2013年01月15日

女性の開発

オバマ政権で国際開発審議会の委員として指名を受けたDuflo先生( http://web.mit.edu/newsoffice/2013/obama-duflo-global-development-council.html )、JELの今季号で女性の地位向上と経済発展の関連についてサーベイを出している。どうもそれらは補完的な関係にあるようだ。

センの指摘した"Missing Women"という論題はとても有名;女性の比率は不自然に低いーー女性を産んでも得をしないと考えられたり、女児が十分にケアを受けなかったりするために。経済発展すれば女性の権利は向上するだろうし、またその逆も然り。

*経済発展→女性の地位向上
・旱魃、飢饉、疾病の際女性の扱いは悪くなる。そもそもそれらが生じなくなれば不平等度は低くなる。
・妊娠及び出産は危険な行為で、死ぬとわかっている相手には教育投資をしない。
・女性にはロクな職が無いから投資していないのかも。経済発展すれば就きうる職の選択肢が広がる。たとえば商品作物の栽培が盛んな地域でのmissing womenの数は減っている。
・家事に時間を取られて労働市場に出る暇がない。経済発展すれば、たとえば電化により時間に余裕ができる。
・女性のほうが子どもに投資するとわかっているなら、経済発展により人的資本の価値が高まるほど女性に権利を与えるほうが得になる。というのも自分の子どもがよりよい生活を送れるようになるから。
・男は、夫としては妻に権利は認めたくないけど、自分の娘が義理の息子に虐待される世界は望まない。出生率が下がるほど後者の効果が大きくなる。
・とはいえ先進国でもまだ性差は残り、たとえば女性はリーダーとしてうまくいかないとか理系科目はダメだろうとかいった偏見がある。発展だけではどうも性差の平等は達成されなさそうだ。

*女性の地位向上→経済発展
・これまで、実証では「女性への教育投資のほうが男性へのそれより重要」という論題は支持されていない。乳幼児の健康状態にとってはどちらも大事。
・家計内は一枚岩ではなく、夫と妻とで求めるものが異なる。たとえばインドでは、女性は飲料水の質の向上を求めるが、男性は教育投資を求めるという具合に。法的または労働市場の改善などにより女性の権利が向上すると家計内での交渉力が上昇するため、より女性が望むものを消費するようになる。
・とはいえ女性の権利向上は「銀の弾丸」ではない。たとえば、女性の経営する企業にお金を貸し付けても大きな影響は無い。途上国における女性はいくつもの制約を抱えているため、どれか一つの制約だけを取り除いても効果は薄いのだ。職務経験の無い人にトレーニングをしてもあまり意味は無い。

(参考)
"Women Empowerment and Economic Development", by Esther Duflo, Journal of Economic Literature 2012, 50(4), 1051–1079
http://dx.doi.org/10.1257/jel.50.4.1051

--------------------------------------------------
(感想)
・地位向上→発展のほうはページ数少ないけどより面白い。各種ランダム対照実験の簡潔なまとめにもなっている。実験で調べやすいネタだからか。
・不平等、すわアファーマティブアクションの出番!と論理を飛躍させないのが素晴らしいところです。
・逆の因果や補完性を考えるのはリサーチクエスチョンをひねり出す上で有益なテクニックかも・・・?
・より一般的に性差ネタ全部を扱ってる人はこちら;
http://scholar.harvard.edu/goldin
なぜか邦訳は無いけど偉大な経済史家・労働経済学者ですね。
posted by Char-Freadman at 08:05| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月30日

経済発展とか

今年イチバン学会プロレスの面白かった本を選んでみたよ!



著名な学者によるレビューにいちいち著者たちが好戦的な反応を示すのが楽しい。

Francis Fukuyamaによるレビュー
http://blogs.the-american-interest.com/fukuyama/2012/03/26/acemoglu-and-robinson-on-why-nations-fail/
著者たちの応答
http://whynationsfail.com/blog/2012/4/30/response-to-fukuyamas-review.html

Jared Diamondによるレビュー
http://www.nybooks.com/articles/archives/2012/jun/07/what-makes-countries-rich-or-poor/
著者たちの応答
http://www.nybooks.com/articles/archives/2012/aug/16/why-nations-fail/

Arvind Subramanianによるレビュー
http://www.the-american-interest.com/article.cfm?piece=1334
著者たちの応答
http://whynationsfail.com/blog/2012/11/2/china-india-and-all-that.html

Jeffrey Sachsによるレビュー
http://www.foreignaffairs.com/articles/138016/jeffrey-d-sachs/government-geography-and-growth
著者たちの応答
http://whynationsfail.com/blog/2012/11/21/response-to-jeffrey-sachs.html

Sachsのレビューにいたっては相手にする必要なしとハッキリ言い切ってる。ヒエエ・・・。

(本の概要)
・経済発展の必要条件となるのは、中央集権がなされていること。ソマリアをみてみよう。
・政治制度には二種類あって、inclusiveなそれとextractiveなそれとがある。inclusiveとは参政権(de jure power)を認められる人が多いことを指し、extractiveはその反対。
ところで前読んだとき(http://charkid.seesaa.net/article/260054188.html)はそれぞれ包括的/収奪的とテキトーに訳を付けたんだけど、他にいい語彙無いかなぁ。extractは抽出の意があるので、少数のエリートが国富を食い物にする感じにみえるから「収奪的」としたのだけど。
・長期的に経済発展が可能になるのはinclusiveな政治制度があるとき。ソビエトは途中でこけちゃった。
・沿岸部への近さや気候といった地理的要因は直接的には経済発展には結びつかない。分断国家を比べてみよう。

最後の点に批判が集中していますね。

この本は"The Colonial Origins of Comparative Development: An Empirical Investigation
Daron Acemoglu, Simon Johnson, and James A. Robinson
American Economic Review, 91, December 2001: pp. 1369-1401."からの研究の流れをまとめたもの。そこでの主張は『入植時に乳児死亡率の高かった地域では搾取するような制度ができて、それが低い地域では全員参加の政治制度ができ、その制度の差が経済発展の差になる』というもの。これを批判するなら
(1)著者たちの依るデータはおかしい;特定地域のデータが彼らの主張に有利になっており、それらを外すと彼らの結論は支持されない(http://ideas.repec.org/a/aea/aecrev/v102y2012i6p3059-76.html)
著者たちの反応;http://economics.mit.edu/files/8012
(タイトルからしてこれもとても好戦的)
(2)因果関係の方向が逆:500年前の乳児死亡率の差は今日の経済発展の差に直接関係は無いことが前提になっているけど、本当?
著者たちの反応;"The Rise of Europe: Atlantic Trade, Institutional Change and Economic Growth
Daron Acemoglu, Simon Johnson, and James A. Robinson
American Economic Review, 95(3), June 2005: pp. 546-579."→「かつて経済発展の著しかった地域とそうでなかった地域は「逆転」している。地理がもし発展に有益なのならそんな逆転は生じないよね」という内容
となるのかな。

なるほどinclusiveな制度が重要なのはわかった、それじゃどうすれば参政権の与えられる人口が増えるのか(franchise)というのが著者たちが次に行っている仕事のようです。
http://whynationsfail.com/blog/2012/11/29/disrupting-the-dysfunctional-equilibrium-in-naples.html
反例探したくなるのが人情ってもんですよね。何かいいネタないかなー。参政権増やすインセンティブが誰にも無かったはずな例。
posted by Char-Freadman at 08:08| 北京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月26日

コスト病

教育や医療の生産性の上昇は低い。生活に占めるそれらの出費のシェアは伸び続けるだろう。ではどんな未来が待っているだろう?正しく理解すれば恐るるに足らずと主張する本がこちらだ。

"The Cost Disease: Why Computers Get Cheaper and Health Care Doesn't", by William J. Baumol, Monte Malach, Ariel Pablos-Mendez, Lillian Gomory Wu, David de Ferranti, Hilary Tabish



議論をまとめるとこうなる;
・経済は生産性が伸びる"進展"部門と、そうでない"停滞"部門とに分かれる。
・"停滞"部門の製品は"進展"部門の製品に比して高額になっていく。
・とはいえ社会全体にとっては"停滞"部門の製品を消費することは常に可能;生産性の上昇は購買力を上げ続け、生活水準を改善するため
・購買力の上昇は武器や環境汚染なども買いやすくなることを意味する。
・停滞部門の製品が買いにくくなることは政治的な不安を生み出すかもしれないが、社会にとって脅威となるのはむしろ進展部門の製品があまりに買いやすくなることだろう。

ヘルスケアと教育産業の相対的コストの伸びはどの国でも観察されており、特定の国の制度が非効率というわけではない。医療事故は減り続けているし、医者間に競争はあるし、賃金の伸びはさほどでもない。

これまで多くの産業では労働の節約がなされるようになり、たとえば家事炊事は自分でやるようになったし、維持管理するのではなく大量生産品を捨てるようになった。でも教育や医療や芸術といった分野は、標準化できず、質を落とさずには労働を減らすことができない。それはこれら生産性の上昇の低い産業の製品の特性となっている。

便益は伸びているからコスト病には罹っていないという主張は誤り;一人が払っている負担はあくまで伸び続けている。経済成長を考えるならサービスや商品の質を考慮したデータを眺める必要があるけれど、ここで取り上げているのはコスト。適切な指標を使う必要がある。

ビジネスサービスにイノベーションが生じると、それを利用する他の産業も生産性が上昇する。実際医療の分野でもそれはみられる。コストを下げようと規制してもあまり効果はない。しっかり理解する必要があるのだ。

----------------------------------------------
(感想)
・一番面白かったのは測定に関する議論をしていた六章。いつも経済成長論でお目にかかるのは質を考慮したデータだけど、質を考慮してないデータも有益な指標になりえるって指摘は新鮮だった。

・ボーモル先生は90歳。経済学者は、不死身だ。
posted by Char-Freadman at 10:38| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月11日

王様は裸だ

アメリカの大学では一般に、入学審査の際に黒人が優遇されている。このアファーマティブアクション、一見すると黒人にとって恩恵になりそうだけど、むしろ悪影響をもたらしていると主張するのがこちらの本だ。

"Mismatch: How Affirmative Action Hurts Students It's Intended to Help, and Why Universities Won't Admit It", by Richard Sander, Stuart Taylor Jr.


まず以下のように、この問題に関する概ね合意事項が述べられる。
・高等教育でのアファーマティブアクションは人種選好にみられる
・人種には「学力が拮抗している候補者間でどちらを選ぶか決める最後の手段」と呼べるより多くの比重がかかっている。
・人種選好をもつほとんどの大学で、暗黙または明確な比重が人種に置かれている。
・人種選好は「ドミノ倒し」;良い大学がマシなマイノリティを得ると、悪い大学にはますます悪い候補しか残らなくなる
・追いつくのは難しく、落ちこぼれてしまう
・ドミノ倒しはかなり下のレベルの大学まで続くかもしれない
・アスリートや卒業生の子弟といった点でも同じようなミスマッチが生じているかも
・真に困窮しているマイノリティを救えているだろうか
・アジア系の学生が割を食っているのか
・人種選好を撤廃しても学力以外の点を入学審査で重視したら現状は改善されないかも

優遇されて入学してくる多くの黒人は、当該校で学ぶ準備をしっかりできていない。エリート校でなければ十分についていけたはずなのに、落ちこぼれてしまう。著者はこの「学力に不相応な学校に入ってしまい落ちこぼれる」仮説をミスマッチと呼び、本書の多くをその検証に当てていく。黒人は仮にエリート校を卒業できても、優遇を受けていたから大したことないのだろうと思われてしまったりするのだ。

Sanderは研究で様々な妨害に遭っている;アファーマティブアクションにまつわる不都合な真実を語らせないため、大学当局はデータの開示をしぶり、また見当違いの論難を浴びたり要職から遠のけたりする。人種主義者と思われたくないというタブーがあったり、各種団体から突き上げにあったり、この問題を語ること自体が困難になっているのだ。

では仮にアファーマティブアクションがなかったとしたらどうなるか?カリフォルニアでは大学入試における人種選好が禁止された;前後を比べると、黒人やヒスパニックの入学者は減ったものの、学位取得者の数は変わらなかった。これはおのおの身の丈にあった大学に進学するようになったからだ。
でも、この状況は悪化しつつある;司法の手に隠れたやり方で人種選好をするようになってしまった。ミスマッチは続きそうとのこと。最高裁判事は人種選好を黙認していると受け止められており、状況の改善には結びついていない。

学習環境に関する研究にふれた後、最後に提言もなされている;調査の透明性をあげてデータを使いやすくすること、人種ではなく所得階層によって下駄を履かせること、人種に基づく奨学金は廃止すること。

------------------------------------------------
(感想)
・ぶっちゃけ日本人にとっては「ふーん」というテーマではあるかも。女性枠を設けようなどとトチ狂った提言がなされることもあるけど・・・。
キング牧師の時代から数十年も過ぎてんのに「人種は学力に関係ない」とか当たり前すぎることを一応書かないといけないアメリカのリベラルの閉鎖性には唖然としますね。開かれた社会とはほど遠いなこりゃ。

・妨害に遭ってるとはいえ、本書の主張を支えるのが唯一カリフォルニアでの事例というのはちょっと弱いかも。

・「アファーマティブアクションは悪影響」という空気を読まない発言をしているのが経済学者ばかりでほっこり^q^
(統計学者のイアン・エアーズは名指しで批判されてたけど・・・w)
経済学部以外の人はテニュア取るまでこのテーマに触れないほうが良さそうですね!

・「アファーマティブアクションが逆効果というのに気付いていない」というより、気付いているからこそデータの開示を拒むのでしょうね。医者やら弁護士やらに頼むとき、黒人は避けたほうが良さげか(統計的差別)。

・そもそも「大学」が「多様性の維持」すべきとも思わねーけどなー。研究すんのがエリート校の本質じゃないの?黒人やヒスパニックならではの知的多様性がこの方法で保護されるとも考えにくいし。他の組織にやらせりゃいいよ。
posted by Char-Freadman at 09:35| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月27日

運転サービス

今週号のThe Economistに、運転サービスの売り手と買い手を繋ぐアプリが紹介されている。

http://www.economist.com/news/special-report/21565007-geography-matters-much-ever-despite-digital-revolution-says-patrick-lane

運転手もユーザもこのサイト(http://lyft.me/)を通じて登録し、お互い点数が付けられるそう。評判が生じるので悪い人は駆逐されるとのこと。寄付を募るという形にしてるため従来のタクシー規制からは逃れているそうな。

これを応用し、例えば以下のようなのはどうだろう。

1.都市内向け
・自家用車があり、シェアしてもいいという人は出発地・目的地・時間帯・空きシートの量を登録する
・買い手側が選ぶ

出社時間はたいてい決まってるから朝は出来そうだけど、退社時間はアレだから夜はマッチしないかなー。

2.都市間向け
・運送用トラックも出発地・目的地・時間帯・空きシートの量を登録する
・買い手側が選ぶ

サンフランシスコで可能なんだから東京ならもっと需給があるはずだ!
posted by Char-Freadman at 13:23| 北京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

金融危機

大恐慌の後、世界は70年以上にわたり平穏な時期を経験した。金融危機が過去のものと考えられるようになったそのとき、リーマン危機が生じた。ではなぜ多くの経済学者がそう考えてしまったのだろう?本書は金融危機の歴史を辿りながらその謎に回答を試みる。

"Misunderstandi Financial Crises", by Gary B. Gorton



銀行は短期の債務を抱えるが、その担保は無リスクとはいかない。もともとアメリカの銀行は自由に紙幣を発行していた。担保として州債が裏付けられていたが、州政府はしばしばデフォルトしたため無リスクなものではなかった。割引されたり取引に使用できなかったりと不便であったが、南北戦争時の国立銀行法の施行により国債が担保として使われるようになりこの状況は改善した。預金保険の出現は、預金者保護というより取り付け騒ぎが生じるリスクを減らすことを目的としていたのだ。取り付けは景気循環のピークに生じ、損失は小さいというのがその時期の特徴。これらの金融技術により安定した時代がもたらされた。

どの危機にも共通するような要因が調べられる;急激な資金需要や、それ以前の期間における信用拡大など。また多くの場合不動産価格が伸びている。短期債券の所有者が引き上げたり再契約に不同意になる、または政府の介入がないと(予測)された場合にそうなったであろう状態をもって金融危機と定義する。

$10の小切手があったとする。もし無リスクの資産により裏付けられていれば、額面どおりの取引がなされる。でも本当はリスキーで$7の価値が無いと片方が知っていれば取引は疑心暗鬼からされなくなるし、両方が知っていれば$7の取引しかなされなくなる;秘密は無いほうがいいし、情報があるとかえって取引量が減ることもあるのだ。経済にショックが生じると、リスクに関する秘密も生まれる。取引を円滑にするために発達した手形交換所は、メンバーたる銀行間に債券を発行することで秘密を生まないようにした。情報を得ようと考える人が居なくなるようにするのが危機を防ぐのに効果的なのだ。

資本準備に焦点が当てられることも多いけど、金融技術の進展により銀行経営に必要な資本の量はずっと減り続けてきた。危機を防ぐカギは資本ではない。

後半では政策提言もなされている。銀行家を救うことになるため政治的には達成しにくいから、独立した中央銀行主導でもって危機の回避に当たることが望ましい。また、Asset Backed Securitiesの売買のみを行う機関を作ったり、レポに関する新しい規制をなすとよい。

金融危機に興味のある人はどうぞ。

--------------------------------------
(感想)
・門外漢なので、「経済学者は金融危機を理解していない」とか言われてもいまいち何を指してるのかピンと来ない。。。警鐘ならしてた人たくさんいたしバブルのメカニズムやらグローバルゲームやらでモデル組んでるペーパー多いと思うんだけどうーん。もっと勉強しよ。
・本文の多くで当事者の発言の引用やら既存の経済学の批判があって、読んでて非常にダルかった。理論モデルとその示唆だけ載せてくれれば十分なのだが・・・。
posted by Char-Freadman at 06:08| 北京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月16日

ユダヤ人の比較優位

学術に従事するようになってまず驚くのは、ユダヤ人の多さだろう。アインシュタインもノイマンも、経済学ならサミュエルソンもフリードマンも、みんなユダヤ系だ。

でも、どうして多くのユダヤ人が高い技能を必要とする職に従事するようになったのだろう?迫害でそのような職しか就けなくなったという説も、知識や技能などの支配者が搾取できないものに特化するようになったという説も、史実には合致しない。本書はその謎に迫っていく。

"The Chosen Few: How Education Shaped Jewish History, 70-1492.", by M. Botticini and Z. Eckstein.



1章はユダヤ人の歴史を概観する。
紀元後からムハンマドの時代まで、400万人ほどいたその人口は100万人ほどへ激減した。また、中心となったのはイスラエルの地からメソポタミアへと移動した。そして、非ユダヤ人と同じく大半の人は農業に従事していたことが示される。
800年から1200年まではユダヤ文化が花開いた。750年から900年までの間に、メソポタミアとペルシャのユダヤ人は唯一農業を離れた民族となった。そして、ムスリム国家内で移住をすることとなった。また、人口も上昇することになった。
モンゴルの侵略以降人口は減った。13世紀末から15世紀にかけ、大半のユダヤ人はヨーロッパに住んだ。イタリアやバルカン半島にすんだ人は貿易や商業に従事し、英独仏に住んだ人は金融に特化した。中世にあっては多くの国で追放の憂き目に遭ってしまった。
2章は通説に批判を加えていく。就業規制は、ユダヤ人が農業を離れた「後に」できた。差別やら課税やらがは他の民族にもあったが技能に投資したのはユダヤ人のみだった。アイデンティティを保つために少数派になったわけでもない、なぜなら宗教的に少数派になったときのユダヤ人は他の民族と同じように農業を営んでいたからだ。規制やら差別やらという外生的な要因による説明も、教義やアイデンティティといった内生的な要因による説明も、なぜユダヤ人が農業を離れて離散して住む人々になったかの理由には不十分。
3章はユダヤ教の成り立ちについて。揺籃期は複数の宗派があり、それぞれ競争していたとみなせる。なかでもサドカイ派とファリサイ派が有力であった。前者は神殿での儀式を重視し、一握りのエリート僧が力を握っていた。いっぽう後者はトーラを重視し、子どもに立法を読み聞かせることができるのは信者の最たる義務だと考えた。子どもが教育を受けることを課すのは、サマリア人やキリスト教徒など他の宗派にはみられない特徴となった。ローマとの抗争で第二神殿が73年に崩壊するとサドカイ派は力を失い、かわってファリサイ派がユダヤ教の中心となった。たとえばユダ・ハナシは識字能力のない人をユダヤの共同体から追放することにした。
4章は著者の基本理論。宗教心が強く、子どもを教育する余裕があるほどユダヤ教になりやすい。
5章は200-650年について。農業社会では教育の恩恵はないため、次第に改宗する人が増えてユダヤ人は減っていった。
6章は750-1150年について。識字能力に関して比較優位を持ったユダヤ人は、イスラム帝国のもと都市化が進むなか商業で頭角を現した。定住するものが増え、強力なネットワークを利用できることからユダヤ教に生まれついた人は改宗する動機を持たなくなっていった。
7章は800-1250年のユダヤ人の移住について。エジプトとマグレブから、イベリア半島やフランス・ドイツなど広範な移動をみた。生物学者によると、現代のユダヤ人は遠く離れていても近しい遺伝情報を持つとのこと。これはヨーロッパのユダヤ人が同じ起源を持つことからくる。各都市で営業できる商工業は限られていたため、次第に移住していったのだ。
8章は1000-1500年について。中世の金融業は、遠隔地間の取引ができ情報の獲得も可能とするようなネットワークを必要とした。また信用取引きには帳簿をつける必要があり、識字能力も重要だった。ユダヤ人の資産は天候や外敵や支配者から比較的影響を受けず、流動的だった。また強力なネットワークを持っていた。ユダヤ人の主な職は金貸であり、金融取引を介してユダヤ人が土地を獲得しないようにするための規制があった。独占ではなく、貧者のみならず政府とも取引していた。ユダヤ人が金融に特化したのはギルドが力を握ったりキリスト教やイスラム教が高利貸しを禁じる以前であり、通説とは異なる。また「迫害されても構わないように持ち運び可能で収奪されない人的資本に投資した」という仮説も、ユダヤの教義で子どもの教育が重視されるようになったのはユダヤ人の大移動や迫害の前であるという事実と反する。資本・ネットワーク・識字と計算能力・契約を履行させる制度といった点が比較優位となり、金融業に特化したとしている。
9章はモンゴルの影響について。イル・ハン国は遊牧国でユダヤ人にとっては住みにくいものとなり、教育が負担以外の何者でもなくなったため、多くの信者はイスラムに改宗して課税を回避するようになった。
10章はそれまでのまとめと、1492年から現代について。職業構造が長続きしたことや、移住パターンにはまだまだ謎が多い。これから調べるとのこと。

----------------------------------------------------
・教義が影響力をもつこともある;それを信奉することが政治的に有利な場合だ、という理解でいいのかな。
・経済学もたくさんユダヤ人いてびびる。たとえば白人のクラスメイトはほとんどユダヤ。数学使わなくていいような科目だったらユダヤ比率下がりそうな気がする。(あくまで推測です!)
・中国の客家も似たような感じかなー。
・このプリンストンの経済史シリーズ(http://press.princeton.edu/catalogs/series/pehww.html)、どれも読んでて面白い。邦訳出ないかな〜
posted by Char-Freadman at 15:29| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月13日

情報の本質は共有にあり

ネットユーザなら誰でも「情報はタダである(べき)」という標語を目にしたことがあろう。確かに情報をばらまくのにかかるコストは落ちた。けれど、たくさんの人が知っている情報を知りたくもなる。世界は情報を「共有する」方向にあるーーそう主張するのがこちらの本だ。

"Information wants to be shared", by Joshua Gans

http://www.amazon.com/Information-Wants-Be-Shared-ebook/dp/B009G1WCGO/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1350085119&sr=8-1&keywords=information+wants+to+be+shared

向けることの出来る注意の量は限られる。情報は無料であるだけではダメで、整理されることでその情報を一番評価する人に届けられるのだ。情報源が信頼できる友人であったり、定評のある企業であったりするほど希少な注意が向けられるというもの。技術は情報を共有しやすくしている。
本が高価だった時代、図書館で共有するのが伝統だった。でも本棚の肥やしになってしまうものは多く、重要なのは実際に読ませること;そのためには多くの人が本の内容を語ってくれるといい。共有を許したり、"図書館"への会員費を払わせるようにするとよいのかもしれない。旧来の出版界はこれからも評判として使えるだろう。
ニュースもまた共有されるほど価値が高まるようなビジネスモデルになるとよい。購読ではなく宣伝から利益を得るという形は崩れ去りつつある。従来、オンラインの広告は適切な顧客に届かなかった。しかし顧客のことをより知ることができれば効果的な広告が打てる。

------------------------------------
(感想)
・なんか気取った言い方で文意が掴み辛かった。うーん。

・この本は版元のHBRのホームページ(http://hbr.org/)でとあるコードを打ち込めば、$0.99で買えます。友人と共有して欲しいとのこと。いい工夫!

・「情報は共有する人が多ければ多いほど価値が上がる」ことをさして「競合性」と呼んでるんだけど、それ「ネットワーク外部性」じゃないのかしら。本の結論は変わらないけど、、、

・もちろん当ブログ記事は全部共有フリーです〜
posted by Char-Freadman at 08:42| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月10日

真似と革新との共存

知財権を巡る議論はかまびすしい。9月にはAppleとサムスンの訴訟合戦があったし、10月1日から違法ダウンロードは刑事罰が課されることとなった。その基本的ロジックは、以下のとおり;

知識は生み出すのは大変だけど、生み出されたものを手に入れるのはタダでできる。そこでアイデアに権利を与えて他人が勝手に使えないようにして守らねば、

けれど、本当にそうだろうか?ひょっとしたら真似するのが簡単「だからこそ」、業界が活性化するんじゃないかーーそう語る本がこちらだ。

"The Knockoff Economy: How Imitation Sparks Innovation", by Kal Raustiala & Christopher Sprigman



1章はファッションについて。
まずその歴史が概観される。もとは上流階級がオーダーメイドしており、パリが中心だった。そのうち衣服も大量生産の時代に移り、最先端はオーダーメイドの服ではあるものの、利益の中心はアメリカになった。
かつてないほど服飾産業は繁栄しているが、これは知的財産権が守られているからではない。確かに商標権(trademark)は適用され、紛らわしいブランドロゴは規制の対象となる。しかし著作権(copyright)はまず適用されない、なぜなら「実用的なものは複製してかまわない」ことになっているためだ。特許(patent)は真に新しいものにしか認められず、また手間もかかる。このためデザインの真似が蔓延ることとなっている。
ファッションの本質は「他人と区別するシグナルを送ること」にある。このため、デザインは広まりすぎると陳腐化する。コピーがしやすければその盛衰のサイクルが早まることになるのだ。またそれほど流行を追わない消費者にとっても安価に手に入れられ、得となる。複製行為によって何が流行となっているのかがわかるようになり、その商品を買うようになっていく。アイデアが生まれてから広がるまで時間差があるのがキーなのだ。
2章は料理について。まず、外食産業が発展するに至る歴史が概観される。材料や調理過程自体は法的には保護されないが、消費者が他の店と混同しないように、店の内装や外装が似すぎないようには規制されている。一応料理人の間には規範がある; 完全なコピーはしないこと、教わったレシピを他人には教えないこと、誰から学んだか明記することだ。とはいえ料理の完全なるコピーはその性質から不可能で、実際には拘束力はあまりない。それでも外食産業が栄えているのは、コピーが当該料理人の名声を高めるため。料理人同士の評判のみならず一般大衆からの評判も大事なのだ。またコピーは不可能なため、原物と競合するというよりその宣伝となる。
3章はお笑いについて。一行ジョークが主流だったとき、ジョークを真似ることは普通のことだった。しかし産業が発展して、ピン芸人の個性が売りということになると、人のジョークを真似ることは罪だと考えられるようになっていった。とはいえ各種の法でジョークを保護することはできないので、芸人間での規範があるのみとなっている。
4章はフットボール、フォント、ファイナンス、データベースについて。これらの分野ではやはり権利は保護されないものの、業界は繁栄している。技術の進歩に必要とされるのは、先駆者のみならず、改善する人たちだ。フットボールではパスがゲーム自体を複雑化し、追随する監督たちはそれぞれ工夫して戦術を定着させた。フォントでも、新聞やらディスプレイやらに適した字形が生まれていった。インデックスファンドを考案した会社は今でも最大の発行者となっており、先行者利益は十分大きい。データベースの利用を阻むような保護をした欧州ではなく、データの編集方針自体のみを保護した米国にあって、データ産業は発展した。工夫を促すような制度が必要なのだ。コピーしやすいことでコストが下がることがある。
5章はまとめ。流行り廃りを作り「故意に陳腐化させる」ことでiTunesは音楽で利益を生もうとしている。経験自体はコピーできないので、たとえば雰囲気の良いレストランやらライブやらが人気になりつつある。オープンソースの特徴は、他の人が改善しやすくしていること。競争・コピー・繁栄は、共存できるのだ。

---------------------------------------------
(感想)
・とはいえ「知的財産権が守られている世界」を比べているわけではないのがロジックとしては弱味。
・ファションのサイクルには実に迷惑を被っている; 1~2年保てばいいため、メーカーが財の耐久性を意識しなくなるからだ。
・漫画やラノベについても似たような分析するならこんな感じかな。
(i)主人公にも流行り廃りがある。熱血→無気力→難聴系/俺tueeee(イマココ?)
(ii)タイトルでどんな内容なのか読者が予想しやすくさせている。VIPのスレタイみたいなのなら非リアからみた日常風景、『○○○○!』とかならキャッキャウフフ、とか。コピーがオリジナルの良い宣伝媒体になってると言えそう。(帯にコピー元から推薦載ってたりするし!)
※俺妹もはがないもはまちも好きです、念のため。
(iii)消費者により盗作検証がなされる。(好きな作品名)+パクりでググると気分を害すること請け合いである。むしろ漫画創作を害してるよね。
(iv)二次創作が盛ん。有明の熱気といったら・・・。法的にはグレーとよく言われますね。
(v)ミステリーものはピン芸人やマジックと同じく、トリックを真似るのは御法度となってそう。ミステリーを漫画化すること自体に価値があるから「以下の作品を参考にさせていただきました」と載せていれば金田一少年は叩かれなかったのかも。
・この本の著作権自体はどうなってるのか気になるところw
posted by Char-Freadman at 04:36| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月11日

繁栄へのキーは信頼

吸血経済学者、オキシトシンの威力を語る。

"The Moral Molecule: The Source of Love and Prosperity", by Paul Zak



1章はトラストゲームについて。妊娠に関わる女性ホルモンのオキシトシンは、トラストゲームにおいてどれだけ相手を信頼して振る舞うかどうかにも関連する。国富論で自己利益の追求が社会に善をもたらすかもしれないと説いたアダム・スミスは、道徳感情論では共感のもつ重要性を理解していた。一方経済学は彼の後自己利益の追求というモデルを追うことになった。
2章は信頼の進化について。オキシトシンの供給はセロトニンとドーパミンの供給を引き起こす。セロトニンは不安を打ち消し、ドーパミンは目標達成する気分にさせる。オキシトシンを与えられた被験者はトラストゲームでも最後通牒ゲームでも相手を信じてより多くを分配するようになる。
3章は共感について。人間は他者を救う行動を取るが、生理的に何が生じているのか確認するのがこの章の目的。共感は四つの要因からなる; その感情をみなが共有していること、他者の認識、他者へ自己を投影すること、そして適切な行為をするよう自己を律することだ。オキシトシン→共感能力→道徳→信頼→オキシトシンという好循環がみられるようになる。猿にとって性交やハグが共感を楽しむ行為であるのと同様、ヒトは会話(ゴシップ)を楽しむもの。
4章は放蕩児について。信頼と懐疑はともに生存には重要。女は育児の必要から共感・信頼・寛容の能力を、男は狩猟や戦争の必要から懐疑・懲罰・向こう見ず・衝動的になることの能力を高めるようになった; テストステロンはオキシトシンを妨害する。懲罰は社会の連帯を強めるものの、各個人がそれを行うにはコストがともなう。より寛容でないほうが罰するにはよいのだ。
5章は社会から孤立してしまっている人たちについて。オキシトシンの受容体は幼いうちに発達するので、虐待を受けると成人後も共感する能力が低くなってしまう。道徳的に振る舞うとはどんなことかは学習できるけど、実際には共感は覚えていないという道徳的ゾンビになってしまうかもしれない。ストレスは外敵から逃げるにあたりヒトの祖先にとっては大事な能力だったが、心臓への負担を高めることになる。死にやすいのは、マネーゲームに興じ権力闘争に活発に励む人ではなく、責任はあるものの権限の弱い職に就く人なのだ。自閉症の人もオキシトシンの吸引により少しは社交的になる; とはいえ、受容体自体を強化したほうがよい。精神病の人は共感能力には疎く、人をモノのように扱ってしまう。
6章は性と宗教との関わりについて。人間は音楽やクスリ、瞑想などで恍惚状態に入る。この際オキシトシンが放たれており、人間は外の世界へと向かっているのだ。宗教もまたその能力が作り出したものであり、教義や儀式で信者間の共感を高めるいっぽう異教徒への敵愾心も煽ったり、あるいは何か崇高なものがいつも見ているから不道徳なことは出来ないと思わせることで、連帯を強化している。人間の本性は善悪にあるのではなく、適応性にあるのだ; 環境によって敵対するか友好的になるか決めている。
7章は市場と道徳とについて。市場を倫理的に非難する声は史上絶えないけど、自給自足の生活を営む民族のほうが寛容さは低く、むしろ市場に参加することでより道徳的になるのだ。つながりを持つこと、人を信じること、短期的な得よりサービスと質を重視すること、誰もが得をすることなどが市場を道徳的にする条件。
8章は社会での信頼を高めるにはどうしたらいいかを考察する。ボゴタの市長は犯罪解消のために市民間の信頼の醸成を狙った。新しいメディアを活用して新しい知見に繋がろうとすること・多様性を楽しむこと・手続き的公平・教育が繁栄へのキー。

生体反応と心理の関係に興味のある方はどうぞ!

-------------------------------
(感想)
・血液を採取して遠心分離でホルモンの量を計るというその研究スタイルから"Vampire Economist"と呼ばれているようだ。結婚式・ダンスクラブ・軍隊・エヴァンジェリスト・パプアニューギニアの住民など、共感のチャンスさえあればどこへでも駆けつけていた。フットワーク軽いなぁ。というか明らかにその場で異物なのに居心地の悪さ覚えないのかなぁ…w

・どうやら心配すべきなのは外銀やらコンサルやら弁護士事務所やらで激務に励む友人ではなく、的外れな非難を食らう官庁や無茶なノルマを課される金融で働く友人たちのようだ、、、

・オキシトシンを嗅がせると寛容になるということは、「今日決める!」とか思ってる人はオキシトシンを相手に吸入させて拝み倒したらいいのかもしれない^^
…吸入器を手に入れたり薬事法を回避するのはとても大変だけどな!

・性と宗教といったら、日本なら真言立川流!滅びし邪教。想像をかき立てられますよね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%8B%E5%B7%9D%E6%B5%81_%28%E5%AF%86%E6%95%99%29
誰か立ち上げてくれたら入団しますよ〜^p^
(性を否定せず大きく人間肯定していて、わりと真面目にいいこと言ってるとは思う)

・「自閉症も改善できるかもしれない」
これちょっと気になる発想。人と交わるのって楽しいことなので、その能力が奪われている状態とみなせば改善すべきかもしれない。でも自閉症もまた個性の一つではあるよね、、、

・ときおり著者の研究歴や黒歴史等を混ぜてくるので、読んでて楽しい軽い文体になっています。そのへんは↑で省いちゃったけど。
posted by Char-Freadman at 17:07| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。