Capital and Ideology, Thomas Piketty
Capital and Ideology - Piketty, Thomas, Goldhammer, Arthur現状の不平等を正当化するロジックは歴史的に常に存在してきた。でも不平等は経済的でも科学技術の進歩によるものでもなく、イデオロギーそして政治的な帰結なのだ。社会がどう構築されるべきかを決めるのは境界と所有権の2点だ。参政権があるのは誰か、領土はどこまでか、他国とどう接するか。そして何を持てるか、どう世代に受け継がれるかなど。歴史的に色々な方法が試されており、今ある不平等は不可避のものではない。1980年代以降税の累進制は減り資本の不透明な循環が加速したが、これを防ぐことができなかったのはなぜかという疑問が起こる。1950~70年代は英労働党も米民主党も貧しく教育の無い者が支持していたが、1980年代からは教育のある者が支持するようになり、1990~2010年では金持ちが支持するようになった。社会民主的連合は貧者を統合するようなイデオロギーの更新に失敗したのだ。そこで本書は歴史を踏まえ新しいイデオロギーを提唱していく。
中世は聖職者・戦士階級の貴族・第三身分からなる三身分制だった。これは世界の多くの地域で見られ、現在もその断片が観察できる。聖職者と貴族だけに所有権があり、王権は所有権と密接に関わり秩序を維持するために軍事また警察権を行使した。労働者は移動を制限され上位者の所有物であった。この不平等が秩序を維持するために必要として当時は正当化されていた。安定的な社会にはある程度の正当化がなされるもの。必ずしも身分は固定されていたわけではなかった。理論上エリートは神権と王権とに分断され、庶民は統一されていた。
アンシャンレジームでは地方が力を持っていたので中央の権力は誰がどれだけ財産を持っているか把握しきれていなかった。1380年から1660年まで聖職者と貴族は合わせて人口の3.5%ほどを占めていたがその後下落し、フランス革命前夜の1780年ごろには1.5%程度だった。人口増加、免税貴族の廃止による税収増、地位の金銭化、財産を長子に集中させて権勢を守る、など様々な要因がある。貴族は1780年ごろは全土の半分を所有したがそれは1810年には25%ほどに落ち、そして復古王政では45%まで戻した。この動きは経済よりイデオロギーと政治により説明できる。教会は全ての財産の3割を所有していた。これはどの組織より多く影響力があった。教会法に沿うようどのような金融取引が可能かに苦心していた。財産法の起源は教会にあるのだ。
1789年は大分断が起きた。王権は中央政府のものとなり、所有権は不可侵のものとされ分離されたのだ。まずは「歴史的」な方法がとられ、契約上のものとみなされない権利は剥奪されることになった。でも実際には無給の労役やインフラ利用料金の徴収などは貴族の権利として残った。これはブルジョワは保守的で賃料という概念そのものが脅かされるという恐れを抱いたからだ。小作地の所有権者を売買で変更する際領主に支払わなければいけないロッドという権利もまた残った。これは現在の不動産譲渡税だ。次には封建関係で使われた用語のものは廃止しようという「言語的」方法がとられた。中央政府が国権を振り回さないという信頼は最初はなかった。この新しい所有権社会は人を解放するという側面はあったが、既存の所有権は正統性がなくても神聖なものとして扱うという側面もある。
相続文書を分析すると1800-1810年ではトップ1%は私的財産の45%を所有していたが、1900-1910年には55%を所有することになった。ベルエポックのパリは特に資産の集中が顕著で、70%は何も持たずに死んだ。これは収入にも遺産にも非常に定率の税しかかからなかったためで、資本の自由な蓄積を許していた。政治とイデオロギーの変化で累進的な相続税ができたのはようやく1901年になってからだった。これはフランス革命が自由と平等を謳いフランスは特別だと思い込んでしまったことにも遠因がある。
イギリスは庶民院にも貴族が登院していた。累進税の導入の顛末において貴族院の影響力はようやく完全に失われた。スウェーデンは貧しく非常に富が集中した国で、資産に応じて投票権が与えられたため1人でその地区の過半数を占めてしまうような個人が何人も存在した。でもイデオロギーの変化で暴力抜きで平等な国になっていった。所有権社会ではどこでも同じくらいの富の集中が見られ、教育が必要とされる時期に不平等が高まり不満が生まれ、植民地支配で解放という理想へケチがつき、ナショナリズムが高まってしまった。
奴隷や農奴にどれだけ自由が認められたかは社会により異なる。英でも仏でも廃止時には奴隷所有者への賠償がなされ、奴隷本人にはなされなかった(議論すらなかった)。ハイチは100年以上にわたり仏に莫大な賠償を払い続けた。これは所有権が神聖視されたためだ。アメリカでは北東の工業また金融部門に対抗した民主党は南部の奴隷制を支持しその後の米国の政治史でも一貫した行動をとっている。
植民地は非常に不平等な社会だった。ハイチではトップ1%が収入の60%近くを占めた。これは生存を可能にする資源以外を全てエリートが奪ったと言える。植民地の予算は現地で均衡していた。英仏の海外資産は非常に高く、軍事行動や不平等条約の押し付けで賠償金を奪っていた。現地民には権利はなかった。フランスはアフリカ諸国と連邦を組もうとしたが失敗した。今ある国際関係は絶対のものではない。
インドには4つのヴァルナ(階級)として聖職者のバラモン、戦士のクシャトリヤ、農民や職人や商人のヴァイシャ、奉公人のシュードラがある。王権をバラモンが賢く導くという形は欧州のそれと似ている。階級は固定されたものではなかった。食生活と父権社会がその特徴だった。イギリス政府は共同体の単位を指すジャーティへの理解がなく垂直的な支配に利用しようとしたが失敗した。19世紀末にはバラモンは7%ほど、クシャトリヤは4%ほどであり欧州のエリートと同じような割合だった。今日に至るまで同じような割合になっている。これは政治的分断の結果だ。不可触民やその他の下層階級のためにアファーマティブアクションが取られ議会の枠が割り当てられ、実際に生活水準は向上させたもののエリートとの溝は深まった。教育や保健への投資と税負担が拒否されてしまった。土地改革も進まなかった。
欧州の政府は19世紀には国民所得の8-10%の規模だったがオスマン帝国や清のそれは1%で警察国家にすらなれなかった。これは欧州は戦乱が相次ぎ財政能力を高める必要があったためだ。重商主義と保護主義がその特徴。日本の武士階級は明治維新前には人口の3%ほどだった。列強に支配されないよう工業の発展と教育の進展を進め、部落民を含めて国民の統合を果たした。中国では儒学が国教のようなもので教養人が役所や共同体のために尽くす伝統があった。中共という宗教への連続性を見る向きもあるけど二点の違いがある。まず、財政的に弱すぎて中央集権ではなかったこと。次に、知識階級は戦士階級の八旗に負けていたこと。科挙の資格も売られることがあった。民衆の反乱は欧米の介入を呼び込み失敗に終わった。イランは神権政治であり平等が謳われているが実際には富の配分は不透明となっている。
1914-1945で私有財産制社会は終わった。戦争よりも、海外資産の収用や企業の国有化、家賃や価格の統制、インフレによる公債の縮小、歳入確保のための資産課税といった政治的変化がこれをもたらした。最大で70-80%になる累進課税が導入され実効税率としても80年代に至るまでかなり高かった。二つの大戦、ボリシェビキ革命、大恐慌といったショックに対し私有財産を神聖視することで繁栄につながるという思想が力を失う大転換が起きたのだ。
1917-1991の間にはアメリカ資本主義とソビエト共産主義が存在感を示し、ドイツや北欧で見られるような労働者との共同経営など私有財産制を超えるような発想はなかなか浸透しなかった。20世紀初頭から半ばまでアメリカは欧州より労働生産性が高かった。これは教育で圧倒していたからだが次第に逆転した。アメリカでは不平等が高まり、成長率も落ちてしまった。平等になる投資とは訓練と教育のことだ。アメリカが欧州より生産的だったのは私有財産を重視したからではなく教育が進んでいたから。非常に高い累進税率でも成長はできる。とはいえ今は欧州でも教育予算は伸び悩んでいる。社会民主主義は資本主義と国民国家を超えることに失敗し続けてきた。累進的所得税と累進的相続税は導入できた国はあるが累進的資産課税は反対に遭っている。租税競争の影響も受けている。税制には慣性があり18世紀の制度を引きずっていることもある。正しい税制については昔から多くの議論がなされており歴史として何を学ぶかは様々だろう。
ソ連は私有財産制からの脱却を目指した。でもどうすればいいかわからず混乱が起き、結果として独裁になった。恐怖政治で5%が収監され飢餓に満ちていたがそれでもロシア帝国よりはマシであった。以前は農奴がいて富の集中度が高かったのだ。ソ連では指導者と労働者の給金の差は比較的緩く収入の不平等も低かった。とはいえ移動の制限など別の不平等はあり、また生活水準は西洋に比べ低いままだった。崩壊後はショック療法でオリガルヒに巨大な富が集中した。公式統計は不透明で資本逃避が起きている。中国も改革開放後は非常な速度で不平等が拡大している。不透明な制度のくせに党員はちゃんと人民を代表し優れた委員会が議論をしていると嘯いているが、西洋に対する批判には耳を傾けるべきだ。メディアが機能せず金権政治となっているという指摘はその通りだ。東欧はEUに吸収されたが幻滅は根強い。不平等が拡大し、対して賃金が伸びないことにつき仏独の資本家への不満が高い。
超資本主義と呼べる現在、80年代からはどこの国でも不平等が増加している。最も不平等なのは中東の産油国だ。気候変動への興味が高まっているが自然資源を国民所得に取り入れるのは難しい。CO2の一人当たり消費量は先進国で高く、これを改善するには累進的炭素税を導入するといいだろう。土地その他資産の管理を任されているのは私企業であることが多く、先進国では富裕層がどれだけ稼いで資産を持っているのかのデータがどんどん不透明になってきてしまっている。女性が所得上位1%に占める率は相変わらず低くなかなか追いつけていない。貿易の自由化で関税という収入源をなくした途上国は税収が国民所得の数%ほどしかなく基本的なサービスしか提供できていない。リーマンショック後の欧米の中央銀行は量的緩和を続け債券を買い漁っている。大恐慌は防いだものの構造改革が進まなくなり貧富の拡大にも繋がっている。メリトクラシーを強調し勝者を崇め貧者を叩くという思想が根強い。億万長者が栄誉を横臥している。
仏でも米英でも1950年代の左派は教育の無い労働者のための党だった。でも現在では逆転し高学歴のための党となっている。資産を持つ人は一貫して右派を支持してきた。女性は50年代は右派を支持したが、現在は左派を支持している。右派を支持する宗教はキリスト教だけ。アフリカに先祖を持つ人は左派を支持する。宗教と民族は分離の基盤として無視できない要因だ。さてこの逆転が生じた理由は、伝統的に労働者のために教育を重視してきた左派が高学歴者に支持されたからだ。ちなみに現在のフランスは教育は非常に不平等となっている。知識階級のバラモン左派と商人階級とのエリート間の争いとなり貧者は取り残され投票率が低い。国際派か移民排斥か、平等化不平等かの二軸で2017年のフランス大統領選はきっちり4候補が20%超の指示で分かれている。これは不安定な状態であり移民排斥社会主義がのさばる可能性が残っている。市場重視のEUを支持したのは金持ち層で金融資産に課税されるのを妨害している。
アメリカでも同様の逆転現象が生じ民主党は高学歴者の党になった。人種は政治に亀裂を生み黒人の9割、ラテン系の6割が民主党に投票している。アメリカの方が仏よりも人種の差が固定的である。これは白人の差別主義者が民主党支持を取り下げたからではない。長期的な変化だし人種が関係ない場所でも同じ傾向があるからだ。それより、最も不利な人の生活水準を上げるよりも教育の平等を掲げていることがこの原因だ。強い累進課税に戻ろうという意思は民主党にも見られない。同じように高学歴の商人階級と利益が一致するからだろう。英も同様だが米仏に比べ緩やかに生じた。ムスリムは労働党を支持している。移民が政治問題になった。EU離脱を支持したのは低学歴・低収入層だった。労働者の自由な往来だけでは不十分であり財政出動による保護がなくては失敗するのだ。
日本を除く全ての先進国でこの左派の支持層の逆転現象が見られる。旧東欧では市場への幻滅から移民を排斥し貧者には手厚く再配分を行うという政党が人気を集めている。ハンガリーでもイタリアでも同じである。国際社会を嫌うという傾向からこれらの政党は欧州内で真の再分配を行う主体とはなれない。インドや米の連邦制を見習いつつ欧州の伝統を引き継ぐ欧州議院を作る必要があろう。人口に応じ代表がいて所得税法人税資産税を決め国家間の所得移転は上限を設け(非難を避けるため)再分配を行う新しい制度だ。租税競争に負けないよう累進税を廃止してしまうという小国症候群を克服するために税は国々で協調して決めるといい。インドは独立後ずっとINCが政権を維持したが1990年からはそれが変化しヒンドゥーの伝統を強調しイスラム排斥を掲げるBJPが台頭してきた。この支持基盤はバラモンで、政府や学校における低所得者枠に反対している。ムスリムや低カーストやその他階級(OBC)は違う党を支持し、西洋とは対照的に階級闘争となっている。BJPは切り崩しを図りOBCからの票を得ている。ブラジルもまた階級闘争だ。アイデンティティと階級は政治の理解に欠かせない。制度の変化にはイデオロギーを要する。ポピュリズムと雑に呼ぶのはやめ、財政社会教育システムをどうすべきか歴史に学ぼう。
最後の章では誰もが教育や医療など必要な財を利用でき社会に参加でき討議する連邦社会主義を提唱する。労働者も経営に参画させる。そして富の固定化集中化を防ぎ循環させるために累進所得税・累進相続税・累進資産税を導入し資産を透明に管理するのだ。また一人一人に若い頃に資産を与えて運用させるといい。富豪が死んでからではなく若くして財産を利用できるようになる。低額の政治バウチャーで金権政治を防ぎ累進的炭素税で環境に配慮し平等に教育基金を与えて教育程度を決めさせる。金融の透明性と税制の執行と環境配慮のために国際的に強調する必要があろう。
・資産を社会に循環させるためにラディカルマーケットとまるで違う発想が出てくるのとてもおもしろい。
・教育が無い人は左翼を支持しなくなったとあるけど、左翼の政策は常に教育を重視してるから、教育がなく貧しい人は教育政策をどうでもいいと思っているということなのだな。もっと他に施策が必要と。
・ケインズやハイエクなど保守のスノビズム叩いてる箇所結構あるけど本書の主張を裏付ける逸話としたら現代では左翼でも右翼でも高学歴者が低学歴者の苦しみに冷淡だというネタを盛り込んだ方が良かったのでは
・楽しませてもらったのであんまフェアな言い方では無いかもだけど歴史に学ぼうと言いつつ恣意的に歴史解釈を始めるの大陸左翼の伝統だなーとか思ってしまった。
あと面白かったところ抜粋
・「インドは亜大陸を一つにまとめてるけどイギリスは20世紀初頭にアイルランドを失い今はスコットランドを失いそう」イギリスへの皮肉キレッキレだな!
・物語で英雄が出てくるのは三身分制の特徴
・所得を直接把握するのが嫌われたから窓税がある