2022年12月02日

5分でわかる半導体産業の歴史:技術・経営・軍事の側面から

半導体は多くの工業製品にも欠かせないものであり、東アジアにその製造業者が集中している。台湾をめぐり米中が対立しているのはそこにTSMCが立地しているからでもある。科学者や技術者やCEOのインタビューに基づき、国際政治や世界経済の構造や軍事力のバランスに半導体産業がどう絡んだかを明かしてくれる歴史書が出ている。

Chip War: The Fight for the World's Most Critical Technology , Chris Miller著

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第二次大戦では精密な爆撃が必要となり、計算は人間が行っていた。真空管を用いた機械がそれを行うようになったが大きすぎ、より小さなものが待ち望まれた。
真空管の代わりとなるスイッチとして、それ自身では電気を通さないがある物質が加わり電界が生じると電気が流れるようになる半導体にショックリーは目をつけた。そしてトランジスターが開発された。
ショックリーの会社から離れた技術者たちは会社を起こし、ワイヤーを使わず複数の電子回路を一つの集積回路、「チップ」として統合することに成功した。小型化して電気効率を上げるのがその後の目標となった。
チップはアポロ計画で使用されて名声を得て、テキサスインストルメンツはミサイルを統制するコンピューターとしてチップを空軍に売り込んだ。
光蝕刻を利用することで更なる小型化が可能になり、大量生産に結びついた。半導体産業離陸の裏には物理学に対する確かな理解と同様、生産技術もまた必要であった。
最初はミサイル誘導やレーダーにしか需要がなかったが、低費用になるにつれ民生用としての需要が出てきた。人類が月面着陸する頃には企業用コンピューターが売れるようになった。
米国を追い越そうと必死なソビエトは交換留学で優秀な学生に電子回路を学習させ、半導体産業を起こすために産学一体となった都市を造った。
米国チップの真似がソビエト技術者の至上命題とされた。しかしその生産には光学や化学や精製技術など複数の産業が必要となるが、ソ連はそのどれもを欠いていた。諜報で知識を得ても真似できずすぐに時代遅れとなった。また企業文化も異なった。
冷戦下で日本は米国主導の産業システムに組み込まれることになった。盛田昭夫のソニーは消費者向け製品の開発に極めて優れており、チップの生産は米国が、ラジオや電卓などの製造は日本が行うという日米の相互依存が60年代に強まっていった。
シリコンバレーでは労使の関係が悪く、低賃金労働を求め香港やシンガポールや台湾などで組み立てが行われるようになった。
ベトナムではゲリラ戦が行われたが、マイクロエレクトロニクスにより精密さの向上した誘導爆撃の実験場となった。米国の軍事力が革命的に上昇したことを示していた。
ベトナム戦争での米国の敗北から共産主義へのドミノ倒しが起きると危惧されたが、エレクトロニクスの組み立ては台湾や韓国やフィリピンやマレーシアで行われるようになり、米国とアジアとの統合は進んだ。
1968年にはインテルが生まれ、それまでの磁気コアではなくシリコンチップでメモリーを生産した。計算ではなく記憶用のチップは特化している必要はないため、多くの装置で使うことができ規模の経済を確保できた。それだけでなく、一般的なロジックチップを開発した。
1970年代にはソ連は多くの弾道ミサイルを持っていた。しかし集積回路を積んだミサイルは誘導により正確な射撃が可能であり、戦闘の自動化も目指された。集積回路は米国の軍事力を再構成したといえる。
1980年代には日本の半導体産業が米国のそれに追いつき、追い越した。発明はアメリカのもの、実施は日本のものと言われたが実際にはソニーのウォークマンのように日本は集積回路を使う新製品を次々に出していた。競争は激しかった。
80年代の日本企業は不公平な競争をしているとして叩かれた。産業スパイが捕まることもあったが、シリコンバレーの商業慣行では似たようなことがやられていた。日本政府の介入が叩かれたが、米国政府もまた介入していた。日本企業は系列の銀行から資本を安く利用できた。半導体産業は日本が主導していた。
リトグラフィーについても日本は米国を追い越した。GCAのシェアは落ち、代わりにニコンのそれが伸びた。これは後者の方が質が良かったため。
80年代になると半導体は石油と同じような戦略物質と捉えられるようになった。これは軍事力が半導体に依存していたため。半導体産業のロビイストは防衛省に掛け合い、政府の援助を訴えた。
日米の外交問題へと発展し、日本の半導体は輸出制限を受けるようになった。国防総省と米国の半導体メーカーはセマテックという技術開発を目的としたコンソーシアムを築き、企業に援助をするようになった。しかしそれも虚しくGCAはニコンに敗れ破綻した。
盛田と石原の「NO」と言える日本は、アメリカのビジネス手法を批判した。アメリカの政治手腕は共産主義を締め上げるのには成功したが、その一番の受益者は経済に集中できた日本であった。
ポテト王のシンプロットが買収したマイクロンはDRAM事業に参入し、工程を減らすなど徹底的なコストカットにより成功した。
ある日インテルのグローヴとムーアは会議を開き、「新しいCEOだったらどうするか」という問いを立てた。そしてDRAMは捨て、新製品であるPCに積むマイクロプロセッサに注力することにした。そこでなら技術面で優位があった。また日本の工業文化を真似し、全ての工場が調和するようにした。
サムスンもまた政府の援助を受けそして銀行から安く資本を手に入れ、半導体産業に参入した。日米摩擦で日本の製品が低価格で売れなくなってしまったことも追い風になった。衰退した米国企業から技術を導入し成長した。
半導体のデザインは職人的に行われていたが、70年代にはアルゴリズムで行われるようになった。また半導体の演算力を必要とするものの開発に補助金が出されるようになった。政府は衰退産業を救うことはできないが出た芽を支援することはできる。無線のコミュニケーションビジネスはまさにそのようなものを必要としていた。
ソ連のスパイは米国の半導体やそれを作る機械ややり方までをも大量に盗みマイクロプロセッサーを真似しようとしたが、決して大規模に生産することはできなかった。
ソ連はタンクや兵士の数では優位があったが精密射撃という面ではお粗末だった。ミサイルの性能は悪く、潜水艦もすぐに見つかった。ソ連のマイクロエレクトニクス産業は、政治的混乱や、軍事以外の需要がないことや、国際的なサプライチェーンを欠いたため成長できなかった。
湾岸戦争ではアメリカの精確なミサイル射撃が威力を発揮し、イラクはすぐに降伏した。基本的なシステムはベトナム戦争時のものと同様だった。ソ連は防空能力に不安を覚えた。
日本企業は低利子で借りられ競争圧力が薄いことが仇となり、マイクロプロセッサーに注力することを忘れた。また、冷戦は終わり、半導体を積みコミュニケーション技術と監視技術のもとで圧倒的な軍事力を持った米国の勝ちだった。
モリス・チャンはTI社を離れ、台湾にハイテク企業を立ち上げたいというK.T.Li大臣の思惑に乗り広い裁量と資金援助のもとTSMC社を設立した。設計と製造の分業が進んだ半導体産業の中で、顧客が設計したどんな半導体でも製造するという企業である。
毛沢東は外国資本も電気製品も反社会的だとして敵視し鉄鋼業が主導すると考えていたため中国の発展は遅れた。ケ小平が現代化として科学技術の進展を掲げ、中国資本の半導体産業の立ち上げが政治的目標となっても、外国産のそれに頼り切りであった。
リチャード・チャンはTI社を離れ、上海にSMICを設立した。政治家の息子よりも海外で訓練を積んだ技術者を雇い、TSMCの真似をし政府の援助を受け製造能力を高めることで成功した。
半導体の集積度を高めるために90年代から注目を浴びたのは極端紫外線(EUV)を利用した露光技術だった。これはオランダのASML社が保有しており、同社は自社製の部品にこだわらずTSMCと関係が深いという特徴があった。防衛問題として米国政府の妨害を少々受けたものの、ASMLは米国企業のSVGを買収した。グローバル化で平和になるという思想もあった。
インテルのx86構造はPCの半導体を支配していた。一方、RISCというより効率的で電力消費の少ない構造を利用したArm社の半導体は任天堂の携帯ゲーム機などで利用された。PC市場の利益率は高く、インテルは却って携帯電話という市場を見過ごすこととなった。
2010年になるとアンディ・グローヴはオフショア化の危険性を唱え出した。バッテリーで遅れをとって以来、PC用のバッテリーも電動自動車用のバッテリーも遅れているというのがその理由だ。同様に、国際化の進む中外国製品に依存性が高まっているとして国防の危機を叫ぶものもいた。
2000年代になると半導体産業は三つに区分された。プロセッサー用のロジックチップ、DRAMやNANDなどメモリーチップ、センサー用のアナログチップだ。第三の区分にはムーアの法則は働かず、オフショア化もなかった。第二と第一の区分ではオフショア化したが、サンダースのAMDは工場を持つことにこだわった。
もともとグラフィック用だったNvidiaの半導体は同時並行処理を特徴とし、AI用にも使われるようになった。また、異なる周波数間で音声データをまとめるという技術を開発したクアルコム社は携帯電話用の半導体を独占した。どちらの企業も工場を持たず、デザインに専念していた。
設計と組み立ての分離の波はAMDも飲み込み、グローバルファウンドリーズが新会社として立ち上がった。2010年代にはさらに集積するために3Dで設計するようになった。TSMCは顧客と競合するような自身の設計する製品はなく、中立的な工場として多くの半導体企業に好まれた。金融危機対策ではまず解雇とコストカットがなされたが、そう判断したCEOは降ろされチャンが舞い戻り投資を増やして製造能力を上げた。
TSMCの恩恵を最も受けているのはApple社だ。Apple社はiPhoneのために半導体を設計するが製造はTSMCが行う。スマホもPCも組み立ては中国で行われ、高付加価値な部品は先進国で設計される。PCのプロセッサーはインテル製である。スマホは多くのチップを必要とする。プロセッサーの生産をする高い能力があるのは台湾と韓国だけ。
ASMLは巨額の投資を行い30年にわたり極端紫外線によるリトグラフィー技術を開発した。十分な光源を出すためにCymer社に頼り(のちに買収)、力強いレーザーを使うためにはTrumpf社を頼り、特殊な鏡を使うためにZeiss社を頼った。サプライチェーンの統制も丁寧にやった。単独の国の企業では不可能な達成事項といえ、2010年代半ばにようやく作動するようになった。
EUVを利用するような極小の工程は多額の費用がかかり、TSMC・インテル・サムスンは導入できたが工場規模がそこまで大きくないグローバルファウンドリーズはついていけなくなった。
インテルはCPUに特化しており、どんな演算でもできるものの逐次処理をせねばならないというものだ。一方でクラウドサービスで使うようなデータセンターで必要なのは並列処理が可能なGPUだった。Nvidiaとクラウド企業はAI用半導体設計で鎬を削っているが、インテルはその機を逃した。また設計と製造の一体化にこだわっていたがTSMCのような顧客第一の文化もなくまた顧客と競合してしまうため製造面でも遅れをとった。
中国は先進技術を全て権威主義体制の維持のために利用している。しかし半導体は全て海外製品に依存しているためデジタルセキュリティ面で不安が残ると捉えている。半導体産業育成のために投資し、科学者と技術者を呼び寄せ、技術を移転してもらい、海外企業同士の争いから漁夫の利を得ようとしている。
軍事の比喩を用い、トランプが保護主義を唱えたのに対し、習は半導体産業育成を唱えた。現状ではシェアは数%に過ぎず先進的なものは海外に依存している。台湾や日本や米国や欧州といった世界に統合されるのを拒み、政府の援助により独立した産業を立てようとしている。
半導体企業は中国市場を無視せず、IBMやAMDやArmはシェアが低下してきたとき技術をライセンス契約などで中国に売った。国防上問題と捉えるものもいた。
中国政府の息のかかったファンドは海外の半導体企業を買収している。ビジネスの皮を被っているが実際には政治的目的がある。
他の中国企業と異なり、華為は中国国内ではなく海外と競争して発展した。サムスンやソニーのように先進技術を学び、ときには他社の知的財産を無視し、政府の援助を受け、研究開発に巨額の投資を行った。スマホの半導体設計の米国独占を脅かすまでに至っている。
5Gの通信規格ではより大量のデータを送受信できるようになる。これまで利用してきた周波数帯でもっと多くを送れるだけでなくこれまで利用できなかった周波数帯を利用できる。車のような旧来の商品はデータ収集で新商品に生まれ変わる。華為は5G推進に最も適している企業であり、中国製半導体が世界でシェアを握ると軍事バランスにも変化が起きるだろう。
中国は米国の軍事力を相殺することを狙っている。中国のAIは発展している。人が多くデータは取りやすいものの消費者行動は軍事面とは結びつかず、軍事データは劣っている。アルゴリズムは優れている。演算力は米国に大きく劣る。現在の軍事で必要なのは陸海空の軍事行動ネットワークを全て調整するようなAIである。レーダーやジャミングといったコミュニケーション技術が重要であり、それは半導体の出来にかかっている。しかしこの事業はもう国防総省の手に負えないほど大きく、米国企業が主導しているとは言えないのだ。
米国の半導体産業は中国の補助金は米国の産業を滅ぼしているとして批判していた。トランプは関税を課し、メディアは貿易問題として取り扱った。半導体は単なる競争ではなく、外交的な武器として使えるものである。
マイクロン社は福建省の中国企業と契約を結んだがDRAM製造のノウハウの詰まったファイルを盗まれ、さらに地元の裁判所に訴えられた。報復として米国は同企業の輸出を禁じ、同社は倒産した。
まず米国が華為を5Gから外し、オーストラリアや日本がそれに続いた。英国は中国の技術的進展に対処するために認めていくという姿勢だった。華為は中国のマイクロエレクトロニクス能力全般を高めていくということで危険視された。オフショア化が進んだといっても、米国のソフトや道具は依然半導体製造で重要な役割を果たし、米国は強力な嫌がらせができる。華為は米国製のいかなる製品も買えなくなった。
コロナ禍の厳重なロックダウンの下でも中国のフラッシュメモリ製造企業は通常どおり営業していた。半導体製造に関わるものを全て中国製にすることは現実的ではないため、中国はサプライチェーンの弱点となる部分を減らすことを狙っている。新規規格に注力したり、禁輸措置の対象にならないような古い製造設備を利用して製造することにも注力している。
2020年も2021年も半導体生産は伸びており、現状の不足はロックダウンのせいではなくリモートワーク用PCやAIを使うデータセンターや5Gの電話などへの需要が伸びたため。韓国も台湾も日本も欧州も政府が半導体産業に支援をしている。インテルは再生に向け戦略を立てている。製造における台湾の天下は当分続きそう。
台湾は半導体産業の製造の中心であり、もし無くなったら米も中も打撃を受ける。だからといって侵略が起きないとは言い切れず、例えば封鎖などで台湾が中国に対し優越的な待遇をするよう圧をかけることは可能だ。台湾の代わりはないので、その場合共産党政府が半導体を支配する羽目になってしまう。冷戦時の米ソと比べ、現在の米中はかなり実力が近く危険である。
ムーアの法則は何度も終わりだと言われてきた。汎化能力のあるCPUと特化したGPUやTPUがそれぞれ能力を高めていくという予想もある。半導体は未来を握っている。

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・技術の簡単な解説が科学史みたいな感じでわかりやすい。
・半導体産業を興すためにオールスター日本チームが組まれたというニュースを聞いた瞬間「またトンチンカンなところに投資するんじゃないのお?」とか思ったけど、AIやクラウドやその他いろんな需要があるのがわかった。衰退産業を救うようなことさえしなければうまくやれる…かも…?頑張ってほしい。
・80年代の日本への対応、マジでクソだなと改めて思った。といって中国がドローンで精密な侵略してきたら困るので米国に嫌がらせ受けていても一切同情する気は起きないのだけど…
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2022年08月01日

現代独裁政治の特徴

広報活動で偏った報告を巧みに行う者はスピンドクターと呼ばれる。ロシアや中国など多くの国の体制は「スピン独裁」であるというのが本書の主張だ。独裁制に興味がある人にオススメの一冊。

Spin Dictators, Sergei Guriev and Daniel Treisman
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20世紀の古典的な独裁は反対派を抑圧し、全ての情報のやり取りを統制し、批判を封じ、思想を課し、民主主義という理想を攻撃し、人や情報が国際的に行き来するのを妨害していた。恐怖による統治という共通点があった。これに対しベネズエラやシンガポールといった現在の独裁では、メディアを操作し政権に人気があるように見せかけ民主主義かのように思わせ、あからさまな暴力は控え、世界に対しては開かれている。一部の知識層は誤魔化しを見破っているが大衆はそうではなく、反対活動は支持されない。非民主的で選挙があり野党がおり批判的なメディアがあり年に平均して10人未満の政治的殺人が起き1000人未満の政治犯がいるものをスピン独裁とよび、非民主的で批判的なメディアがあり年に平均して10人以上の政治的殺人が起き1000人以上の政治犯がいるものを恐怖独裁とよぶと、70年代では後者が6割だったが減り続けている。前者は13%だったのが53%に増えた。これは情報技術が伸びたからでも人が豊かになったからでもない。民主主義に見せかける必要はないはずだし豊かな人の方が反抗的である。機能不全な民主主義国家との境界はぼやけてはいるが、それでも民主主義には劣化を防ぐ制度も人民もいる。情報のある者たちの行動が必要である。
20世紀の独裁者は社会変革や洗脳や資源獲得や体制維持のために処刑や自白の強要などの暴力を用いた。脅迫するため、暴力は公開され目に入るという特徴があった。シンガポールのリークアンユーはよりソフトな路線を開拓し、禁止するのではなく制限するという方針を採った。政敵は議会から追放されるのではなく、経済的に破産させられた。人目につかないのがその特徴だ。政治的殺人や収監数は世界のどの地域を見ても減っている。暴力は目につかなくなっているのは世界的な潮流である。
かつてのプロパガンダは国民を従わせるために個人崇拝や思想を伴った。従順さを示すために馬鹿げた儀式に参加させられた。今日の特徴は以下のように変化している。恐怖ではなく政府の有能さを示している。そして思想ではなく幅広い魅力があることを強調する。個人崇拝というより独裁者をセレブとして扱う。メディアを独占するのではなく、独立メディアを利用したり情報源を隠すことで信頼性を保つようにしている。娯楽番組を利用する。事実の解釈を操作する。演説を調べると、実際にスピン独裁者のそれは経済的にうまくいっていることを強調し暴力は少ないことがわかる。
独裁の恐怖政治では、検閲は内容について徹底的だった。またその存在は公開されていた。そして暴力的になされた。その目的は権力の誇示と服従の強制だった。これに対しペルーのフジモリなどのスピン独裁者の手口では、検閲は部分的である。独立メディアの存在は許すため自由な見せかけがあり信頼性を担保しようとしている。また目につかないように行われる。そして暴力は用いられない。一方で、反対派は名誉毀損で訴えられたりなどの嫌がらせを受けたり罰金を支払わせられたりする。また契約が不自然に打ち切られたり技術的な名目のもと切断されたりする。そして大量の無関係な情報が流され人々の注意が逸される。データを見ると、スピン独裁のもとでは、ジャーナリストの殺害は稀であり、リスト実験で人気の高さが示される。メディアが制限されているほど人気は高くなる。グーグル削除依頼を政府の検閲とすると、ネットの検閲が激しいほどその政治家への賛同は増える。ネットやテレビなど代替メディアがあると政治家の人気は下がる。非民主的国家では教育があるほど政治家に批判的となり、民主的国家ではその逆。
独裁の恐怖政治でも選挙は行われたが9割以上の得票率となり、プロパガンダの一環であり権力を譲る姿勢は見られなかった。一方でスピン独裁では民主的であるかのように見せかけられ、民主化に向けて準備されているかのように宣伝される。権利は認められており選挙は行われ反対派の出てくる余地もあるが9割ではないものの、メディアの操作や党派的選挙区割りや不正選挙により独裁者が大勝する。実際に人気があるのに不正をするのは、支持者に対して交渉力を得たり、正しい候補が勝ったと信じさせるため。不完全な民主主義国と同じくこのような国でも人は選挙について懐疑的になっている。
対外関係は独裁者にとり長短がある。貿易で儲けたり出稼ぎで外貨を手に入れたりできるが、秘密が漏れたり敵対的な思想が入ることにもなる。恐怖政治では国境を閉ざすことがしばしばあった。例外としては、政敵を追い出したり、プロパガンダのために短期の観光客を送ったり、短期の労働ビザを発給したり、人を売り払ったりする場合があった。また宣伝のために知識人を受け入れることもあった。スピン独裁はもっと開かれている。西洋のメディアは知識層だけに読まれるよう制限がかけられ、対外紛争を起こすのは稀であり、自分の都合の良いように国際関係を利用するのが特徴。西洋の政治家から賛辞を得たりサミットを開いたり著名人と付き合うことで外国からの賞賛を得ている。民主主義の皮をかぶることで海外援助を受け取る。反対派を逮捕するために非政治的な理由をでっち上げて国際的に指名手配している。西洋の制度に参加はするが、利益を得て中から腐らせていく。腐敗政治の技術を西洋から学んでいる。国際世論を形成するために独自メディアを立ち上げ偏向した解釈を報道している。 またSNSを操作する。そしてシンクタンクに投資している。西洋のエリートを味方に引き入れることもある。
この変化の要因は国内的なものと国際的なものとがある。第一の要因はポスト工業化だ。農村から人を追い出し工場で働かせるだけでかつては経済発展できたが、サービス産業が増加しアイデアが重要となるとそれではうまくいかなくなった。そして、産業に高等教育が必要となり、政府に対し批判的な人も増えた。また価値観の変化も生じ、生存ではなく自己表現に重きを置くようになった。さらに、インターネットという多対多の技術が生じ検閲することが困難になった。第二の要因は経済と情報のグローバル化だ。貿易と金融は国際化し、メディアも国際化した。第三の要因はリベラルな国際秩序の形成である。人権運動が活発化した。また国際法の支配がなされるようになり、人権侵害について制裁が課されるようになった。
封じ込めも統合もこれらのスピン独裁者には相応しくない。締め付けると恐怖政治に後戻りするかもしれないし、統合するだけでは西洋のシステムの隙を突いてくる。そうではなく「対抗的交戦」をすべきであり、国際関係を自由の増加に向けて利用するという方針が適している。まず、独裁者の行動を監視すること。次に、困難な環境にあってもスピン独裁国家の現代化を歓迎すること。第三に、民主国家の秩序を正すこと。西洋内部から独裁者の手助けをする者を根絶すべき。また、リベラルな国際的秩序を改革し防衛すること。独裁者が加わって内部から腐らせることを防止せねばならない。最後に、暴力ではなく民主的な手段により民主主義の芽生えを手助けすること。自由な民主主義というアイデアは最も強力なものなのだ。

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・著者たちの論文だと検閲の効果は海外ニュースの需要自体を減らしてしまうという驚愕の結果が出ているけどなぜかそれについての直接的な言及がない!おもろいんだから紹介してくれてもよかったんだぜ。
・ロシアは例外的に好戦的であり中国は昔ながらの恐怖政治とスピン独裁との折衷と位置付けられていて、思考枠組としてずいぶん限定的になるけどいいの?とは思わないでもない。
・シンクタンクに浸透していくなどの工作って日本でもやられてるのかな?露や中の手先みたいな言論たまに見かけるけどそういうことなのだろうか。
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2022年03月30日

人類の旅路

人類はその歴史のほとんどの期間を生存にギリギリの水準で暮らしていた。でもある頃から飛躍的に生活水準を伸ばし、不平等が生じるようになった。本書はこれを統一的に説明する枠組みを提供している。

“The Journey of Humanity”, Oded Galor
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人類の脳は他のどの動物より大きく、この器官はエネルギーを大量に消費するし大きすぎて誕生後に育てる必要があるという欠陥がある。食料を見つけたり戦略を組むのに適していたという生態的仮説と、協力するのに適していたという社会仮説と、学習に適しているという文化仮説とが提唱されている。また大きな脳を好んだかもしれないという性選択の可能性もある。アフリカから出て非常に遅い技術的また社会的な変化ののち、新石器時代には家畜化と栽培化という革命が起きた。定住していた集団に農業は広まり、文化に合わせて乳糖耐性やマラリア耐性などの生物的な適応も起きた。

マルサスの貧困の罠の要素は二つ。まず、農業や狩猟採集生産が上昇しても栄養状態の向上により子どもの死亡率が低下するためより子孫が増えること。そして限定された生活空間で人口増加が起きると生活環境が悪化すること。新石器革命の影響下にあった地域はそうでない地域と比較すると人口密度が増加している。黒死病が人口を減らしたときは賃金が増加したが結局は人口が伸び生活の質は落ちた。とうもろこしを導入した中国の地域とそうでない地域とを差の差の分析で比べると前者では人口が伸びている。人類はずっと生存にぎりぎりの水準で暮らしていた。

人類の経済成長を説明したいなら停滞期と発展期を区別するのではなく包括するような説明枠組みを提供すべきで、統一成長理論がそれだ。考慮すべきなのは2点。まずは人口の大きさで、大きいほど技術革新が起きる。たとえば土壌が良く人口が伸びやすい地域は新石器時代に実際に革新が多い。この効果は活版印刷を受けて拡大した。人口が多いと死亡による主要技術の喪失を防げる。2点目は人口構成だ。乳糖耐性や肌の色など地域による適応がある。また成長を促進するような文化も重要。人的投資をするような部族は長期的に多くの子孫を残すが、ケベックはその例。人類の停滞期でも量より質という繁殖戦略を取る人たちが増えていったかもしれない。

産業革命期に人類の生活は一変し、特に教育の役割が変化した。それまでは文化宗教または軍事目的で少数に対してのみ行われていた。産業期になると労働には技能が必要となり、生産性を上げるために教育が必要となった。蒸気機関が初めて導入された地域からの距離を技術進歩の操作変数にして調べると、技術進歩は教育を高めるとわかる。資本家と労働者の階級闘争の可能性が叫ばれたが、実際には人的資本は資本家階級にとって重要であり、公教育を行うよう政府に求めるようになった。一方地主は教育を嫌った。土地が不平等に分配されているところでは教育水準が低い。機械化と教育への需要の高まりにより児童労働は消滅した。

工業革命は人的資本の利益を増やし、賃金の男女差を縮小させ、児童労働を減らし、地方から都市への移住を増やした。そしてこれらの影響で人口転換が生じた。

20世紀には全ての大陸で経済成長が起きるようになった。先進国では工業都市が衰退しており、人的資本の重要性がますます増した。どの地域でも教育水準が上がり人口成長率が落ちている。気候変動のリスクはあるが、人口転換と技術革新が滅亡を回避するための鍵だ。

国を比較すると貧富の差が大きい。貧しい国が先進国へと収斂して成長するわけではない。国際貿易で宗主国の工業化と教育水準は上昇したが、植民地ではその逆が起きた。人口動態への影響も逆だった。しかし比較優位の違いは植民地時代以前からあった。どこから生じたか理解するためには、技術や教育といった近似要因と制度や文化や地理や人口の多様性といった究極要因を分ける必要がある。

国の制度の違いは経済成長の違いを生む。地理的特性や疾病環境や人口密度によって、ある場所では収奪的な制度となり違う場所では包括的な制度が形成された。疾病環境は現在でも変わっておらずまた初期の植民者も人的資本を持っていたため、制度の影響を定量的に把握するのは困難。植民地とならなかった場所の制度の期限を探るには文化や社会的要因を見る必要があるし、国内での差を考察する必要もある。

人類のほとんどの社会では自分の文化に盲目的に従ってきた。これは文化が環境に適して人の生存を助けるように進化した結果だった。しかし啓蒙時代に西洋は変化し、科学技術や制度の発展がより良い世界を作ると確信する「成長の文化」となったのだ。そして個人主義や世俗主義といった価値観も取り入れた。

地理は様々な方向から発展に影響する。ツェツェ蠅の発生地では家畜が生存できず発展が遅れた。化石燃料や鉱物資源の有無にも関わる。天気ではなく河川に水を頼る地域では権力の集中が起きる。あるいは、小さい河川しかないところでは大帝国の形成が阻まれ、競争しあう小国が乱立する。集約的農業に向いた地域では収奪的な制度が生じる。穀物の実りが豊かな地域では未来志向の心構えが生じる。鋤を牛馬に引かせるような農業が発達した場所では男女の役割分担が厳格化された。気候変動の大きなところでは損失中立的、小さなところでは損失回避的な考え方になる。男女の分業が厳格なところでは言語にジェンダー要素を含むようになり、共同体間の取引が盛んなところでは敬語が発展し関係を円滑化させ、豊穣な地域では未来形が生まれた。

新石器革命がユーラシアで起きたのは家畜がいたのと東西に長いため植物や動物を広めることができたので人口が増えやすく、技術革新が進んだからだ。疫病に早くから晒されたため免疫もついた。穀物は収税しやすく、より階層的な社会を構築することに結びついた。しかし都市と人的資本が重要になるにつれ、農業に比較優位を持つそれらの地域は次第に遅れをとるようになった。数千年という規模でみると、文化や制度よりも地理が究極的な要因である。

社会の多様性が高すぎるとお互いへの信頼が低くなり、低すぎると革新が生まれにくくなる。ほどほどが丁度良い。起源から離れた集団の多様性は次第に低くなるという創始者効果を利用して人類の集団の多様性を測ることにする。すなわち、東アフリカから祖先がどれだけ離れているかという指標だ。一人当たりGDPや人口密度や都市化率など繁栄を表す指標は全てこの多様性指標がほどほどだと最高になっている。革新が重要となってきた現代では昔よりも多様な方がいいだろう。高すぎる社会は信頼や寛容を生むような政策を、低すぎる社会は文化的多様性を増やすようにするといい。

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・経済発展がどう起きるかについての文献群のとてもいいまとめ!因果推論のいろんな手法を駆使して歴史を説明する最近の流れが特によく載っている。
サックス「地理が重要。マラリアとかやばい。だから貧困国にお金を送ってビッグプッシュしよう!」
AJR「いや制度っすよ。制度がダメなところに送っても意味ないっす」
ガロー「制度の生まれる要因として地理と人間の多様性があるのでは」
という流れのように記憶している。
・多様性は現在だとアメリカぐらいの水準が良さそうとか載ってるけど、外れ値のような気がしてならない。。。
・多様性の欠点をどう抑えるかについてもっと紙面割いて欲しかったな〜。
posted by Char-Freadman at 22:00| 北京 ☁| Comment(0) | ぶっくれびゅー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年03月18日

起業家研究のまとめ:神話を砕く!

「倉庫で若いプログラマーが仕事をして、陽気な共同創業者が投資家に対して営業トークをする」という起業にまつわる単一神話がある。でもこういうイメージはFacebookやTeslaやMicrosoftといった一部のスターに引きずられているにすぎない。起業研究のデータをよく見ていこうというのがこの本。

The Unicorn's Shadow, Ethan Mollick
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若い方が賢いなどと言われることがある。確かに野心的な決断は下せるから特殊な分野に関してはそうかもしれない。でもちゃんと寝てオンオフを切り替えているような人はよりクリエイティブで前向きであり、仕事中毒である必要はない。歳をとっていればそれだけ社会的金銭的資本がありうまくいく可能性がある。米国の全ての起業家の平均は42歳であり、急成長している企業のそれは45~59歳。起業家に向いている性格というものはない。(過剰な自信家は起業しがちではある。)共同創業者が必要というわけではない。これは、仲間がいると助けにはなるが摩擦も生じるから。一緒に働いたことのない友人と起業してはダメ。家族はアリ。報酬は摩擦にならないよう対処すべきものの、株式の割り当てについては先行きの不透明さを盛り込んだ契約を結ぶべきで、等分すればいいわけではない。

アイデアを生むのに決まった方法はない。よく寝てコーヒーを飲もう。酒も有効だが倫理的でない行動に繋がる恐れがある。多様な背景のある人を集めよう。でも考えるときは自分だけでやること。アイデアを書き出し、次の人に渡してさらにアイデアを書き足させるという方法がある。拡大している市場を探すより、自分が持っている強みを活かそう。自分が何者で、何を知っていて、誰を知っているかを問う「遂行的質問」をしよう。問題のフレーミングを変えるために、全ての制約を取り払ったり、あるいは制約を加えたりして考察してみるのも手。Twitterでフォローする既知の分野と未知の分野の割合を7:3にするのもあり。どの案がうまくいくのか科学的な手法で実験しよう。すぐに動けというリーンスタートアップは優れた方法だけど改善の視野が狭すぎたりインタビューを重視しすぎるという悪癖がある。顧客にどんな価値を生みどのように管理しどのように売りどのように儲けているかという点を掘り下げていくべし。検証可能で可謬性のある仮説を立てよう。

現状に即した投資家を選ぶべき。初期は友人や家族やクラウドファンドでいい。目標額を低くしすぎると少額の金なのに客に対する義務だらけとなってしまう。最低限いくら必要なのか現実的に見積もろう。需要がありコミュニティを形成するためにクラウドファンドを使おう。クラウド投資家は専門家と同じくらいいいものを見抜く。エンジェル投資家が見極めているのは信頼できるかどうか。加速器投資集団は格が高いものから低いものまであり、可能なら高いものにすべき。ベンチャー投資家は事業を見抜くのが上手いわけではなく、上手くいった起業をたまたま支えることができたものが割安で投資できているにすぎない。紹介されないとVCには会えない。どうにかしてコンタクトをとったら、完全に社交的なわけではないようなやり取りをし続けて順々に信頼を築いていくといい。女性や黒人などは投資を受けにくい。

聴衆によって売り込みの仕方を変えよう。プロの投資家は情熱より中身を重視し、現実的か準備万端かどうかを見ている。アマチュア投資家は情熱を重視する。創業者は合理的に見えなくてはならない(「正統性」)一方で特徴的である必要もある。エレベーターの中にいるような短時間で売り込むなら、アナロジーが役に立つ。エイリアンなら宇宙のジョーズといった具合。売り込みは非常に形式的。会社の目的を述べ、お話で聴衆を惹きつける。そして問題を提起し、いかに解決するかを語る。そして自分だけがなぜそれにふさわしいかを説明し、市場規模と競争について話し、財政面での見通しにふれる。聴衆に何をしてほしいか最後に語ろう。名前や何を着るかも象徴操作として重要。

成長は必須ではない。組織を整える必要がある。多様な人材を抱える方が革新的になれる。必要とする技能と特徴を書き出し、構造化面接で応募者全員に同じ検査記録を用いて比較可能な環境にしよう。過去の実績を聞くといい。そして組織図を描こう。戦略に合う顧客を選び、候補を絞ってテストをしてどれが適切かを決めよう。長期的な競争優位があるかを確かめよう文化はトップが去っても残る。人間関係によって適切なものを作ろう。勝利が全てというものでも生き残れるが、家族のような関係の文化でも効果的。

起業は一部の人だけが行えるというものではない。神話と戦おう。

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・起業の研究ここまで進んでるんだ〜って素直に思った。神話を砕くみたいな路線で書かれると興味湧いちゃう。これ系の話で常ではあるけど「統計データとして出てくるような企業自体が特殊なのでは」とはついつい思うけど、まあおもろかったからヨシ!
・投資家にもいろんな種類があるって知らなかった〜。一見さんお断りな中どうやってコネを辿っていくかみたいな話が具体的で面白かった。
・セラノス、事業だけ聞くと金出す気になれないから不思議に思ってたのだけど謎が解明された。名門中退、ジョブズみたいな黒タートル、キッシンジャーほかの有力なコネってあったら騙されても仕方ないかも。
posted by Char-Freadman at 19:39| 北京 ☀| Comment(0) | ぶっくれびゅー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年03月17日

アメリカは内乱の危機に瀕している?!

実を言うとアメリカはもうだめです。突然こんなこと言ってごめんね。 でも本当です。2、3日後にものすごく赤い爆発があります。 それが終わりの合図です。程なく大きめの内乱が来るので気をつけて。 それがやんだら、少しだけ間をおいて専制国家がきます。

How Civil Wars Start, Barbara F. Walter著
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民主化の波は常に内乱を伴って起きた。政治体制について-10から+10までの民主化指標を見てみると、専制国家でも民主史主義でもない中間の国がある。これをアノクラシーと呼ぶことにすると、不平等や貧困や民族の多様性や汚職といった点よりもずっと内乱に関係している。専制国家ほどは不満分子を抑圧せず、治安など基本的なサービスを提供できないほど分裂している。民主化への移行では勝者と敗者が生まれるが、新政府は弱く法の支配が行き届いていないため、敗者はリーダーが民主主義にコミットすると誓ってもそれを信じることができない。そしてまだ力があるうちに抵抗しようとする。これがインドネシアやイラクで起きたこと。改革が早いほど紛争のリスクは高まる。新しい現象として、ポーランドやハンガリーのように民主主義からアノクラシーへと移行する国もある。これは選挙で選ばれたリーダーが民主主義を守るためのものを無視し始める。そして市民に対し民主主義は汚職だらけで嘘に満ちており社会経済的政策を取るのに失敗すると説得している。内乱にならないアノクラシーもあるし、チェコやリトアニアのように民主化で流血が起きないこともある。

20世紀初頭は思想と階級によって内乱が起きたが、半ばからは民族や宗教の違いをめぐって争いが起きるようになった。でも多様な民族がいても平和な国はある。問題なのは、民族の違いに沿って政党が生まれてしまうことだ。政治的な分極化を派閥主義と呼ぶことにしよう。これは人を硬直的で変更不能な属性に割り振る。この程度がひどいほど内乱が生じる。体制に弱点が生じる機会に乗じてこの派閥主義は起きる。宗教的または歴史的な象徴への言及を通じて人々を煽り、その結果その集団は隔絶するようになり、社会での緊張が高まる。そして敵の派閥を抑圧しようとし、恐怖と不信が蔓延し問題解決のために武力が用いられるようになる。民族が同じなだけでなく宗教や階級や地理までも共有しているような超派閥があるとより内乱は起きやすい。これはチトー死後のユーゴスラビアで起きたことだ。恐怖を煽ることで「民族起業家」は頭角を表すが、市民は騙されているわけではない。しかし実際に脅威が起きると支持するようになる。ビジネスエリートも宗教的指導者もこの「民族起業家」である。インドやブラジルでは派閥主義が生じている。人々が気づかないうちに根付くことがあるのだ。

紛争を起こすのは、かつては権力があったがそこから滑り落ちた人たちである。ミンダナオ島のモロ、クロアチアやボスニアのセルビア人はこれにあたる。人は損失を本当に嫌がるものだ。代々その土地に住み歴史的に中心的な役割を果たした「土地っ子」が戦争を起こす。生まれた土地の正統なる後継であり特別な扱いを受けるべきと考えている人たちである。根強い抵抗運動を起こし不満が高くなりがちで危険な存在だ。ジョージアのアブハジア人やアッサム人がこの例。移民は摩擦を起こす。気候変動は貧困層や農村部に特に被害をもたらす。民族的に分断された国では自然災害の後に紛争が起きやすく、また悪化しやすい。気候変動で移民が起きると紛争が起きやすくなるだろう。

内乱の引き金となるのは希望の喪失である。まだ政府が聞く耳を持っていると期待するなら抗議をする。北アイルランドのカトリックやシリアのスンニー派などこれが失敗すると紛争になる。またコートジボワールやブルンジやウクライナやリンカーンのように選挙に敗北した少数派も紛争を起こす。選挙への関心は高いが、全く権力が無いという実感が引き金となる。比例代表でなく多数決だと声を反映できなくなるため危険。民族的派閥化が生じているとさらに危険。軍事的に鎮圧することで政府は反乱軍を自ら募集してしまうことになる。過激派は平和的な運動を乗っ取り、普通の人にも武装の必要を感じさせようとする。地位が脅かされていると考える政府は抗議に適切な対応ができない。政府の無知は過剰な対応に繋がる。

2010年以降西洋は民主的でなくなりつつあり、アフリカは民主化こそ進んでいるものの暴動が起きつつある。これはおそらくソーシャルメディアのせい。人は多くの時間をこれに費やす。いいねがつきやすい記事は恐怖や間違いや怒りに満ちたものである。お勧め機能を通じてより極端な集団に繋いでしまう。ミャンマーのロヒンギャ虐殺はFacebookが悪化させた。ドゥテルテやエルドアンはSNSが既存政党やメディアを攻撃しアウトサイダーが躍り出る手助けをする例だ。情報の捏造で民主主義の制度自体に疑いを持たせ、投票者自体が専制者を招いているという点でこれは新しい仕組みである。また民族的社会的宗教的分断を強化する。恐怖を煽り極右の台頭を許す土壌となる。イエローベストのように平和的運動を乗っ取る企みがなされる。

アメリカ建国の父たちは階級による対立を懸念したが、現代では人種や宗教といったアイデンティティをめぐり対立が生じている。民主化指標はアノクラシーとなり派閥主義指標も高まってしまった。白人は数の上でも少なくなり、白人労働者層は経済的にも社会的にも弱体化しまさに内乱を起こしがちな権力の座から滑り落ちた存在である。力を失ったという思いが共和党を支持している。SNSは白人保守層の怒りを煽っている。保守は誤ったニュースに飛びつき、また広めがちである。米国人は暴力をより受け入れるようになり、極左ではなく極右が民兵組織を運営するようになってきた。議会襲撃事件は内乱が起きる兆候かもしれない。

今後米国で起きるとしたらテロだ。既存の党から譲歩を強いるか有権者にもっと過激な指導者を選ばせるようにするだろう。「虐殺への10段階」のうち米国はすでに1.分類2.象徴化3.差別4.脱人間化を経ている。現段階では5.組織化である。過激派には現状の制度を破壊し新しい秩序を導入すべしとする加速主義が蔓延っている。SNSでは中心のない活動が行われている。過激派の戦術はいくつかある。まずは消耗戦であり、市民と公共インフラをターゲットにするというもの。次は脅迫で、警官や公僕を誘拐し説得するというもの。そして激化であり、他の過激派との差別化のために行う。最後が台無しにすること。これは穏健派と政府が結ぶ妥協を破壊し、市民が暴力を支援するのをやめるのを防ぐ行動だ。7段階目は準備であり、犠牲になる恐怖が煽られる。民族浄化には少人数の過激派がいれば十分。米国人は民主主義を疑うようになり、政治家が正しいことをしていると答える人は減り、互いへの信頼も減り権威主義へと傾いている。

内乱は内乱を呼ぶ。この罠から抜け出せた国は統治の質を改善したところだ。法の支配、説明責任、質の高い公共サービス、これらが特に必要。独立した選挙管理委員会を作り、自動で投票登録をし、選挙人制度を改善しよう。権力がどのように振るわれるかの教育を行おう。左右のどちらの政治家も現状では国内発のテロに関しては口をつぐんでいる。テロ集団は退役軍人をよく採用する。民主党と共和党のどちらもが協力すれば民兵は減る。弱者を助け、暴力には屈せず、市民をしっかり保護する味方であり過激派は要らないと思わせよう。派閥主義を強化するSNSを断ち陰謀論と外国勢力の活動を止めよう。民主主義を育む草の根運動をしてもいいかもしれない。

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・アメリカの話が始まるまでは特に研究のまとめとして面白い。誰がいつ内乱を起こすかが色々な国を具体例に説明されている。
・アメリカの話も、極右集団の活動例がいくつか知れて面白い。でも言うほど内乱前夜か?連邦議会襲撃事件に引きずられすぎてね?という気はする。
・一般向け書籍を書いてくれないFearon先生がどんな研究してるのかわかってよかった。おもろ!
・共和党員の方がSNSで騙されやすいとか言われてるけどほんと?ハイト先生かなんかの本でどっちもどっちって聞いたように思う。
・フランスのイエローベストがSNSのせいで乗っ取られたの知らなかった〜〜〜。国歌といい昔から血生臭い国だなとか思ってゴメンネ!
・政治的に中立には書いているものの、共和党叩きが多いように感じた。まあギングリッチといい民主主義の手続きを踏み躙るような汚いやり方を始めたのは共和党だけど、高学歴向けな政策ばっかやってる民主党にもだいぶ責任があるのでは…。内乱研究の人なので特にやり口に興味が湧くのはわかるのだけども。
・最後の段落はアメリカ大好きで締めている。こういうのに弱い…
posted by Char-Freadman at 00:40| 北京 | Comment(0) | ぶっくれびゅー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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