたので既婚女性を雇わずにいてもあまり打撃がなかった。第二世代の黒人の大卒女性は結婚している人も子どものいる人も働き続けている人も比較的多い。これは黒人は南部におり、南部には教師が少なく既婚女性規制がなかったためだ。
1963年刊でフェミニズム第二波となったフリーダンの「新しい女性の創造」では当時の学卒女子の野心が低くなったと嘆かれているがこれは間違い。大学を卒業する女子の率は上がっているし、いい人を見つけて中退する率も低くなっているし、また学士以上の学位を取る人も増えている。結婚後も再度就労できるように、教育を専攻する人が多かった。学位があると就労の機会が開けた。また高卒に比べ大学卒の男子と婚姻する確率が高まっている。フリーダンは、家庭とキャリアとで後者を選択した人と、当時の一般的な学部女子を比較した点で間違っていたのだ。第三世代は全体としてはキャリアをより積んでおり、家庭を持てている人も増えている。調査では働き続けたいとの回答も多い。「わがままなキャリアウーマン」という考え方が流行ったのは労働への制約となってしまったかもしれない。
第四世代はピルによる静かな革命が進行していた。これにより望まない妊娠からの結婚をせずとも済むようになった。初婚年齢が上がり離婚が減った。そしてキャリアを積むようになった。結婚しても旧姓を使い続ける人が増えた。第三世代を目にしながら育ち、もっと上手くやろうとしていた。労働参加率が高い。大学での専攻も教育ではなくビジネスなど長期を見据えた内容のものが増えている。JDやMDの割合が増えた。教師の割合は減りさまざまな職に就くようになった。労働者としてアイデンティティを育むようになったのだ。
80年代にようやく不妊についての医学的知識がうまれた。治療の進歩と健康保険の拡充の影響もありキャリアのある女性が出産をする率は上がっている。これが第四世代との差だ。年齢が上がるにつれキャリアのある人は増えるが、これは子どもが小さいうちには若い女性はとても苦労をすることを示している。第五世代はさらに結婚と出産を遅らせた。専門職の人は労働参加率が高い。MBA保持者は家庭とキャリアの両立はうまくいっていない。これはあまりフレキシブルに働けないためだ。卒業から15年後には子どものいる人のうち半数は仕事を辞めてしまっており、支援が必要ではある。
女性に対する偏見や女性があまり賃金に対して交渉する姿勢を示さないことや競争したがらないことが男女の賃金格差に繋がっているわけではない。同じ職についた男女は最初は同じような給料を受け取るが結婚や出産の後に格差が出て来るのだ。キャリアを中断したり長い時間働けないことは金融などのような労働時間を要する職では非常な不利に働く。子なしの女性には格差があまりない。時間要求が緩く、予測可能な日程であり、他の社員により代替可能であるような業種では格差は小さい。技術者や科学やコンピューターや数学などさほど対面を要しない職がこれにあたる。競争的である職は格差は大きい。
薬剤師をみるといい。自営業ではなく法人化が進み、薬の標準化が進み、情報技術の洗練により各々の薬剤師は他の誰かにより代替可能な職となった。このため男女の賃金格差は小さい。代替可能であるということは低賃金になることでも価値が下がることでもない。これらの変化は多くの職でも起きつつある。
昔に比べ現代ではキャリアが固まるまでかかる時間が長くなった。キャリアと家庭を両立させようという人にとっては状況は困難になっている。女医は他の専門職と比べ出産率が高いが、これは働く時間を若いうちに減らすことで達成している。獣医は働き方が標準化し、男女の賃金格差が小さい職の例だ。呼ばれたらすぐに反応しなくてはならない職の賃金プレミアムを減らしフレキシブルな職を生産的にし、育児費用を下げることが問題解消への展望だ。
コロナの影響で多くの人が家から働くようになった。悪影響は女性に起きている。学校兼職場となり集中できなくなっているという声もある。キャリアと家庭の両立には働き方のシステムを見直すことが必要なのだ。
(感想)
・これ系の話だと、「もうギリギリまで頑張ってる女性をさらにもう一押しする」「家事育児をしない男を罵倒する」など倫理観を変えようとする路線をよく目にする。いや、それで解決するならとうに解決してるやろ…となるんだけどこの本はマジで一味違って本当に感動してしまった。標準化することでフレキシブルな仕事を作り出していこうという解決策にシビれる。システムを変化させようというお話。
・カップルの片方がオフィスからの緊急の案件に対応する高級取りの職に就き、片方が家からの緊急の案件に対応するフレキシブルな職に就いているから男女の賃金格差が縮まらないというロジック。嫁が前者に就いて夫が後者に就いても良くない?とは思う。そうならない理屈が欲しいような、でもそれは小さい穴のような。
・格差を縮める方法として採用でのブラインドオーディションをするという非常に有名な著者の研究が挙げられてるけどちょっと待ったぁ!これあんま有効じゃないよってツッコミ入ってるからね。むしろ男の採用が増えるのでは的な。
・「他の人に代替可能じゃん、俺の価値って一体」みたいな実存的疑問は完全に解消されたな!そうであるからこそフレキシブルに働けるわけで。
・ロボットやAIが進展してくるとそういうフレキシブルな職が減っていくんじゃないの感はある。