2012年06月06日

資本主義化した中国

毛沢東死後の中国経済の歩みをまとめた本がこちら。

"How China Became Capitalist", by Ronald Coase & Ning Wang



なんと著者の一人はロナルド・コース、102歳!
1章は毛沢東の政策について。農業の発展を目指した大躍進はむしろ大飢饉を引き起こし、文化大革命では知識人階層や官僚が犠牲となった。毛沢東のもとでは地方分権が進められた。
2章は毛の死後について。華国峰は四人組を逮捕し、イデオロギーから離れた政策を採るようになった。「大後退」と揶揄されたものの、一定の成果が上がった。外交も開始し、ケ小平は各国を視察した。
3章は市場改革について。農地は次第に私有化され、農業が発展した。国有企業が相変わらず非効率な一方で、郷鎮企業も勃興した。労働力は都市に戻った。複数の都市が経済特区として指定され、市場競争が行われるようになり、また外国投資も行われるようになった。国有企業は一定程度のノルマを納めたら市場を利用していいという二重の路線(dual track)のもとで市場に馴れていくことになった。ケ小平は「語るな。やれ。試せ。」という実践的な思考の持ち主であり、毛とは正反対であった。
4章は社会主義化の市場改革について。陳雲は鳥籠理論を提唱した; 経済は鳥であり、政府は鳥籠としてその大きさを変えるとした。国有企業は主要な地位を占め、私企業により補完されるものとみていた。各種銀行が建ち、地方政府は資本の獲得のために競争するようになった。また法の改革も進んだ。
5章は社会主義からの離脱について。学生運動にも温情的であった胡耀邦と趙紫陽が追放された80年代末期は危機であった。ケ小平は南巡講話して改革の遂行を促し、保守派に圧力をかけた。市場以外にも人々の行動を調整する「組織」というメカニズムがあり、それは中国にあっては地方政府だった。各地方で重複するような投資は行われたものの、市場において様々な挑戦がなされるのは普通のことであり、問題視するには当たらないとされた。各地方の競争により海外資本が誘致されるようになった。
6章は資本主義化について。国有企業の再建は進んだものの、コモディティ部門その他ではまだまだ残っている。また大学の自治はなく、アイデアは政府に独占されており、まともな科学者を輩出することがない。これらは大きな弱点となっている。

近年の中国に興味のある人はどうぞ!

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(感想)
・はじめタイトルをみたとき「えー中国が資本主義とか。コースもぼけちゃったか;;」とか思ったけど、人民公社とか毛沢東思想とかが流行ってた頃と比較すれば断然資本主義化してますね。

・華国峰、ケ小平(胡耀邦&趙紫陽)、江沢民と危機がありながらも市場改革が続いて発展したという点は特に面白みはない。でもコースらしく、『市場以外にも人々の行動を調整する「組織」というメカニズムがあり、それは中国にあっては地方政府だった』という点は興味を惹かれた。あと近年の中国の弱点も面白い点かな。

・でも政治家のインセンティブにあんまり注意を払ってない感じなのは残念。
(i)そりゃアイデアが百花繚乱なら経済伸びるだろうけどさー、既存の政治体制を脅かすんだったら妨害されるぜ。政治家の妥協を引きだすような変化を望まないと。
(ii)政治家が経済の発展を望んでいることが前提にされているけど、違うんじゃないかなー。あくまで政権を維持することが政治家の目的。政敵を糾弾するための理由としてイデオロギーが使われているだけ。文革で走資派とされたのは毛の批判者だけど、共産主義者は多いし。毛沢東にとって国民生活とかはどうでもよくて、権力にしがみつくことのみには長けていたとみたほうがしっくりくる。ケ小平も学生運動自体には反対だったわけで、実際何人か六四天安門事件で死んでるしね。語録で何を言っていようと単なるリップサービスで、真に受けるのはバカというもの。彼らが実際に何をやったか見ないと。
(iii)なので「次第に国民生活が豊かになったのはなぜか」を考察するには、「なぜ政治家は国民に力を与えることに妥協するようになったのか」という視点で語って欲しいナァ。

・二重の路線ってよく称賛されるけど、もっと過激に市場開放できてたらどうなってたんでしょうね。とにかく政治家の手から力を奪うのが先決みたいなアドバイスもあるよね。
http://www.voxeu.org/index.php?q=node/7593

・もはや共産主義ではないそうだけど、55年体制下の日本のように発展できるかな〜。民主化しないと成長はどこかで止まるとみるむきもあるけど、どうでしょう。
http://www.huffingtonpost.com/daron-acemoglu/china-superpower_b_1369424.html
posted by Char-Freadman at 08:52| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月04日

不平等な民主主義(修正)

アメリカでは多元的な民主主義が失われてきている。本書によれば、低所得者の選好は全く考慮されていないのだ。

"Unequal Democracy: The Politial Economy of the New Gilded Age", by Larry Bartels



1章は不平等に関する基本的なデータを示す。80年代以降不平等は拡大した。技能偏重型成長が指摘されるものの、コンピュータ科学者の賃金はさほど伸びておらず、政治要因も寄与しているだろうとみている。平均的には、民主党政権では共和党政権に比べて、中位所得者の収入は2倍伸びており、また低所得者の収入は6倍伸びている。
2章は二次大戦後の各大統領を比較している。低所得者の伸びや所得の不平等は、共和党政権において一貫して悪化していた。インフレの度合いは両政権で同じ程度なものの、共和党政権での失業率は高くGNPの伸びも低い。民主党政権は2年目に予算を拡大し、その後縮小する。共和党政権はその逆が見られる。(政治循環)この章以降、なぜ多くの人のためにならないにもかかわらず共和党が勝つのかについての分析がなされていく。
3章は階級ごとの政治行動について。南部は民主党の基盤だったが、次第に共和党化していった。所得分布の層ごとに階級をわけた後、言われているようには保守化していないし、文化や価値観や宗教といった点より経済的観点が重視されていることがわかる。
4章は投票者の心理について。民衆は視野狭窄であり、選挙直前の年の経済状況しか考慮しない。共和党はイデオロギーのとおりに2年目に予算を縮小させ、選挙になると拡大するため、生活が良くなったと錯覚するのだろう。またどの所得層も「高所得層が得をしているかどうか」を考慮していることがわかる。また高所得層ほど選挙で寄付をしている。
5章は不平等について。概ね機会の平等が与えられるべきという立場にはみな納得する。富者より貧者のほうが共感をもってみられる。不平等の度合いは、実際にはそれが低くなりつつあった時期は高かったと誤解され、市民はあまり精確に平等度を測れていないことがわかる。政治への理解が高まるほど、不平等に関する認識が分極化し、事実の理解にすら影響を与える。
6章はブッシュ減税について。強きを助け弱きを挫く減税だったが、概ね支持されていた。政治的価値観や自分の経済的負担に関して減税がどう影響するかあまりよく考えない人が多かったようだ。
7章は相続税について。影響を受ける人はあまり居ないにも関わらず、相続税の廃止は常に大衆の好むところだった。民主党の頑張りにより維持されてきたとみなせる。
8章は最低賃金について。インフレ調整後の賃金は、ここ40年で40%も減額してしまった。賃上げをしても概ね悪影響は少ないだろうという推定や、大衆からの好意的な反応にもかかわらず賃上げはなされてこなかった。これは共和党政権が反対したため。
9章は政治家の行動について。民主党も共和党も同じように低所得層にはあまり関心を払わない。民主党は中所得層に、共和党は高所得層により注意を払う。高い所得の層は直接・間接に政治家へ影響を与えることができる。政治家は大衆の望むものより自分のイデオロギーに忠実に政策を選ぶ。
10章はまとめ。政党間競争があっても必ずしも貧者のためにはならない。ハリケーンカトリーナは貧者が見捨てられてしまう例であるが、政治に出来ることは多く、改善していくべき。

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(感想)
・はっきりと共和党批判にまで踏み込んでいた。狂愚漫や捨愚律の批判も的外れではない…のか…。

・共和党の政策は低所得・中位所得の人には損、この事実の指摘だけでなく、「それでもなお政権を取れるのはなぜか」も考察しているのが面白かった。不平等の文脈でよく引用されるのもわかるというもの。まあでもデータが少なくいくつかの統計分析がビミョウなのはご愛嬌、、、^^;

・本書が執筆されたのは2007年なので、スーパーPACに関する記述は見られない。ますます高い所得の人に有利な政策が取られそうね。
(cf; http://whynationsfail.com/blog/2012/3/20/whos-afraid-of-super-pacs.html )

・経済学者は不平等を経済活動の影響から説明しようとするけど、政治学者は政治から説明しようとするな〜w経済要因だけからじゃ説明付かないよね→多分政治のせいじゃね?と。

・はて、市民が視野狭窄なのなら、それを前提にした行動を民主党がとらなかったのは何故かという疑問が湧いてくるなあ。
posted by Char-Freadman at 08:24| 北京 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月30日

移民と送金

移民の送金についてまとめたペーパーがこちら。

"Migrant Remittances", by Dean Yang
Journal of Economic Perspecitves, vol 25, Number3, Summer 2011, pp129-152

☆送金額は巨大
2009には$3250億, 2010には$3070億
☆FDIより安定的
金融危機でFDI(海外直接投資)は39.7%減ったが、送金は5.2%しか減らなかった。
☆色んな組織が立ち上げられてきた
エルサルバドル、インド、フィリピンでは政府の省がある。
☆総額とGDP比のランキング
(総額)インド($550億)、中国($510億)、メキシコ($226億)、フィリピン($213億)、フランス($159億)、ドイツ($116億)、バングラデシュ($111億)
(GDP比)タジキスタン(35%)、トンガ(28%)、モルドバ(25%)、ネパール(23%)、レバノン(22%)、サモア(22%)
☆動機
利他心や将来への投資などの理屈が考え出されたが、実証するのは難しい。移民の存在と家計収入の関係をみても、たとえば起業家精神に富む家計ほど移民になりやすいのかもしれない。あるいはダメージを受けた家計が収入への悪影響を減らすために移民を送るのかもしれない。移民の影響を測るにはランダムな事象が必要。
フィリピンの多くの家族は1997年のアジア通貨危機以前に移民を送り込んでいた。この危機は予期されなかったものであり、ペソに対し通貨高になった地域の移民の家計は、通貨安になった地域の移民の家計に比べ、貧困から抜け出しやすくなったことが示されている。自営業ではなく資本集約的な職に就くこともみられた。一方消費への影響は見られなかった。
また保険の作用も果たす。降雨の多寡というランダム性を導入し、収入が減った場合は送金が増え、収入が増えた場合は送金が減るという安定化がみられた。
☆願いの不一致
移民は家計に21.2%を貯蓄して欲しいと思っているが、実際には2.6%しか貯蓄しない。より送金のコントロールができるようになっているほど銀行口座を開設しやすくなっている。
☆頻度
一回送金するには固定費がかかるにもかかわらず、小額の送金をしばしば行うというパターンが見られる。「母国の家計が盗難に遭うことを見越しているため」「自制心の無さへの対応」といった理屈が考えられている。少し送金のコストが減るだけで送金の額はかなり伸びる。こういった現象を説明づける理論が求められている。

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・対立する仮説を排除するような実験計画組むの難しそうだなあ。。。>自制心VS治安
posted by Char-Freadman at 10:23| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月28日

マイクロファイナンスの批判的検討

血も涙もない借金取りと言われたり、いやいや貧困の罠から抜け出せる希望だとも言われたりする。結局のところ何が本当なのかを探るのが本書の目的だ。前半ではなぜマイクロファイナンスが必要なのかを概説し、後半ではその現状について語っていく。

"Due Diligence", By David Roodman



先進国に生きる我々にとり生命保険・健康保険・クレジットや貯蓄などの金融は当たり前のものであり、いかに優れた機能を発揮しているか認識するのは難しい。しかし途上国で利用可能なものは限られている。不安定な日々の収入を安定化させることすらままならないのだ。貧困を抜け出すことはできないものの、手助けにはなっている。
ROSCA(回転型貯蓄口座=頼母子講)は簡単だが硬直的なため、ASCAを選ぶ人は多い。連帯責任という特徴をもつ小口金融は、先進国がいつか来た道だ; 富の有無を問わず金融サービスには需要があること、貧しい人には質の低いサービスしかえられないこと、需要は一定であっても目的は多様なこと、金融のアイデアを思いつくのは難しいがコピーするのは簡単なこと、政府の役割はあまりなかったこと(イギリスの郵便貯金は例外)などが、歴史を辿るとわかる。万能な方法ではないのだ。
インフラ建設に重点を置いた貧困対策は、次第に生活に密着したサービスに重点を置くようになった。ユヌスの始めたグラミン銀行は連帯債務というモデルを発展させ、他の団体も貧困対策に乗り出した。金だけではなくノウハウも与える団体もあるし、自助で何とかしようという団体もある。インドネシアでは個人貯蓄を提供するサービスが成功した。村ごとに貸したり、保険を提供するという動きもある。マイクロファイナンスの提供は、女性を対象になされてきた。こんにちでは信用口座から貯蓄口座への転換がなされている。
マイクロファイナンスもまたビジネスであり、女性が顧客になりやすいのはより信頼できるからで、イデオロギーからではない。最初の貸し出し限度額は少なく、ちゃんと返せれば次第に限度額が上がっていく。より多額を借りたいというインセンティブから、返金しようという意識が生まれる。村による貸出しでは、強制貯蓄という形態が見られる; これは借り手にとっては一時的に払えなくなっても余裕があることになり、また貯蓄を失うことを恐れて支払いを努力することに繋がる。また生命保険にも加入させられる。人が居る地域のほうが監視しやすいため、農村より都会のほうが業務をやりやすい。
マイクロファイナンスが本当に効果があるのかを示すのは難しい。たとえば能力に満ちた人が借りに来るのかもしれず、貸付が貧困の減少に関係していても、その原因ではないのかもしれない。確かに計量的な分析はできる。こんな具合に;
土地を持たないなら貸付が可能になり、貸付が貧困減少に繋がる。
土地を持っている場合は貸付が受けられない
→貸付の資格(半エーカーの土地)がギリギリ満たされる人とギリギリ満たされない人との貧困減少の差を比べれば、貸付が影響しているかがわかる!
でもこの場合は土地の所有が直接的には所得に影響ないことを仮定しており、そこは疑問の余地がある。Pitt&Khandkerの研究例では、本来は貸付の資格がない人にも貸付がなされており、「返済がなされそうな人が選ばれている」というセレクションバイアスの問題を回避し切れていないのだ。Colemanの研究では「貧者の中の貧者」に貸付がなされているとは言えない。
ランダム比較実験がこの問題を多くの場合解決する。Karlan&Zinman(2005)では、収入や支払い履歴により決定される「信用スコア」をちょっとだけ下回る(=本来なら貸付が拒否される)人をランダムに選び、「貸付を拒否しない」ように銀行側を説得した。より職があるし、貧困線を下回ることもなかった。実際に$1の貧困線で暮らしている人を調べたのはBanerjee, Duflo Glennerster&Kinnan(2009)であり、貸付を受けた人はそうでない人に比べて開業しがちであり、スナックやタバコといった誘惑財ではなくミシンのような耐久財を買いがちになった。とはいえ貧困が減ったようにはみえない。
8割のMFは年35%ほどの利率を課しており、MF間の競争によってか利子率は低下しつつある。透明性は高いとは言えず問題を含んでおり、信頼性と融通性にも改善の余地がある。硬直的なスケジュールにコミットさせてきたが、GrameenIIではより柔軟な返済日程が可能になってきた。多重債務や支払いへのストレスもまた問題ではある。
MFは産業として確立しつつあり、商業化し、証券化もなされ、規模が大きくなり、効率性も上がり、競争によりサービスも多様化してきた。更なる金融の自由を貧者に与えるべく、改善していくとよいだろう。

マイクロファイナンスに興味のある人にオススメ!

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(関連文献)
・著者のblog;
http://blogs.cgdev.org/open_book/

・東大の澤田先生が4.16付けの日経新聞の経済教室で簡単に紹介していた模様
・Pitt&Khandker vs Roodmanの論争が手際よくまとめられているページ;
http://www.ide.go.jp/Japanese/Publish/Download/Overseas_report/1105_takahashi.html

本書の5章にもこの論争が載ってあり、一番面白い部分。でもナァ、「現実に計量の前提が当てはまる」という信念と「MFは効果あるんだ」という信念に大差は無いとか言われるとちょっとモヤッとくる。。。

・マイクロファイナンスを調べたもの(下は邦訳);



もちろんKarlanとBanerjee&Dufloにもマイクロファイナンスに関する章はある。手法の宣伝コミなので効果が誇張気味なのはご愛嬌…(cf: http://charkid.seesaa.net/article/263532961.html)



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(感想)
・ちょくちょく貧者の生の声がさしはさまれるため、自分には読みにくかった。地味な計量分析を並べてくれたほうがサクサク読み進めて楽しいんだけど、統計の無味乾燥さに嫌になって著したっぽい書なのでむべなるかな。。。
(背景;この著者は「MFの効果を測れてない」「いや測れてる」という非常にテクニカルなやり取りをここ10年くらい延々と続けているのです)

・途上国で災害が起きると心を痛めるより先に「おお開発のデータを手に入れるチャンス」と心が浮き立つ因業深き商売である。また、全ての途上国が発展しきったら役割がなくなる。Warm Heart&Cool Headが一番要求される分野でしょうね。

・ランダム実験の結果は混沌状態にあるため、最近では構造を推定しようという動きが再び見られます。たとえばこんなん;
"A Structural Evaluation of a Large-Scale Quasi-Experimental Microfinance Initiative", by Joseph P. Kaboski & Robert M. Townsend
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.3982/ECTA7079/abstract
マイクロファイナンスの効果を測るにあたり、その構造をモデル化して推定した初のペーパー。残念ながらコストのかさむ計画であるという結果が。
しかしこのTownsendというジジイは構造推計やリスクという話になるとペンペン草も生えないくらい焼き尽くすなー。
posted by Char-Freadman at 07:05| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | ぶっくれびゅー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月25日

雇用の地域化と国際化

雇用の状況を考察した本が出ていた。

"The New Geography of Jobs", by Enrico Moretti



アメリカにはチャンスが転がっている、長いことそう信じられてきた。でもいまや教育について格差が拡大しつつあり、中位所得者の生活水準は30年前のそれと比べて落ち込んでしまった。犯罪にまみれる都市がある一方、シリコンバレーは繁栄している。そこには付加価値の高い産業が集積しているのだ。
でも、何でハイテク産業を気にしないといけないのだろう?それは、生産性が上がり高い付加価値を生むことで経済の動力になっているのはハイテク産業であり、またエンジニア一人が雇われるとその他の職も生まれるーー弁護士や医者やタクシードライバーが必要になるーーからだ。情報技術の発展によって、世界はフラットになったはずじゃなかったっけ?でも事実、僕らがどこに住むかはより一層重要になってしまった。知識を持つ人のそばにいることは大きな利点になる。本書は多くの都市と職を検討し、変化の原因を探っていく。

1章は歴史の概観。製造業の勃興によりアメリカは繁栄に至った。でもいまの高卒者の賃金は30年前のそれと比べ、落ち込んでしまった; グローバル化と技術進歩がその原因で、労働が要らなくなってきた。地産地消という動きはあれど、その趨勢を覆すほどのものではない。中国の脅威に晒される土地はグローバル化の恩恵を受けられない。企業は品質を高めることで対応しようとしている。半導体やコンピュータの組み立てといった比較的高い技能の必要とされる職も減っている; 低賃金低技能か、高賃金高技能な職しかなくなりつつあるのだ。メーカーの復活を唱える声は至る所で聞こえてくる。
2章はハイテク産業について。貿易可能な産業は、貿易不可能な産業に比べて生産性が高い。床屋やレストランやフィットネスといった地域に特化した職は、イノベーション産業より多くの雇用を生むものの、生産性は全然伸びていない。生命科学やITなどハイテク産業の雇用1人につき1.6人の雇用が生まれる。Facebookやその他IT企業は技能を持った人を雇うために買収をするようになった。これほど知識が重視されるようになった原因は、技術進歩とグローバル化である; いったん作れば低コストで売れるようになったし、国際的に大きい市場を獲得できるからだ。インドや中国でも技術者は増えてきてはいるが、現状ではアメリカのそれに比べて補完的な存在となっている。企業のイノベーションによる利益は賃金に繁栄されている。
3章は大分岐について。シアトルは衰退していた都市だったが、マイクロソフトの本社が移ってきたことで息を吹き返した; 技術者にとって魅力的な都市となり、人を引きつけていったのだ。オースティンやサンノゼといった都市は高い技能を持つ人が集積するようになっている。大学卒が多い町では、高卒でも賃金が高くなる; それは高い技能と低い技能の職とが互いに補完的だから。地域の差は、健康面・離婚率・寄付・政治参加の面でも見られるようになった。都市の平均を比べると最大で15年も寿命に差が出る。周りの人の生活習慣は影響するのだ。教育があるほど政治参加しやすくなる。都市に企業の本社があると寄付金の量が増える; 法人自体は寄付しないけど、従業員が地域のために貢献するのだ。そのため活気のある会社があるほど地域は豊かになる。
4章は都市の魅力について。労働市場の層が厚く、企業にとっても応募者にとっても適した職が見つかりやすい。またベンチャーキャピタルにとっても、顧客企業を監視し相談することは近いほどたやすくなる。知識の流出も近いほど生じる; 特許を取る人の住所は密になって固まっており、また近くに住んでいるほど相互に引用しやすい。これらのことから、良いサイクルに乗った都市はますます人材を集め、そうでない都市はさらなる衰退をみることになる。大事なのは、新しい職が生まれてきたときにそれに適応することだ。
5章は移住について。アメリカ人は他国に比べて引っ越しの多い。教育程度が高いほど職を求めて移動する傾向にある。低技能な職は地域に適したものしかないが、高技能な職は国中で見つかるためだ。ある都市が不調でも他の都市は好調であり得るため、失業保険によって移住を促進させるとよい; 職が少ないエリアでも、失業者自体が減れば職を見つけやすくなる!また大卒は地域に根付かないため、連邦政府がある程度の投資をしたほうがよい。アメリカ人の支出の4割を占めるのは住居費で、職のある地域は家賃がとても高くなる: 家持ちの人は得をするけど、賃貸人は損をするのだ。あるエリアが雇用活性化で高級になると、それまで住んでいた老人や低技能な職の人はダメージを受ける。解決策は流入を抑えることではなく、新しい住宅を建設して家賃を抑えること。
6章は各地域の施策について。生命科学の発達したボストン・サンフランシスコ・サンディエゴをみると、産業の勃興の原因は大学にあると思えてくる。しかし真に重要なのは「各専門のスター学者がその地域に住んでいる」ことだ; 知識の源になるし、また創業を手伝いもする。ハリウッドの転換点は1915年にD.W.Griffithが超大作"The Birth of a Nation"をぶち上げたときで、その先進的動画技術に惹かれて多くの映画マンが集まるようになっていった。シリコンバレーも同様に伝説の技師Shockleyが多くの才能を引きつけていった。貧困の罠から抜け出すには、TVAのような真に大きな「ビッグプッシュ」が必要; ある程度の人材を引きつけるまでガンガン投資せねばならない。
7章は国策について。高い技能をもった移民を引きつけるか、高校や初等教育に投資してアメリカ人自体の労働の質を高めるかする必要がある。外国生まれの大卒者が増えた地域での特許の取得は著しく増える。高校の理数教育は国際比較すると劣っていることがわかる。

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(感想)
・都市万歳系の書籍。基本的なロジックに目新しいところはないけど、イキのいいIT企業やVCのお話や、アメリカの諸都市が比べられる点は興味深かった。セレクションバイアスをどう回避しているかの解説もあるし、読みやすい。
e.g.
「大卒が多いほど高卒者の賃金も高い」→「良い高卒者は大卒の多いところを選んで住むんじゃない?」→「時系列で見て、大学卒が増えたところの高卒者の賃金の伸びは、増えなかったところのそれに比べてやっぱり高い」
「スーパースター学者とコラボすると生産的になる」→「えーでもスゴイ人同士で固まるからスゴイ業績が生まれるんじゃないの」→「じゃあスーパースター学者が急死したときをみてみよう、やっぱりがた落ちしてるよ共著者たちの業績」
学者の著書はこういう地味だけど超重要な点にも配慮しているのが特徴でしょうね。

・「知識」とか「技術」とか「新製品による人間の技能の陳腐化」とかが強調される本を読むと大変居心地の悪さを覚える。プログラム言語はからきしだし、不朽不可侵の技術を持っているとは到底言えないわけで。。。

・「サービス業は虚業だけどメーカーは実際にモノを作るからエラい」これ日本だけの病気かと思ったらアメリカでもあるのね。何が原因なんだろね。
エンジニアがまあモノが出来上がることに固執するのはわかるけど、ソニーの営業マンが「モノづくりだよね」とか言ってると何か違和感あるんだよなー。

・今後の子どもはPCにできるだけ早くから触れさせて技術を覚えて(というか楽しんで)もらうことが大事なんだろうな−。PCにできることとできないこととを峻別させて、後者の技能を磨かせると。

・デトロイト見てると東海地方が怖く思えるなー、特に豊田市。企業都市ってリスクめっちゃ高いよねえ。

・東京ガンバレ。超ガンバレ。日本中の俊英が集まり金融の調達もしやすいはず。
posted by Char-Freadman at 14:41| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | ぶっくれびゅー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月22日

オランド税率の最適課税論的起源

SaezとDiamondが最適税率は70%超かもしれないと言っている。

"The Case for a Progressive Tax: From Basic Research to Policy Recommendations", by Peter Diamond and Emmanuel Saez, Journal of Economic Perspectives Vol25, Number4, Fall 2011, pp165-190

【最適課税論とはなにか?】
以下の特徴を持った社会厚生関数を政府が最大化するとして、歪みの少ない税制にするにはどうしたらいいかを考える分野
・より平等な分配になると嬉しい
・富んだ人より貧しい人を重視する
ただ、課税しすぎると働かなくなる。効率と公平をどうバランスとるかというお話です。

著者はこの論文で三つの提案を掲げる

1. 超高所得者の限界税率は所得とともに上がるべきであり、現行のアメリカ税制より高くてもよい

トップ1%が所得税収に占める割合はなんと40%。公平の面からだけでなく税収の面からも焦点に当てるべきは高所得者層。
さて肝心の、税の悪影響。taxable income elasticityで測ろうというのが、Feldstein(1995)以降public financeの新しい伝統となっている。租税回避や脱税、労働時間減少など全部の影響は「課税所得がどれくらい減るか」で近似できるよねという発想だ。すると、国庫を最大化する税率は以下の式で与えられる;

τ=1/(1+a*e)

ここでaはパレート分布のパラメータ。パレート分布とは、所得分布が従うことが経験的に知られている分布のこと。アメリカでのaの値は1.5くらいと見られている。
さて残るはeの値の推計だ。急な税率の変更(1986年のTRAなど)の前後で、高収入者の変化と中位所得者の変化とを比べたり、トレンドを調整したり、色んなテクニックを駆使するとe=0.25くらいではないかと見られている。

するとτ=73%という値が出てくる!

限界税率は減るべきとする文献もあるけど、それは一番所得を稼いでいる人「だけに」当てはまる条件であり、データには当てはまらないのだ。
ただし長期的には教育水準や職も変えてしまうかもしれず、そんなデータは揃ってない。

2. 低所得者には補助金を与えとりあえず就職をさせるようにし、その補助率を段階的に減らしていくのがよい。

伝統的には「労働時間をどれだけ減らす」かが重視されてきたけど、「そもそも職に就かなくなる」人も多い。特に女性がそうだ。そこで就職したときのみに恩恵を受ける税制にし、稼得が増えるとともにその援助を無くしていこうとのこと。

3. 資本は課税されるべき

Chamley(1986)とJudd(1985)以降、資本には課税しないほうがいいという論文は多い。資本に課税すると、重複して税をかけすぎちゃうというのがその理屈;
今日の1円を貯めると利子rのおかげでT年後には(1+r)^Tの価値になるけど、利子rに資本課税τがかかるとたった(1+(1-τ)r)^Tにしかならない。Tが長いほどその影響は大きくなってしまうのだ。税収が必要なら現在の富裕層から分捕り、資本市場で運用して調達するのが歪みが小さくなる。
でもそんな長期のことを考えて最適化している個人はいないし、たとえば思いがけず急死した人の遺産に課税したところで歪みは生じないーーだってもう死んでる!おまけに現在の富裕層からカネを取ってこようとしたって、政治的な反対に遭うに決まっているのだ。
労働による収入と資本による収入とを綺麗に分類するのも難しい(Char注; ストックオプションとかをイメージするとよいのだろう)。所得税と資本課税にあまり差が生じるとよくないのだ。
借り入れ制約に引っかかっている人も居るかもしれず、そういう人にとりあえずの流動性を供給してあげるのは望ましい。カネのあるところから政府が調達してあげればよい。
将来の収入が不透明だと、予備的に貯蓄をしすぎるかもしれない。そして労働を減らすだろう。そこで貯蓄に課税をかければ労働の歪みが減り、ひいては税収増となる。

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(感想)
・オランドの主張する75%の税率、根拠はこの論文かもしれない!?

・まあ「最適課税論」という考え方を使ってアタマの体操をしてみました!という位置づけでいいんじゃないかな…w

・New Dynamic Public Financeという文脈だとマクロ経済学者がメカニズムデザインを駆使して誘因制約を満たした上で税収を最大化するような問題をグリグリ解いているけど、「実行するには複雑すぎ」とのこと。実証するのはなお難しそうだなぁ。

・日本のaの値はどうなってるんだろう。

・この論文だけだとあんまりピンとこないかもなので、併せてMankiw, Weinzierl and Yagan(JEP, 2009)"Optimal Taxation in Theory and Practice"も読むと良さそう。そこでは最適税率は所得とともに「下がる」こともありうるとしている。パレート分布かどうかわからないじゃんというのがその理屈。

・最適課税論と政策との関係を追った本ならこんなのがあるみたい;



いま目を通してるけど、70年代中盤から80年代中盤にかけてのStiglitzはまさに鬼だね。引用される論文の多いこと多いこと。いまは、、、
posted by Char-Freadman at 11:26| 北京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月20日

法と地理とアメリカ政治

政治制度が重要と多くの経済学者が指摘するようになってきた。では、政治制度の形成に重要な要因となるのは何だろうかーー地理と法制度がそれらに当たると指摘する本がこちら。

"The Evolution of a nation: How Geography and law shaped the American States", by Daniel Berkowitz and Karen B. Clay



2章は大陸法とコモンローの比較。司法が議会に従うのが大陸法、両者に同じ権力があるのがコモンローという通説はアメリカでも成立する。大陸法の州の住民は強い議会と弱い司法を望んだ。アメリカの各州を分類し、13の州は大陸法、35の州はコモンローだとしている。各州が獲得された際、大陸法の州では大陸法に馴染んだ多くの住民がおり、土地を持っていて、フランスやヒスパニックの系列からの政治家もいた。確かに多くの州では大陸法は抹消されていったものの、議会と司法の権力の緊張を通じて影響は続いていったとみている。
3章は各州の初期条件と政治競争について。ラニー指数(100 - {(上院での民主党の割合) + (下院での民主党の割合) - 100})や投票指数などの複数の指標が、政治競争の度合いは長年変わらなかったことを示している。これらの指数は、降雨量があるほど低く、河や海に遠いほど低いことが示されている。それは農業に適している土地には農家が、取引に適している土地ならば商人が住み、政治的な競争が生じたため。初期条件が政治競争の度合いに強い影響をもっているのだ。
4章はそのメカニズムについて。州の居住者の職業が同じであればあるほど政治的な競争の度合いは低く、逆もまた然り。職業の同質性の政治競争への因果関係をみるには、河川からの距離を操作変数として使えばよい; 鉄道が発達した後は河川の役割は薄れたため。そしてその政治的・経済的な力は党の加盟に長い影響を及ぼした。奴隷制も確かに要因ではあるものの、職業の同一性も競争の要因。
5章は法廷について。政治家の間で競争が弱いと、議会の与党は判事間の選挙を好む; 判事は選挙で勝つために政治家に迎合せねばならないから。いっぽう政治家の間で競争が強いと、議会の与党は判事を任命することを好む; もし党が代わっても、既存の与党に沿うような形で裁判を行うため。大陸法の州はコモンローの州に比べ、この変化の生じる水準が高いことがデータによって示されていく。
6章は議会と法廷との関係について。大陸法の州はコモンローの州に比べて選挙を用いがちで、裁判所の独立性は弱く、政治競争が強いときに独立性と予算とを伸ばす傾向にある。大陸法の州ほど上訴審は地域密着型になり、裁判所への支出は低い。裁判所の独立性が強いほど予算がある。
7章はまとめ。独立性を高めるために選挙をやめたり、よりよい分析ができるよう時系列のデータを整えたりしようう。

制度発展に興味のある人はどうぞ!

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(感想)
・法制史関連の文献を読むとき、日本のそれとはかなり違うので疲れるなぁ。

・内容はともかくグラフだの表だのが見づらいレイアウト。もっとガンバレ電子書籍、、、

・議会と法廷の関係が気になってきたのでこんな本でも読んでみるかなー;



posted by Char-Freadman at 06:24| 北京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ぶっくれびゅー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月18日

新興国と新しい貿易パターン

今号のJournal of Economic Perspectivesは100号記念ということで、編集者が気合いを入れてきている。なんとKindleやNookに対応するようになったとのこと。
http://www.aeaweb.org/jep/mobile.php

読みやすいしブログのネタに丁度良いので、学習のコミットメントとして適宜とりあげていってみます(宣言)

ということでさっそく第1段、"The Rise of Middle Kingdoms: Emerging Economies in Global Trade", by Gordon H. Hanson
Journal of Economic Perspectives, Volume 26, Number 2, Spring 2012, pp41-64

近年、先進国はふるわない一方、中位所得国の伸びは著しい。本稿は貿易パターンが変化してきたことを示していく。1950年代から1980年代までは、先進国間の北北貿易が顕著だったが、南南貿易や南北貿易といった形が増えてきている。85年には先進国間の貿易は世界の8割だったが、ここ10年では半減しているのだ。

☆南南貿易
・1994-2008で途上国でのGDPに占める貿易額の割合が高まった
・途上国での輸出入の相手は途上国になった
→貿易障壁がなくなったから?; 実証的には影響は薄い
→国際的な生産ネットワークが拡大したから?; 加工貿易という形が進化したというデータは乏しい
⇒より国際的な特化が進んでいるからかも!!!

☆比較優位説への回帰
80年代にはリカードモデルの受けは悪かった。国のサイズや距離でだいたい説明がついた(重力モデル)からだ。しかし近年は比較優位説に再度注目が集まっている。Eaton and Kortum(2002)はリカードの比較優位説が重力モデルと整合的であることを示した; 技術の性能と配達にかかる貿易コストによって相手国の市場のシェアを獲得すると見ていったのだ。またFeenstra(2010)は国際的な生産ネットワークのなかでの中間財の供給における比較優位の存在を強調している。
また、資源の少ない途上国が資源の多い途上国(中印)から原料を輸入するというパターンが観察されている。

●特化
中位所得国では、アルゼンチンやブラジルが農業を、ロシアと韓国と南アフリカが鉱業を、韓国とマレーシアとタイとフィリピンが電機産業の輸出を伸ばしている。中国とインドは特徴的で、高所得の国々に輸出品を送っている。
北から南への海外直接投資も、またその逆も伸びている。

●特化の変遷
衣服や靴を輸出していた国が、電器を輸出するようになってきた。中国は携帯電話やコンピュータを組み立てて輸出してきている。コンピュータへの特化と、依然として低価格品を輸出することが中国の特徴といえる。とはいえ高品質のものを作り上げる能力はある。

●超特化というナゾ
少数の製品だけに特化するということが多くの国で見られる。低所得国では石油・アルミニウム・茶・コーヒー・ナッツ・木綿・ダイアモンド・銅・織物、中位所得国では石油・半導体・自動車・織物・冷凍魚・サトウキビ・アルミニウム鉱石・鉄の合金・銅・船などを輸出している。両者の差は教育程度と使う機械にある。
なぜか?
→企業の生産性の違いのせい?相手国の規模が小さい割に貿易障壁が大きい場合、それでも輸出がペイするほど高い生産性がある企業がなくなってしまう。このため何も取引されない財が存在することになる。各種のMelitzモデルでは輸入国のサイズが小さい場合に取引が無くなることが予見されるが、実際には取引は行われている。
→Eaton-Kortumで説明はできるか?技能の差が貿易パターンを導くことになるが、取引がないという状況はモデルからは出てこないはず。超特化までは説明し切れない。
→輸出品は生産に外部性があるから?ある企業が生産を拡大すると、知識や金銭のスピルオーバーにより他の企業のコストも下げることになる。でも、低所得・中位所得国で輸出されるのは多くが一次産品で、外部性があるような製品とは言えなさそう。

☆まとめ
中国の成長の原因や、国際的な厚生、高所得国にもたらす影響といった点が研究されてきている。
・近年の取引増は付加価値の真の量をどれだけ表しているか; どれくらい特化が輸出シェアの伸びをもたらしているのだろう
・輸出への高い特化の理由はなんだろう
・中国政府は工業政策をとっているんだろうか?
・コモディティのブームはどれくらい低所得国の生活水準に影響するんだろう
国際経済学はこれらの疑問に答えていきそうだ。

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(感想)
・各時代の貿易パターンを受けて貿易論が発展しているのが面白いところ。

・今号は貿易特集になっているようだ。寄稿者が豪華すぎるw

・半導体を輸出するのは「中位」所得国です。ちなみに日本は「高」所得国です。

・そういえば工場が先進国に回帰しているという記事もあるね;
http://www.economist.com/node/21552901
貿易パターンはホントに豊かだな〜。
posted by Char-Freadman at 13:02| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月17日

南米の失敗

母を訪ねて三千里というお話をご存知だろうか。主人公の母親は、イタリアからブエノスアイレスに出稼ぎに行った。そう、南米はかつて先進国だったのだ。

ではなぜ今日北米と南米に差がついたのだろう?そんな興味の湧いた人には本書がオススメ。

"Economic Development in the Americas since 1500", by Stanley Engerman & Kenneth Sokoloff



2章は新大陸の初期条件について。北米と比べて南米では、白人は相対的に少なく、富は不平等であり、経済発展に全員が参加できるような政治・経済の制度は整えられなかった。人口が同質的なほど、機会の平等が保たれるような制度が発達していた。
3章は制度の役割について。富と人的資本と政治力の不平等は制度によって保たれていったが、その源泉は土壌かもしれない。砂糖その他の商品作物が栽培されたエリアは特に不平等であった。それらの作物は奴隷による大量の労働が必要となったのだ。いっぽう北米で可能だった農業は家族経営によるものだった。参政権・移民法・教育といった分野で、この差は維持されていった。
4章は選挙権について。人口が同質的であり、より平等な地域であるほど選挙権は広がった。南米では識字能力によって選挙権は制限されることとなったが、北米では白人については選挙権が次第に認められていった。合衆国にあっては、より労働力を必要とした西部の開拓地は選挙権を認めやすくなっていた。
5章は初等教育について。アメリカでは草の根運動で公立の学校教育がひろまることとなったが、南米の多くの国ではそうではなく私立の学校や大学のみが創設された。これは(1)富が一部に集中していたので、公立校を建てるメリットがなかった(2)人口が異質であり集合行為問題を解決するのが困難だったため。とはいえアルゼンチンやチリやコロンビアの高地では移民を引き寄せるため、教育に投資することになった。北米では地方が教育方針を握ったが、南米では中央政府が決めていった。
6章は税制について。途上国では所得の把握は困難なため、関税や消費税や物品税に収入を頼るようになる。とはいえ、北米と南米の差は19世紀半ばには既に存在した。南米では政府支出が抑えられ、課税もまたされなかった。北米では地方と中央政府とが両方財源をもち、より累進的になり、政府の規模もまた大きくなっていった。国有企業からの収入も南米では重要だった。
7章は土地・移民法について。北米では不法居住者にも土地が認められ、来るものは拒まずという方針だった。南米では移民は制限された。
8章は銀行の発達。ブラジルやメキシコでは政治権力者が銀行とグルになり、少数の銀行による寡占が生じてしまった。アメリカでもそのような結託はあったものの、次第にそれに抵抗する勢力があらわれ、多くの銀行が設立されることとなった。信用借りするには議会が必要だ。
9章は植民政策について。植民地の人口構成を変化させたのが最大の影響とみている。不平等を長続きさせるような制度が維持されていってしまった。
10章は制度的要因と非制度的要因について。異なる制度がどちらも成長に適していたり、制度もまた内生的たりうる。成長に不可欠の制度というものは、歴史を見る限りなさそうとのこと。
11章はまとめ。社会が取りうる制度のありようは多様。古典派経済学に対抗した制度学派のときから制度への関心はあり、近年さらにその傾向は増している。これからもその分析は実りのあるものとなろう。

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(感想)
・地理要因は政治制度の発展に効いてくるからやっぱり重要じゃないかーAJRのばかやろー。
・砂糖やコーヒーが大規模に向いてて、小麦が小規模に向いてるってのは、当時の技術を反映しているわけだよね。
→技術が根源的理由なんじゃない?
→技術が進展するのは政治制度が発達していて特に所有権が守られているときだとか
→以下∞ループ
頭がおかしくなりそう!!!
「生産様式が制度を決める」「階級間で闘争する」というマルクスの思考方式はまだまだ息づいてるのね。
posted by Char-Freadman at 12:57| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | ぶっくれびゅー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月08日

中世国家の財布事情

中世〜近世の国家財政に興味が湧いたので目を通してみた本↓

"States of Credit: Size, Power, and the Development of European Polities", by David Stasavage



都市国家と領域国家と、中世には二種類の国家があった。前者には小さい地理的規模という優位と流動的な資産を持ったエリート層の存在があり、内包的な議会をうみ信用借りができるようになったことを示していくのが本書の目的。

2章は都市国家と領域国家の財政の違いについて。都市国家も領域国家も傭兵への賃金を支払う必要があった。都市国家は領域国家より早く長期国債の発行が可能になった。また1500年以降に領域国歌も発行するようになると、それらより低利率での支払いを可能とした。
3章はヨーロッパでの代表制の進化について。何らかのグループが王からの承認を得るという形か、または王が財政のために開くという形で議会が生まれてきた。都市国家は規模が小さいために会議の頻度が高く、代表者が働いていることを確認することが容易だった。また都市国家は商人によって議会の椅子が占められており、国債の発行の認証も議会が担っていた。領域国家の議会は、新しい税に関して合意を得るために開かれていた。
4章は負債発行と政治制度の関係について。国家が支払いを果たせないリスクがあり、貸し手には履行を果たすことを監視する代表者を選ぶことができ、国のトップはデフォルトのリスクを下げることは監視抜きには嫌がるとする。このとき監視コストが低ければ、より監視するようになり、借りるコストも下がり、より借りることが出来るようになる。都市国家内でも差があり、より商人により運営されているほど信用借りがしやすくなることが示されている。
5章は都市国家の起源について。843年、カロリング朝はヴェルダン条約により三分割された。その中で特に中王国の分裂は早かった。その後西には西フランク王国、東にはバヴァリア(バイエルン)を中心とするオットー朝(神聖ローマ帝国)が現れたが、ロタリンギア地方は政治的にずっとばらばらであった。このエリアの都市が自律を保てたのはこのため。メルセン条約の国境線からの距離を操作変数にし、都市の発展をみている。
6章はケルン・ジェノバ・シエナを具体的に取り上げる。どの都市でも、商人の議会での存在感が信用借りのしやすさと関係している。
7章は都市国家が信用借りの出来なかった理由を探るため、フランス・カスティリャ・オランダを取り上げる。フランスにも一応は議会があったものの王の介入する余地は大きく、またパリ以外から資金を調達する権限もなかった。土地の広大さと、議会がしっかり利益を代表していなかったのだ。カスティリャは絶対王制、オランダはそうではないという違いはあれど、双方の財布事情は同じように地方の商人に握られていた; しかしカスティリャは広大なため契約の履行の確認が困難であり、資金調達がしづらくなってしまった。
8章はまとめ。戦争は支配者にとって課税のための交渉を可能にする議会を必要とさせた。情報獲得のためのコストが大きいと、コミットメント問題を解決するのは困難。革命を避けるために民主化するという議論は、一度権力の地位に就いたらその特権をコスト無くふるえることを暗黙の前提にしている。商人による寡占は、財政上は優位だったものの、結局は新規技術をもつ人の参入を阻害したり、高リスクなビジネスから低リスクなビジネスへと移行したりするのかもしれない。

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(感想)
・大量の回帰分析が出てきて頑健性のチェックに辟易するものの論旨は分かりやすく、大変読みやすかった。

・堺や今井町などの都市国家が、伊賀・甲賀・雑賀・根来などの傭兵で名高い地域の近くにあるのも、同様の理由かしらん。

・「経済成長の決定要因は地理じゃない?」
→「いや、政治制度じゃない?」
→「政治制度を決定するのは地理じゃない?」(イマココ)
混乱してきた。

・このプリンストンの経済史シリーズいいなあ、全部邦訳されないかな〜
http://press.princeton.edu/catalogs/series/pehww.html
posted by Char-Freadman at 00:56| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | ぶっくれびゅー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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