2020年06月08日

米国大学における所得分離と再配分の可能性

親が金持ちだと子も金持ちになりがち(所得持続性)という内容を調べる文脈において、エリート大学の学生の配分を変えれば所得移動性が高まる(=貧乏人の親から金持ちになる子が増える)と主張されている。

Income Segregation and Intergenerational Mobility Across Colleges in the United States
Raj Chetty, John N Friedman, Emmanuel Saez, Nicholas Turner, Danny Yagan
The Quarterly Journal of Economics,
https://academic.oup.com/qje/advance-article/doi/10.1093/qje/qjaa005/5741707

1980年から1991年生まれの子供につき社会保障番号と納税番号を把握し人種と親の納税額と郵便番号を把握する。またSATとACTの得点も利用する。大学は先行文献に従いアイビーリーグ+スタンフォード・MIT・シカゴ・デューク(以下アイビー+と呼ぶ)を頂点に5段階に分ける。
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ハーバードの学生のうち所得下位20%家庭から来ているのは3%、所得上位20%家庭から来ているのは70%でこれはエリート私立に典型的な分布。
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所得上位1%の家庭の子はアイビー+に入学する確率は所得下位のそれと比べ77倍になる。低所得の家庭の子は最強公立校のバークレー校より私立校のハーバード大に通う確率が低い。低所得者は授業料をあまり払わないでいいことを考えると低中位所得層がエリート私立校に通わない理由は授業料ではない。バークレー校も半分の学生は所得上位20%から来ている。所得による分離は、大学の名門度が上がるほど強く起きている。低所得家庭の子は入学する年齢が遅い。
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住所と同じように大学入学についても所得により分離が起きている。アイビー+の学生は特に高所得に囲まれて育っている。アイビー+の低所得出身者は子供時代に比べより高所得な人に囲まれることになる。これは単に自分の近所の大学に通うから生じているわけではない。
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親と子の所得階層の関係は大学に通うと薄くなる。高所得の家庭の子が所得上位20%に入る可能性は低所得家庭の子のそれと比べ40pp高いが大学に通うことを調整するとこの格差は20ppに縮まる。
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同じ大学卒の低所得と高所得の家庭の子の収入差は学業成績では説明がつかない。高所得出身の人は働きがちで結婚しやすい。同じ大学卒だとそこまで差がないが大学間で比較すると差がある。低所得の人は低収入になる大学に通う。
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貧困出身でも上位20%になる移動性が最も高いのはカリフォルニア州立大学ロサンゼルス校だ。公立大学では移動性が高い。
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同じような特徴、例えば同じ立地でも移動性は大学によりばらつく。
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所得上位1%になりやすいのはアイビー+の卒業生だ。人数が少なく寄付が多くSTEMの割合が高いのが特徴で、多様な移動性の高い大学と比べ同質的だ。低所得でSATやACTで高得点をあげる生徒は5%ほど。
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地理要因と人種構成を所与として親の収入に中立で試験結果だけを元に学生を再分配すると所得での分離は63.9%薄まる。試験結果・地理要因・人種構成で生じる所得分離は36.1%で、出願方式や審査や親の収入での入学審査で生じる所得分離は63.9%ということ。アイビー+での分離も38%ほど縮まるが全体よりは小さい。
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収入中立的な入学審査にしてもアイビー+に占める低所得層の割合は変わらないが中所得層の割合は27.8%から37.9%へ増す。現状では中流家庭が割りを食っている。分離を消すためには低所得層がSATで160点高い点を取る必要がある。現状行われているような卒業生の子弟優遇を低所得層出身者に行うと所得の分離は消えアイビー+ではより低所得層の学生が増すだろう。
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収入プレミアの8割が優秀な学生の選抜ではなく大学進学によるものという仮定を置くと、SATやACTのみを基準にし入学審査が行われていれば世代間の所得持続性は15%減る。現状のような黒人や卒業生子弟優遇を低所得層に行うと所得の世代間持続性は25%減る。
既存の教育計画を変えなくても学生の分配を変えれば世代間の所得移動性は変えうるのだ。
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2020年06月06日

インターネットとソーシャルメディアの政治経済学

Political Effects of the Internet and Social Media
Ekaterina Zhuravskaya, Maria Petrova, and Ruben Enikolopov
Annu. Rev. Econ. 2020. 12:19.1–19.24

https://www.annualreviews.org/doi/abs/10.1146/annurev-economics-081919-050239

伝統的なメディアには無いソーシャルメディアの特徴がまとめられている。

【政治利用】
初期はネットは政治利用されなかったからネット民は政治に興味を失うだけだったが時間が経つにつれネットを介し有権者を政治的に繋ごうという動きが出てきた。ドイツでブロードバンドが拡張すると投票率は下がったが各党の割合には変化がなかった。英でもネットの高速化は政治ニュースと娯楽の代替を促し投票率が落ち、政府の収支が減った。イタリアでもネットは政治参加を減らすが、ネットでの動員が盛んな五つ星運動はネットが高速化した地域で得票が伸びた。極左も極右もポピュリストはネットのおかげで拡大している。強権政治のもとにある市民にはネットは検閲されないかけがえのない政治情報を与える。マレーシアでは既存政党が大敗し南アフリカでも地方選挙で与党が破れた。途上国ではネットの拡張は選挙競争に繋がっている。ネットは反汚職への意識を高める。FBで投票を友人に示すことができるようになると投票するようになる。TWは投票への同調圧力となりうる。
【協調】
ネットでは政府に批判的な情報を収集しやすく、また集合行為をする日時と場所を他人と調整できる。微博は抗議行動のために使われている。また汚職に関しての情報も流れている。アラブの春ではハッシュタグが抗議行動を促した。ソーシャルメディアの内容が外生的に変わる状況をとらえねばならないから因果推論は難しい。VKはSPbSUの学生を介して広まったので卒業生が多いところはVKが広まっていると見ることができ、ソーシャルメディアは抗議行動もその参加者も増やすとわかった。FBは抗議を増やす。ネットの拡張で協調がしやすくなりアフリカでも抗議活動が増えた。ウォール街占拠もネットの影響を受けている。チリの教育制度改革を目指した学生の抗議活動ではネットワークの構造が重要だった。オンラインの行動も構造が重要だろう。
【エコーチェンバー】
同じ意見の人同士で固まる傾向はある。FBでは人は自分と逆の思想には触れないようにしている。TWでも同じ政治意見の人たちがまとまる。とはいえオンラインはオフラインほど分離が起きているわけではない。Tw利用者は政治的穏健化するとか老人ほど分極化しているという話もあれば、逆の思想への敵意が増したりFBの構造が政治的に分極化しているという話もある。FBの利用を停止すると時事知識が減り分極化は減るという話はある。
【憎悪犯罪】
外人嫌いや憎悪犯罪にも結びつきうる。集合行為を調整し、寛容な人が外人を嫌うようになるような情報が流れ、外人嫌いが通常であると誤って思い込むようになるからだ。ロシアではもともと国粋主義的だった地域にVKが広まると憎悪犯罪が増えた。教育の無い人に態度の変容が見られる。ドイツでは極右のFBのネット活動が盛んな日に難民叩きが増し、違う日にはすぐ消えている。アメリカではトランプのTW使用以降ムスリム嫌いが増えた。
【フェイクニュース】
イタリアでは選挙の時期に誤情報が拡散された。アメリカでも大統領選でFBでトランプ有利な誤情報が広まった。誤情報は特にFBを介して広まる。TW上の政治的誤情報は6%ほどだがその8割は全利用者の1%だけが見ていて拡散しているのは0.1%の利用者にすぎない。右派の老人に届きやすい。誤情報の拡散はFB利用者では稀だ。誤情報は正しい情報よりTWでは早く広く拡散される。特に政治的なそれに顕著。誤情報には怖れや不快や驚き、正しい情報には悲しみや喜びや信頼という反応が起きる。事実確認がされると急速に広まらなくなる。
【政治の説明責任】
FBを利用する政治家は増え有権者との繋がりが増すため既存の政治家にとっては利益となるがそのぶんオフラインでの政治活動は減っている。ロシアでは汚職追求ブログの影響で長期的には経営統治が改善してきている。ソーシャルメディアでは罵倒が渦巻き政治家から情報が流れるだけの一方向での利用に繋がっている。新しい候補者はTWアカウントを開設すると少なくとも短期的には得になる。
【専制国家による利用】
中国では政府に批判的な抗議運動を呼びかける記事は検閲されて消されているが現実の行動を呼びかけない記事は残っている。公民感情を調査するには便利だが集合行為が起きるのは困ると捉えているのだろう。中国の検閲は多くが簡単に回避できるものだが何が検閲されているかは市民は気づいていない。検索結果を操作し情報を妨害するのが効果的で完全な検閲は逆効果。インスタグラムの遮断はVPNへの利用を増やしFBやTWその他の利用に繋がり政治的に活性化する市民が増えた。検閲されないインターネットを利用するよう少し促すと知識や態度はすぐに変わりその変化は持続する。情報取得はかなり習慣的な行為だ。
中共は政府やその象徴や革命の歴史を讃える記事をソーシャルメディアに大量に流している。アジェンダ設定や議題の語られる調子を整えるのがその目的で、正規の職とは別にパートタイムで政府に雇われている人が担当している。国外の民主主義国家にも情報操作は流れてきておりその72%はロシア中国イランサウジアラビアだ。アメリカの大統領選挙とイギリスのブレクジット国民投票はボットにより影響を受けた。ボットの多くはロシアと関連がある。とはいえロシアは極端な人としか繋がっておらず失敗している。
市民の監視にも利用している。中共は地方政府の失敗をごまかしている。
【展望】
この溢れる情報に批判的に接するようになれるかを調べるといいだろう。若者層は老人層より誤情報には強い。
またソーシャルメディアには極端な思想や外人嫌いやポピュリスト的な固有の何かがあるのかを確かめてもいいだろう。既存の勢力がどのように慣れるものなのか調べてもいい。

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・コロナ対策やら黒人の暴動やらで民主主義国家が失敗すると強権政治のリーダーがここぞとばかりに民主主義叩いてくる&その手先どもがネットに溢れてくるけど背景にはこういう状況があるのだろうね。毅然とした対応取りたいものです!どんなにゴミでも民主主義がいちばん。
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2020年05月19日

最近の差別の経済学

最近の差別の経済学

Race Discrimination: An Economic Perspective
Kevin Lang, Ariella Kahn-Lang Spitzer
Journal of Economic Perspectives
vol. 34, no. 2, Spring 2020 (pp. 68-89)
https://www.aeaweb.org/articles?id=10.1257/jep.34.2.68

労働市場で白人と黒人の格差は大きく、黒人は白人より28%収入が少ない。伝統的には回帰式で年齢や教育と人種を変数にして賃金を説明しようとしてきたが、これだと人種の係数は説明できない差としか意味しない。またいくつかの変数は過去の差別の表れでもある、例えば親の収入を調整すれば人種格差を縮めるが、低い水準の黒人親の収入はその世代での差別の表れだろう。統計的に綺麗に扱うため細かく状況を分けて調べられている。
雇用者からの差別の調査には監査研究というものがある。似たような履歴を持つ白人と黒人を比較すると芋のだ。でもこれは完全には似たような経歴を揃えきれないので差別以外のものを拾ってしまう恐れがある。この問題を避けるために応対研究というものが行われている。名前を黒人にしてそれ以外は架空の履歴書を送りつけ面接に呼ばれるか見るというものだ。とはいえ名前は社会階層を示している可能性がある。生誕地を調整すると黒人ぽい名前とそうでない名前に差が生まれないという結果がある。同一企業内での差を見るという方針もある。小売業のアウトレットで白人の管理職は黒人の管理職と比べ特に南部で白人を雇い黒人を雇わないという傾向がある。これは管理職による差別か、管理職と労働者が同じ人種だとシナジーが起きているということか、雇用ネットワークに差があることか、労働者が同じ人種の管理職を求めているという可能性ができそうだ。後者三つの効果は見当たらない。
黒人は同僚から差別を受けている。同僚が同じ人種だと辞めにくいという結果がある。同じ人種と働けるなら8%まで時給を下げていいという結果がある。
顧客からも差別を受ける。架空のスポーツゲームだと白人も非白人もドラフトやトレードで選ばれるが、客と従業員が相対する場合は違う結果が起きる。薄い肌の黒人と白人の売春婦にはプレミアがつき、シンガポールでは黒い肌の顧客に対し差別がある。黒人のタクシー運転手にはチップが減る。白人が多い地域で黒人が雇われると小売の売り上げが減るがヒスパニックが増えると少し売り上げは増える。アジア系言語しか喋れない人が多い地域でアジア系を雇うと売り上げは増える。黒人が営業しているとipodナノは購入されない。商品の信頼度を人種や民族から推測しているのだろう。
以上の研究は統計上の利便性からどれも限定された環境を調べている。どれくらい労働市場一般において影響をもたらしているかは不明だ。
刑事においても黒人は差別を受けている。黒人は白人より警官に呼び止められやすい。犯罪は黒人コミュニティで多く生じているが場所を調整しても黒人は職質を受けやすい。アウトカムモデルという調べ方がある。差別がなければ、呼び止められた運転手は白人でも黒人でも同じくらいの確率で間違っていることが判明するはずだ。もし差があれば差別があるということになる。でもこれはギリギリ呼び止められた人に関してしか通用しない考え方であり、例えばマリファナを持っている平均的な確率を単純に比較することはできない。黒人とヒスパニックについては呼び止める敷居は低い。夕闇のベールという考え方もある。夜になると人種がわかりにくくなるので差別があるなら日中に生じているという発想だ。道が明るいと黒人は白人に比べ呼び止められやすい。関連する特徴を調整すると射殺される確率には差がないという結果もあるが記録のつき方にバイアスがあるという意見もある。
法廷でも黒人は差別を受けており、保釈金なしで保釈されるより保釈金を支払ってから保釈される可能性が高い。ただこれは被疑者の特徴を捉えきれていないだけなのかもしれず、また黒人は弁護士に頼れずうまく法システムを利用できていないからかもしれない。法廷調査でもアウトカムモデルは利用されていて、ギリギリ保釈された黒人の被疑者は白人のそれに比べ不行跡の確率が低い。懲役の長さについての証拠は少ない。
好みによる偏見は市場が駆逐するという考え方がある。偏見がない方が比較的低賃金で生産的な労働者を雇用でき、どんどん拡大するから黒人への需要は上がり賃金も上がるという話だ。賃金の格差は、偏見を持っている雇用者がどれだけいるかと、市場が黒人労働者の配分についてどれだけ柔軟性があるかにかかってくることになる。市場に摩擦があり賃金が競争的に設定されないなら生産的な黒人労働者は平等に支払われる職に就けず偏見のある企業は利潤が低いわけではないということになり差別は消えないということになる。
調査で人種差別の度合いが高いところは賃金格差が見られる。暗黙の連想テストを行い偏見の度合いを確かめると、偏見のある管理職に配置されると北アフリカ人は時間外勤務を命じられにくかった。またのんびり働きサボりがちとなった。速度超過の運転手は警官が見逃してくれるとき罰則が跳ね上がる敷居のちょっと下として記録されることになるが、黒人運転手は白人に比べそういう記録は少ない。
統計的差別は合理的差別と呼ばれる。これは自己実現的になることもある。投資して鍛えても企業から報われないと思っていればそうはしなくなる。黒人の生産性が低いと間違って思っている場合は好みに基づく差別と同様の状況が生じる。しかし情報を与えると反応は異なる。人種に相関する特徴の情報を与えると差別を減らすことができる。犯罪歴を雇用にあたり聞いてはならないという規制ができると、企業は黒人を潜在的な犯罪者だと思うようになり雇わなくなった。ただし情報を与えると、雇われていない人たちのプールは品質が下がることになるので長期的な影響としてはどうなるかわからない。アルゴリズムは意思決定のバイアスを減らせると言われているが人のバイアスをそのまま示すこともある。
色々な段階で差別は生じシステムと化しているので全体としての理解を深めるのが重要なのだ。接触をすることでそれが減らせるなど明るい話もある。
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2020年05月14日

困難な時期にこそ良質な経済学的分析をしよう!

Good Economics for Hard Times
Abhijit Banerjee, Esther Duflo

Good Economics for Hard Times - Banerjee, Abhijit V., Duflo, Esther
Good Economics for Hard Times - Banerjee, Abhijit V., Duflo, Esther

アメリカでも経済学者はあまり信用されていない。間違えることもあるけど、最新の知見の考え方の筋道を共有しようというのが本書の狙いだ。
移民に関する一般人の認識は間違いだらけだ。そもそもあまりおらず、欧州でも数%に過ぎない。働かず政府の負担となっているわけでもない。移民は国際的に見ればそこまで貧しくはない中東やメキシコから来ているがこれは経済的な繁栄を求めているわけではなく、紛争で故郷が耐えられない状況になっているから。移住くじを当てた人はかなり収入を伸ばす。噴火の影響で家が破壊された例をみるとそういう人はむしろ収入が伸びている。移民が受け入れ国の労働者の賃金に与える影響は小さい。これは移民がカネを落とし需要が増し、機械化を遅らせ、新しい雇用先が生まれ、競合しない職に就くため。同僚とうまくやれるかなど色々な色々な点を考慮しなくてはならないので採用活動は難しい。すでに雇われている労働者は移民に対して有利となる。移民はネットワークを持っていて職の斡旋等も行うが、それに参加できない人は悪質だと思われてしまうという逆選択が生じてしまう。インフラが足りず高層建築が禁止される都市では移住者にはスラムしか選択肢がない。家族農業が都市移住を損なう可能性もある。地方の人は移住先での賃金と死亡リスクのどちらも過大評価している。アメリカはどんどん成功しづらくなってきており、ブームが起きている都市もゾーニングで地価が高騰しすぎ貧しい人には住める場所ではなくなっている。移住の問題はそれが多すぎることではなく少なすぎることで、正しい情報を与えたり失敗した場合の保険を作ったり職とマッチさせたり育児補助をして社会に溶け込むのを援助すべきだろう。
自由貿易のもとでは労働が豊富な国は労働集約的なものを作り、資本が豊富な国は資本集約的なものを作って取引が起きるだろう。パイは大きくなるが貧しい国の労働者は得をして富んだ国の労働者は損をすることになる。国際間比較ではこの理論をうまく示せていない。この理論は労働者が移動を自由に行うから賃金が一国内では一つに定まると仮定しているが実際には労働も資本も硬直的だ。銀行家は恐れて新規に貸さない。インドで国内比較をすると貿易に晒された場所ほど貧困率の削減が起きず児童労働の現象も起きなかったとわかる。企業も反応が遅く創造的破壊は起きない。商売ではたとえ安くてもよく知らない相手から買うことはなく評判がものをいうので、国際貿易で安さを売りにしてもなかなか頭角を現せない。企業は集積するのでその産業が悪化した際も急激に打撃を受ける。中国との競争にさらされた地域は雇用が落ち障害者給付に頼る人が増えてしまった。貿易論が仮定するようには政府からの失業補償は十分ではない。アメリカのような大国にとっては貿易は経済の2.3%を占めるにすぎないが小国にとっては大きな存在だ。鉄道網の整備は国内市場の統合を果たし大きな効果があった。米中貿易戦争では米国の農家が敗者になろう。中国がたくさん買っているからだ。貿易を辞めるのは現実的な解決策ではない。労働市場の硬直性を減らし、貿易で打撃を受けた企業を特定し特に老人のために雇用を続けている企業に補助金を与えるのがいいだろう。
人の選好は安定しているのでなぜそうなっているのかを問うても意義があまりないというのが経済学者の標準的な考え方だ。貧者は一見非合理的に動いているように思えても実は理由がある。選好は個人を取り巻く社会の影響を受けないという仮定を起き分析がなされる。集団所有にも理があるしカーストの規範は個人の合理的な反応で長続きしてしまう。好みによる差別や統計的差別が起き、自己充足的な差別も起きる。黒人は学術に秀でていないと思われていたらそのとおり振る舞う。勉強すると白人らしく振舞っていると思われてしまう。人の行動は環境や歴史に左右されるとした方が良さそうだ。人はすぐ敵と味方に境界線を引くし似た者同士でつるむしSNSは同じ意見を持った者同士でしか絡まない。分極化が進んでいる。ジャーナリストは減っている。人は情報源が歪んでいるとわかっていれば意見を矯正できるがアルゴリズムで無自覚のうちに与えられるとそうはならない。接触により人は仲良くなる。アファーマティブアクションへの嫌悪は高まっている。無理に統合しようとしても意味が薄い。インドで実験すると自分以外のカーストと戦った人は違うカーストと仲良くならなかった。誰と戦うかが重要なのだ。アメリカの都市では黒人の率が12-15%ほどになると白人の逃避が起きて分離が進む。これを防ぐには全ての地域に低所得者向け公営住宅を作るのがいいだろう。偏見は世界に良くないことが起きているとか世間から見捨てられていると思っている場合に自分の心を守る反応だ。だから人種差別的発言をしている人を見下してもむしろ世間から尊敬されていないという疑いを確信させ差別感情を助長してしまうだろう。偏見は絶対的な選好ではなく他のことも気にしている。人種や宗教を気にしているように見えても実際はただ政治に興味がないだけだったりするのだ。公的な議論の信憑性がどれだけあるか明らかにしていくのがいいだろう。
戦後30年間、欧米は輝かしい経済成長を遂げた。でもその後は鈍化した。3Dプリンタや機械学習など現在の革新は大して影響がないと見る人もいれば脳の老化の抑制に希望を見出す人もいる。GDPは市場で価格がつくものについて計算するので見落としがあるのかもしれない。facebookは中断すると価値をそれまでのようには感じなくなるという調査があるが価値があることには変わりない。成長理論だと均斉成長経路では労働と資本が同じ率で成長することになるが実際には貧しい国が富んだ国より早く成長し収斂するということは見られない。経済の最先端を走る国は政策ではその成長率を変えられない。企業は収穫逓減であったとしても知識は波及するので経済全体としては収穫逓減を避けうる。知識の集約が大事ということになると減税が重要に思えるが実際には減税しても経済成長は生じない。貧困は減っていて途上国に目を向け始めた人が増えている。でもどういう指針を取ればいいのかはわかっていない。新技術を導入すればいいというものではない。資源を一番うまく利用できるものに行き渡らないという誤配分の問題が大きいのが途上国だ。携帯電話の普及まで買い手と売り手がうまく繋がっていなかった。親類に経営を任せてしまいあまり競争圧力を感じていないのもその例だ。政府の職を求め何年も無為に過ごす若者もいる。年齢制限を厳しくしたり試験を受ける回数に制限をかけて教育のある労働者が私企業で働くよう後押しをすると良さそうだ。経済成長は必ずいつか鈍化し中位所得の罠にはまる国がある。よくわからないものを追いかけるより教育や健康面などわかりやすい目標を掲げて進歩するのがいいのだろう。
二酸化炭素の排出量が多いのは圧倒的に先進国だが気候変動は貧しい国に大打撃を与える。暑いと学習効果が下がり生産性も下がる。途上国はエアコンを買う余裕もない。エネルギー効率性の向上は工学者が楽観視してきたがそうは進展していない。エネルギー消費は習慣なので高い税がかかれば行動が変容するだろう。インドと中国では大気汚染で数百万人が亡くなっている。環境インフラを整備することで雇用を生み気候変動と戦うグリーンニューディールでは、再分配に使うなど炭素税は貧者を苦しめるものではなくエネルギー利用を適正にするものだと明らかにする必要があろう。
多くの産業で機械化が進展しているが新しい職を作り出すほどの生産性の向上があるわけではなく、ロボットが増えるほど失業者が増えている。どこまでが人かどこからがロボットかを見極めるのは難しく、ロボット税はこの状況を改善できないだろう。1980年代以降の英米では不平等化が進展したがこれは政治のせいというより経済の構造変化のためだろう。ネットワーク外部性を利用したスーパースター企業が勝者総取りしているという説もあるがデンマークや日本はそこまで不平等化が進んでいない。金融業にレントが発生して社長たちの給料もそれに引きずられて高騰している。税率は下がり勝ち組を讃える文化が広まった。パナマ文書が明らかにしたところによるとトップ0.01%の富豪は納税義務額の25~30%を脱税している。国際的に金融資産登録を行うという提案がなされている。富裕税や高い累進課税への支持が増えてきている。アメリカ人は欧州人に比べ所得の移動性について現実より過大評価している。自殺や薬やうつなど絶望の国になってしまっている。白人の負け組中年は人生がうまくいかなくても国のシステムではなくヒスパニックや黒人や中国人労働者を叩くようになっている。政府が信じられていない。
アメリカはOECDの中ではGDPに税収が占める割合がかなり低い方だ。実際には税率が高くても働き続けるのは金持ちも中間層も同じだが、有権者はもし税率が高いと人は働かなくなると信じている。政府のサービスは替えがきかず無駄を減らすのは困難だ。汚職はそれゆえ起きる。イタリアでは政府の調達のためにコンシップという組織が立ち上がったが市場より高い費用でしか調達できないにもかかわらず利用され続けた。これはこの組織と取引している限り政府は汚職の糾弾から逃れることができたからだ。透明性を重視しすぎると法の文面にこだわり意図をないがしろにする可能性があるのだ。役人を罵倒しても以下の理由から逆効果。政府の役割を拡大しようとしても必ず反対に遭うだろう、なぜなら信頼できない人には任せないからだ。政府に勤める人の質が下がるだろう。また意思決定を奪い創造性のない人ばかりが集まることにもなる。そして汚職に慣れきってしまう。不平等の象徴だったラテンアメリカ諸国は近年改善してきている。条件付き現金給付が教育水準の改善に役立っている。
一様所得保障(UBI)の導入の可能性は近年多くの国で論じられている。予算がかかるのが最大の欠点だ。貧者への福祉は目の敵にされてきたが、給付を受けると働かなくなるという証拠はない。負の所得税の社会実験でも労働が歪む効果は薄い。人は何がしか目的を持って行動していたいものなのだ。途上国では最低限必要な所得保障と教育水準向上のための条件付き現金給付を導入するのが妥当だろう。少し手間をかけて給付者が取りに来るようにするといい。先進国では解雇を柔軟に行えるようにすると同時に手厚い補償を与え、また再教育のできない老人を引き取って雇用してくれる企業を援助するのもいいだろう。ロボットには不向きな社交やケアが重要になろう。良い場所に住んだ子は教育水準が上がる。早期の教育は重要だ。働く貧困層のために児童のデイケアを援助したり老人をケアするのが良いだろう。人は適切な条件が揃えば生産的に働けるものだ。問題を解決してから働くというものではなく、労働自体が回復の一環でもある。人は尊厳を持つ存在なのだ。

・「移民は地元の労働者の経済状況を悪化させない」「自由貿易に晒された地域ほど苦しんでいる」「AI化が進展している地域ほど苦しんでいる」「給付で働かなくなるわけではない」などいくつか引っかかる主張があったので全部引用文献に目を通してたらめちゃくちゃ時間かかった〜!!!でも納得しました。
・とはいえ苦しい地域に補償金を与えるとか老人雇用支援で補助とかは頷けないかな。失われた20年で日本がやってたことでは?あんま効果なかったように言われてると思うのだけど。東芝みたいにゾンビ化するだけのような。
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2020年05月13日

課税と移住の関係

Taxation and Migration: Evidence and Policy Implications
Henrik Kleven, Camille Landais, Mathilde Muñoz, Stefanie Stantcheva
Journal of Economic Perspectives vol. 34, no. 2, Spring 2020 (pp. 119-42)

https://www.aeaweb.org/articles?id=10.1257/jep.34.2.119

国や地域により税率と公共財の提供水準は異なり、人は移住に際しそれを考慮するだろう。ただデータは少なく実証が難しい。一つの方法としては賃金など手に入るものだけ使うというものがある。税率が上がった場所では賃金が上がらないといけないはずだ、なぜならそうでないとそこから人が逃げ出すからだ。実際税率と賃金の関係を見ると弾力性が-1でないとは言えない。ただし0でないとも言えない。近年は特定の人々を調べるという方針もある。サッカーや発明家は追跡しやすい。また移民データの詳しいスカンジナビア諸国が調べられている。移住は限界税率ではなく平均税率を考慮して行われるのでこれを計算し、またその他社会保険についても考慮する必要がある。また地元の労働市場の状況や公共財供給などその他の移住要素とは無関係に税率が変化している時期を見つける必要がある。所得上位層は限界税率と平均税率が一致しまた様々な税改革の対象となってきたので調べやすい。
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北欧は税率が高く外国人は優遇され優遇度合いにもばらつきがあるのだ。
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とはいえ所得トップに外人がいる国はトップに高い税率を課す国であり、移住を決めるのは各国特有の環境であるのがわかる。
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デンマークは1992年に外人優遇税制を導入したので前後でDIDが行えて、影響下にある高所得者の外人の移動性はそうでない層に比べ倍になとわかる。
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この移動性は産業ごとに異なる。自国民は動かない。
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アメリカのような大国でも合成コントロール法により同様に調査でき、1986年の税改正前後を見るとスター発明家の移動の弾力性が3にもなる。富や不動産についてのデータは少なく、フォーブズ400を見ると不動産税に反応するのは富の分布のトップ層であることがわかる。課税可能な富の弾力性も調べられている。パナマ文書で明らかになったのは富の上位0.01%は租税回避地に富を移動させるということだ。人よりカネの方が移動しやすい。各国が協調しない場合、生産性への波及や混雑を無視するなら最適な課税率は1/(1+η)でこれが税収を最大化する。ここでηは外国人の税と移動の弾力性を示す。弾力性はわかっているので様々な社会保障税を補正した上でこれで推計するとデンマークの実際の外国人への税率は最適課税率より高く、税収を上げるという目的のためだけでも正当化しうることがわかる。とはいえこの弾力性は制度が違えば変わりうるし近隣窮乏化政策になってしまう点にも留意する必要があろう。またある国が税を下げれば他の国も下げるという可能性も考慮せねばならない。また自国民は動かないのでこの最適税率は1になるが、あくまで以上の議論は外国人へ取り扱いを変える場合において関係する話である。政府間で協調できるなら、どのレベルでやるのかそしてどの財政政策に関して行うのかという点が重要だ。地区レベルだと国レベルより移動から受ける影響は大きく、国レベルだと公共財提供のために税収を増やす必要がある。また多様性のある地区だと累進課税が困難になる。近隣窮乏化策をやめ財政の外部性を内部化し住民の移動性が課す制約内において再分配の選好に基づき累進課税率を差別化することになろう。ある地域が大きく、制度間で税の協調があり、ビザ発給のしやすさやその他社会保障が寛大なら移動の弾力性は低くなる。
現状の研究は調べている対象が限られておりまた移動の弾力性は固定されたものではないので、より多くの人についてまた集積や公共財提供について移住がどう起きるか調べると良さそうだ。
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2020年04月04日

歴史と経済発展

Nathan Nunn, The historical roots of economic development
Science 27 Mar 2020:
Vol. 367, Issue 6485, eaaz9986
https://science.sciencemag.org/content/367/6485/eaaz9986

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ここ1000年の経済成長を見てみよう。ある地域の西暦2000年のGDPの順位を完璧に予測するのは1800年の順位で、1500年のそれでもそこそこ予測できる。成長に違いが生まれ始めたのは1500年ごろで18世紀には加速し始めた。アメリカカナダオーストラリアニュージーランドなど海外の西洋分家は例外的にそれまでの歴史を覆して成長している。

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開発経済学は長いこと土地や機械や教育や健康などに投資できないことから貧困の罠が生じているという考えに囚われ、歴史を無視してきた。一方経済史は地域に囚われ、違う地域間での比較や社会の文化的進化を見過ごしてきた。90年台後半から00年代初期にかけ現在の所得の違いは15世紀に始まる欧州との接触の違いで説明しうるという話が台頭してきた。鉱山開発やプランテーションの奴隷制のラテンアメリカと海外の西洋分家とで差があるという指摘がまずなされた。その後はもっと細かく見る研究が主流だ。発掘のためのミタ制の内外で比較すると強制労働が行われた地域では現在でも低収入で貧困が多く教育も少なく健康も良くないという結果になる。1400~1900年での奴隷の出荷数が多いほどその国は低所得になることもわかる。大西洋奴隷貿易を行なった欧州各国は勃興した。新しい商人階級が発展するような制度ができたからだ。蒸気船の登場は取引費用を減らしたが、海外の西洋分家などその効果が大きい地域は利益を得たが普通の西洋植民地はそうではなかった。
法典の違いは発展の違いを生む。大陸法は英米法ほど取引の扱いに優れていないため発展の度合いが低くなる。植民時に死亡率が低かったニューイングランドでは法制度が整備されたが、死亡率が高かった熱帯アフリカではそのような整備はなされず収奪が行われた。後者の地域は貧しいままだ。
歴史を考える上で社会的文化的な要因を進化の枠組みで捉える研究も進んでいる。ツェツェ蠅の住みやすさの指標を作り、それをアフリカの地域に当てはめたものがある。棲みやすい地域ほど工業化以前に政治的経済的な発展が遅れている。これは家畜化した動物の導入が遅れ、その結果貿易量が減って農業の集約度が低くなり、人口密度が低くなってしまったため。行政組織は独特な文化の特徴を持っていた。例えばイタリアの都市国家では好社交的な文化が生まれ今日にも受け継がれており、東欧のうちハプスブルグやオスマン帝国に支配された地域でも同じ傾向がある。19世紀のハプスブルグ帝国の一部だった村では法制度への信頼が高い。また女性の労働参加への賛成度合いの差を説明する研究もある。大麦小麦ライムギなど平らで深い土壌の中に育つ作物は鋤での農法が向いているが、モロコシや黍など斜面や岩や薄い土壌で育つ作物は向いていない。鋤を使う農業では男は外で女は家で働くという形が続いた。現代でもこの時期の性規範が残っている。また共産主義国では男女の平等が叫ばれ現在でもその影響が残る。奴隷貿易では男が減ったため女の役割が増え労働や軍事や政治への参加が促されたがその文化が残る。畜産業の行われた地域ではでは男は家を離れたことから、女の貞操を確保するために女性器切除や移動の制限を課した。その影響がやはり規範として残っている。
最初期の研究では国家間を比べていたけど近年では地域内や民族内や村内で比べ個人レベルで把握することも行われている。操作変数やDIDや回帰不連続や傾向スコアや自然実験で因果推論がなされる。再現性の検証として多くの地域で同じ理屈が成り立つか確かめられている。違う歴史的背景で確かめたりもする。
学際的な協力が進んでいる。人類学は多くのデータを持っていて魅力的だ。中央集権の度合い、花嫁価格、鋤文化、牧畜、妻方居住婚、母系制など文化の重要性についての知見がある。文化の差を見るのでなく起源を理解しようという方向もある。名誉の文化の度合いはアメリカ南部で高く北部では低く死亡率に差が見られる。これはスコットランドまたはアイルランド系の移民が北米大陸に着いたとき、公的な法の支配のなかった南部では名誉の文化が残ったが、すでに法の支配があった北部では残らなかったからだ。母系制は家族内に分裂を生むと言われている。母系制の地域的な広がりの境界があるDRCでは境界内外で比較が可能だ。実験ゲームをやらせると母系制文化の夫婦は協力しないが女の権力が強いことが示された。女が強いほど子どもへの投資が増すことは知られていて、実際にその地域の子どもは栄養が十分で教育が高く死亡率も低い。WEIRDの個人主義がどこから来るのかを調べた研究もある。中世の教会がいとこ婚を禁止したため親戚の付き合いが弱くなり個人主義の社会が生まれたと見ている。
文化や心理面の変化を調べる方向もある。紛争が協力を促すという実験ゲームもあるし、紛争が宗教心を強くするという結果もある。宗教心が強くなると協力するというわけだ。外部の環境が伝統重視の度合いを調べる研究がある。西暦500年まで気候データを調べると、安定した環境の地域ほど伝統を重視している。どのような文化の側面が変わりやすいかなどを調べるのもいいだろう。
歴史は政策考察の上で無意味という主張は間違いだ。一時の出来事が大きな変化を生むこともある。歴史は持続的な影響を持つが政策介入が無意味ということにはならない。西洋医学は効果があるのにアフリカでははねつける人がいる。これは歴史的に根を持っている。植民地時代の眠り病の治療で盲目になってしまう人が出たのだ。西洋医学を信頼しないという風土が残り、アクセスを与えても利用しないという状況が生まれている。またアメリカでも梅毒の治療を黒人には行わないという地域があった。黒人は医療制度への信頼をなくし今日でも死亡率は高く寿命も短い。黒人の患者は黒人の医者に看させると効果が上がるという結果がある。これは歴史を利用した介入といえよう。
我々がどこから来てどこに向かうのか教えてくれるのは歴史なのだ。

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非常に簡潔にまとまってる近年のポリエコ文脈の概説。すごい。。。
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2020年04月02日

資本とイデオロギー(ノーカット版)

Capital and Ideology, Thomas Piketty

Capital and Ideology - Piketty, Thomas, Goldhammer, Arthur
Capital and Ideology - Piketty, Thomas, Goldhammer, Arthur

現状の不平等を正当化するロジックは歴史的に常に存在してきた。でも不平等は経済的でも科学技術の進歩によるものでもなく、イデオロギーそして政治的な帰結なのだ。社会がどう構築されるべきかを決めるのは境界と所有権の2点だ。参政権があるのは誰か、領土はどこまでか、他国とどう接するか。そして何を持てるか、どう世代に受け継がれるかなど。歴史的に色々な方法が試されており、今ある不平等は不可避のものではない。1980年代以降税の累進制は減り資本の不透明な循環が加速したが、これを防ぐことができなかったのはなぜかという疑問が起こる。1950~70年代は英労働党も米民主党も貧しく教育の無い者が支持していたが、1980年代からは教育のある者が支持するようになり、1990~2010年では金持ちが支持するようになった。社会民主的連合は貧者を統合するようなイデオロギーの更新に失敗したのだ。そこで本書は歴史を踏まえ新しいイデオロギーを提唱していく。
中世は聖職者・戦士階級の貴族・第三身分からなる三身分制だった。これは世界の多くの地域で見られ、現在もその断片が観察できる。聖職者と貴族だけに所有権があり、王権は所有権と密接に関わり秩序を維持するために軍事また警察権を行使した。労働者は移動を制限され上位者の所有物であった。この不平等が秩序を維持するために必要として当時は正当化されていた。安定的な社会にはある程度の正当化がなされるもの。必ずしも身分は固定されていたわけではなかった。理論上エリートは神権と王権とに分断され、庶民は統一されていた。
アンシャンレジームでは地方が力を持っていたので中央の権力は誰がどれだけ財産を持っているか把握しきれていなかった。1380年から1660年まで聖職者と貴族は合わせて人口の3.5%ほどを占めていたがその後下落し、フランス革命前夜の1780年ごろには1.5%程度だった。人口増加、免税貴族の廃止による税収増、地位の金銭化、財産を長子に集中させて権勢を守る、など様々な要因がある。貴族は1780年ごろは全土の半分を所有したがそれは1810年には25%ほどに落ち、そして復古王政では45%まで戻した。この動きは経済よりイデオロギーと政治により説明できる。教会は全ての財産の3割を所有していた。これはどの組織より多く影響力があった。教会法に沿うようどのような金融取引が可能かに苦心していた。財産法の起源は教会にあるのだ。
1789年は大分断が起きた。王権は中央政府のものとなり、所有権は不可侵のものとされ分離されたのだ。まずは「歴史的」な方法がとられ、契約上のものとみなされない権利は剥奪されることになった。でも実際には無給の労役やインフラ利用料金の徴収などは貴族の権利として残った。これはブルジョワは保守的で賃料という概念そのものが脅かされるという恐れを抱いたからだ。小作地の所有権者を売買で変更する際領主に支払わなければいけないロッドという権利もまた残った。これは現在の不動産譲渡税だ。次には封建関係で使われた用語のものは廃止しようという「言語的」方法がとられた。中央政府が国権を振り回さないという信頼は最初はなかった。この新しい所有権社会は人を解放するという側面はあったが、既存の所有権は正統性がなくても神聖なものとして扱うという側面もある。
相続文書を分析すると1800-1810年ではトップ1%は私的財産の45%を所有していたが、1900-1910年には55%を所有することになった。ベルエポックのパリは特に資産の集中が顕著で、70%は何も持たずに死んだ。これは収入にも遺産にも非常に定率の税しかかからなかったためで、資本の自由な蓄積を許していた。政治とイデオロギーの変化で累進的な相続税ができたのはようやく1901年になってからだった。これはフランス革命が自由と平等を謳いフランスは特別だと思い込んでしまったことにも遠因がある。
イギリスは庶民院にも貴族が登院していた。累進税の導入の顛末において貴族院の影響力はようやく完全に失われた。スウェーデンは貧しく非常に富が集中した国で、資産に応じて投票権が与えられたため1人でその地区の過半数を占めてしまうような個人が何人も存在した。でもイデオロギーの変化で暴力抜きで平等な国になっていった。所有権社会ではどこでも同じくらいの富の集中が見られ、教育が必要とされる時期に不平等が高まり不満が生まれ、植民地支配で解放という理想へケチがつき、ナショナリズムが高まってしまった。
奴隷や農奴にどれだけ自由が認められたかは社会により異なる。英でも仏でも廃止時には奴隷所有者への賠償がなされ、奴隷本人にはなされなかった(議論すらなかった)。ハイチは100年以上にわたり仏に莫大な賠償を払い続けた。これは所有権が神聖視されたためだ。アメリカでは北東の工業また金融部門に対抗した民主党は南部の奴隷制を支持しその後の米国の政治史でも一貫した行動をとっている。
植民地は非常に不平等な社会だった。ハイチではトップ1%が収入の60%近くを占めた。これは生存を可能にする資源以外を全てエリートが奪ったと言える。植民地の予算は現地で均衡していた。英仏の海外資産は非常に高く、軍事行動や不平等条約の押し付けで賠償金を奪っていた。現地民には権利はなかった。フランスはアフリカ諸国と連邦を組もうとしたが失敗した。今ある国際関係は絶対のものではない。
インドには4つのヴァルナ(階級)として聖職者のバラモン、戦士のクシャトリヤ、農民や職人や商人のヴァイシャ、奉公人のシュードラがある。王権をバラモンが賢く導くという形は欧州のそれと似ている。階級は固定されたものではなかった。食生活と父権社会がその特徴だった。イギリス政府は共同体の単位を指すジャーティへの理解がなく垂直的な支配に利用しようとしたが失敗した。19世紀末にはバラモンは7%ほど、クシャトリヤは4%ほどであり欧州のエリートと同じような割合だった。今日に至るまで同じような割合になっている。これは政治的分断の結果だ。不可触民やその他の下層階級のためにアファーマティブアクションが取られ議会の枠が割り当てられ、実際に生活水準は向上させたもののエリートとの溝は深まった。教育や保健への投資と税負担が拒否されてしまった。土地改革も進まなかった。
欧州の政府は19世紀には国民所得の8-10%の規模だったがオスマン帝国や清のそれは1%で警察国家にすらなれなかった。これは欧州は戦乱が相次ぎ財政能力を高める必要があったためだ。重商主義と保護主義がその特徴。日本の武士階級は明治維新前には人口の3%ほどだった。列強に支配されないよう工業の発展と教育の進展を進め、部落民を含めて国民の統合を果たした。中国では儒学が国教のようなもので教養人が役所や共同体のために尽くす伝統があった。中共という宗教への連続性を見る向きもあるけど二点の違いがある。まず、財政的に弱すぎて中央集権ではなかったこと。次に、知識階級は戦士階級の八旗に負けていたこと。科挙の資格も売られることがあった。民衆の反乱は欧米の介入を呼び込み失敗に終わった。イランは神権政治であり平等が謳われているが実際には富の配分は不透明となっている。
1914-1945で私有財産制社会は終わった。戦争よりも、海外資産の収用や企業の国有化、家賃や価格の統制、インフレによる公債の縮小、歳入確保のための資産課税といった政治的変化がこれをもたらした。最大で70-80%になる累進課税が導入され実効税率としても80年代に至るまでかなり高かった。二つの大戦、ボリシェビキ革命、大恐慌といったショックに対し私有財産を神聖視することで繁栄につながるという思想が力を失う大転換が起きたのだ。
1917-1991の間にはアメリカ資本主義とソビエト共産主義が存在感を示し、ドイツや北欧で見られるような労働者との共同経営など私有財産制を超えるような発想はなかなか浸透しなかった。20世紀初頭から半ばまでアメリカは欧州より労働生産性が高かった。これは教育で圧倒していたからだが次第に逆転した。アメリカでは不平等が高まり、成長率も落ちてしまった。平等になる投資とは訓練と教育のことだ。アメリカが欧州より生産的だったのは私有財産を重視したからではなく教育が進んでいたから。非常に高い累進税率でも成長はできる。とはいえ今は欧州でも教育予算は伸び悩んでいる。社会民主主義は資本主義と国民国家を超えることに失敗し続けてきた。累進的所得税と累進的相続税は導入できた国はあるが累進的資産課税は反対に遭っている。租税競争の影響も受けている。税制には慣性があり18世紀の制度を引きずっていることもある。正しい税制については昔から多くの議論がなされており歴史として何を学ぶかは様々だろう。
ソ連は私有財産制からの脱却を目指した。でもどうすればいいかわからず混乱が起き、結果として独裁になった。恐怖政治で5%が収監され飢餓に満ちていたがそれでもロシア帝国よりはマシであった。以前は農奴がいて富の集中度が高かったのだ。ソ連では指導者と労働者の給金の差は比較的緩く収入の不平等も低かった。とはいえ移動の制限など別の不平等はあり、また生活水準は西洋に比べ低いままだった。崩壊後はショック療法でオリガルヒに巨大な富が集中した。公式統計は不透明で資本逃避が起きている。中国も改革開放後は非常な速度で不平等が拡大している。不透明な制度のくせに党員はちゃんと人民を代表し優れた委員会が議論をしていると嘯いているが、西洋に対する批判には耳を傾けるべきだ。メディアが機能せず金権政治となっているという指摘はその通りだ。東欧はEUに吸収されたが幻滅は根強い。不平等が拡大し、対して賃金が伸びないことにつき仏独の資本家への不満が高い。
超資本主義と呼べる現在、80年代からはどこの国でも不平等が増加している。最も不平等なのは中東の産油国だ。気候変動への興味が高まっているが自然資源を国民所得に取り入れるのは難しい。CO2の一人当たり消費量は先進国で高く、これを改善するには累進的炭素税を導入するといいだろう。土地その他資産の管理を任されているのは私企業であることが多く、先進国では富裕層がどれだけ稼いで資産を持っているのかのデータがどんどん不透明になってきてしまっている。女性が所得上位1%に占める率は相変わらず低くなかなか追いつけていない。貿易の自由化で関税という収入源をなくした途上国は税収が国民所得の数%ほどしかなく基本的なサービスしか提供できていない。リーマンショック後の欧米の中央銀行は量的緩和を続け債券を買い漁っている。大恐慌は防いだものの構造改革が進まなくなり貧富の拡大にも繋がっている。メリトクラシーを強調し勝者を崇め貧者を叩くという思想が根強い。億万長者が栄誉を横臥している。
仏でも米英でも1950年代の左派は教育の無い労働者のための党だった。でも現在では逆転し高学歴のための党となっている。資産を持つ人は一貫して右派を支持してきた。女性は50年代は右派を支持したが、現在は左派を支持している。右派を支持する宗教はキリスト教だけ。アフリカに先祖を持つ人は左派を支持する。宗教と民族は分離の基盤として無視できない要因だ。さてこの逆転が生じた理由は、伝統的に労働者のために教育を重視してきた左派が高学歴者に支持されたからだ。ちなみに現在のフランスは教育は非常に不平等となっている。知識階級のバラモン左派と商人階級とのエリート間の争いとなり貧者は取り残され投票率が低い。国際派か移民排斥か、平等化不平等かの二軸で2017年のフランス大統領選はきっちり4候補が20%超の指示で分かれている。これは不安定な状態であり移民排斥社会主義がのさばる可能性が残っている。市場重視のEUを支持したのは金持ち層で金融資産に課税されるのを妨害している。
アメリカでも同様の逆転現象が生じ民主党は高学歴者の党になった。人種は政治に亀裂を生み黒人の9割、ラテン系の6割が民主党に投票している。アメリカの方が仏よりも人種の差が固定的である。これは白人の差別主義者が民主党支持を取り下げたからではない。長期的な変化だし人種が関係ない場所でも同じ傾向があるからだ。それより、最も不利な人の生活水準を上げるよりも教育の平等を掲げていることがこの原因だ。強い累進課税に戻ろうという意思は民主党にも見られない。同じように高学歴の商人階級と利益が一致するからだろう。英も同様だが米仏に比べ緩やかに生じた。ムスリムは労働党を支持している。移民が政治問題になった。EU離脱を支持したのは低学歴・低収入層だった。労働者の自由な往来だけでは不十分であり財政出動による保護がなくては失敗するのだ。
日本を除く全ての先進国でこの左派の支持層の逆転現象が見られる。旧東欧では市場への幻滅から移民を排斥し貧者には手厚く再配分を行うという政党が人気を集めている。ハンガリーでもイタリアでも同じである。国際社会を嫌うという傾向からこれらの政党は欧州内で真の再分配を行う主体とはなれない。インドや米の連邦制を見習いつつ欧州の伝統を引き継ぐ欧州議院を作る必要があろう。人口に応じ代表がいて所得税法人税資産税を決め国家間の所得移転は上限を設け(非難を避けるため)再分配を行う新しい制度だ。租税競争に負けないよう累進税を廃止してしまうという小国症候群を克服するために税は国々で協調して決めるといい。インドは独立後ずっとINCが政権を維持したが1990年からはそれが変化しヒンドゥーの伝統を強調しイスラム排斥を掲げるBJPが台頭してきた。この支持基盤はバラモンで、政府や学校における低所得者枠に反対している。ムスリムや低カーストやその他階級(OBC)は違う党を支持し、西洋とは対照的に階級闘争となっている。BJPは切り崩しを図りOBCからの票を得ている。ブラジルもまた階級闘争だ。アイデンティティと階級は政治の理解に欠かせない。制度の変化にはイデオロギーを要する。ポピュリズムと雑に呼ぶのはやめ、財政社会教育システムをどうすべきか歴史に学ぼう。
最後の章では誰もが教育や医療など必要な財を利用でき社会に参加でき討議する連邦社会主義を提唱する。労働者も経営に参画させる。そして富の固定化集中化を防ぎ循環させるために累進所得税・累進相続税・累進資産税を導入し資産を透明に管理するのだ。また一人一人に若い頃に資産を与えて運用させるといい。富豪が死んでからではなく若くして財産を利用できるようになる。低額の政治バウチャーで金権政治を防ぎ累進的炭素税で環境に配慮し平等に教育基金を与えて教育程度を決めさせる。金融の透明性と税制の執行と環境配慮のために国際的に強調する必要があろう。


・資産を社会に循環させるためにラディカルマーケットとまるで違う発想が出てくるのとてもおもしろい。
・教育が無い人は左翼を支持しなくなったとあるけど、左翼の政策は常に教育を重視してるから、教育がなく貧しい人は教育政策をどうでもいいと思っているということなのだな。もっと他に施策が必要と。
・ケインズやハイエクなど保守のスノビズム叩いてる箇所結構あるけど本書の主張を裏付ける逸話としたら現代では左翼でも右翼でも高学歴者が低学歴者の苦しみに冷淡だというネタを盛り込んだ方が良かったのでは
・楽しませてもらったのであんまフェアな言い方では無いかもだけど歴史に学ぼうと言いつつ恣意的に歴史解釈を始めるの大陸左翼の伝統だなーとか思ってしまった。

あと面白かったところ抜粋
・「インドは亜大陸を一つにまとめてるけどイギリスは20世紀初頭にアイルランドを失い今はスコットランドを失いそう」イギリスへの皮肉キレッキレだな!
・物語で英雄が出てくるのは三身分制の特徴
・所得を直接把握するのが嫌われたから窓税がある
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2019年10月21日

より良い税制を作ろうではないか!

The Triumph of Injustice: How the Rich Dodge Taxes and How to Make Them Pay

The Triumph of Injustice: How the Rich Dodge Taxes and How to Make Them Pay
The Triumph of Injustice: How the Rich Dodge Taxes and How to Make Them Pay

Emmanuel Saez, Gabriel Zucman

税は金持ちが負担すべきか?経済学者の仕事は主に現状を明らかにすること。著者は金持ちの税の抜け穴を塞ぐ良い課税案があると力強く説得してくる。
GDPではなく国民所得を見てみよう。GDPは国内の総生産で、これに資本の償却を引き海外からの純所得を足したものが国民所得だ。アメリカの一人当たりGDPは9万ドルだけど国民所得は75000ドルになる。さて所得下位50%の所得平均を見ると18500ドルしかない。その上40%までの中流の平均は75000ドルとなる。所得上位1%が占めるシェアは上がり続けている。さて税を見てみよう。所得税は税収の1/3を占める。配当や退職金や留保利益は免税となり、課税可能収入は所得とは一致しないのだ。1980年には71%の所得が課税できていたが、課税ベースは萎みに萎んだ。給与税は132900ドル以上の収入だと免税となり逆進的になっている。消費税は燃料やアルコールなど物品税として課されておりこれも逆進的。法律上ではなく経済的に誰が税を負担してるかというと結局のところ国民である。所得のほとんどの層には28%程度の一律税となっているが、上位400人くらいは20%しか負担していない。これは所得が課税を免れ法人税も課せず控除を受けているため。税収の上げやすさや公平の観点や不平等を防ぐ観点から直したほうがいいだろう。
17世紀のアメリカは資産に課税することで税収を集めた。新大陸の税制は旧世界より累進的だったのだ。南北戦争で所得税は導入されたけどしばらく違憲とされたけど1913年に実施された。固定資産税が累進的なのと格差是正の側面を持つという点で米国は世界の先を行っていた。1951年から63年まで所得トップ層の限界税率は91%で、租税回避は起きたものの国民所得の推移を見ると課税前収入の不平等は実際に減ったことがわかる。
レーガン政権でこの状況は一変した。限界税率は28%まで落ちたのだ。イデオロギーの影響もあるけど、租税回避が横行し金持ちへ課税できないと嘆いていたのも大きい。でも、1930~1986年の間に租税回避を防ぐことはできていたのだ。キャピタルゲイン課税は25%で所得税は90%だったから所得じゃなくてキャピタルゲインでもらう誘因は大きかったけど自社株買い戻しは違法とされてた。税控除を受けるためだけに損害を計上する租税シェルターはレーガンの就任までは流行っていた。レーガンは減税と同時にこれを撲滅すると公約し、それを果たした。貧者は脱税し富者は節税するという俗説はあるけど、IRSの監査のデータやパナマ文書を見るとまるで逆なのがわかる。普通の人は税を回避するのは難しいけど金持ちは様々な手法で回避できる。でも絶望する必要はない。海外銀行は顧客のアメリカ人がどのように収入を得ているかIRSに情報を伝えるという条約が国際的に交わされた。脱税をどこまで許すかは政府、ひいては人々が決定することなのだ。
法人税はずっと下がり続けている。グーグルやアップルはバーミューダやアイルランドに会社を設立し、利益を移すことで課税を逃れている。社内の取引で商標やらロゴやらを移転させているのだ。多国籍企業の40%、アメリカのそれは60%もが租税回避地に利益を移しているという推計がある。そういう国々は主権を売り渡して世界中から税収を奪うことで利益を得ているのだ。実際の経済活動は租税回避地には移らない。国際的に協調してこういう逸脱を潰す必要があるけど現状はうまくいっていない。
アメリカは税負担が低いとされているが保険料を考えるとそんなことはない。いっぽうで法人税は下がり続けている。生産には資本と労働が必要で、このうち弾力性が低い方が法人税を負担していることとなる。一般に資本は弾力性が低いと言われてきていてそれなら課税しない方が良いという極めて有名な議論がある。でも実際には法人税が高い時期にも投資は行われているし、資本は税よりも規制に反応するのだ。法人税率を低くすると法人化で給与を誤魔化すことが横行してしまうから直さねばならない。
でもこれは以下の手段を取れば解決できる。まずは、各国がそれぞれの多国籍企業を監督すること。フィアットがジャージーに利益を移して0%を収めたとしても、イタリアは伊企業として支払うべき法人税率例えば25%を徴収してしまえば良い。各国が最後の課税者として振る舞うのだ。そして各国で協調して最低課税率を決めること。そして従わない国に制裁を科すこと。こうすれば二重課税を防ぐ条約には違反しないし今すぐ始められる。
税収を最大化するために累進税を課すなら弾力性の低いものに課税すべきで、収入が集中してるようなら富裕層に多く課税すべき。租税回避は防げるし、課税所得は弾力性が低いのだ。限界税率を75%(平均では60%)くらいにすると良い。このために公民保護局を立ち上げ、租税回避を見張り海外の税実践を監視させよう。キャピタルゲインを含めどんな収入も同じ税で扱うようにし、法人税と所得税を統合し、資産税を課せばこれを達成できる。資産は隠しにくい。会社の株が取引されていないようなら市場を作り出し、資産税として代わりに納めるようにできるようにすれば良い。オークションにかけて正しい価値が割り出せる。
1946-1980はほとんどの所得層が2%の収入の伸びを得ていた。でも1980年以降ではトップ層しか伸びていない。フランスと比べるとアメリカの労働階級の伸び悩みは顕著だ。不平等は権力の不公平を生むし、富裕税の正統性が増してきている。
保険料は給与税から支払われていて非常に逆進的になっている。そこで著者は一律の所得税を提案する;労働収入も企業の利潤も利子も同じ率で課税するというものだ。教育や金融は免除されるVATと異なり税源は極めて広くほぼ100%だし、生活保護受給者には負担がない。より良い税制を作ることはできると力強く呼びかけている。

・taxjusticenow.orgで税率と税収の計算ができて楽しい。
・累進課税の淵源をアメリカに求めてるけど、代表なくして課税なしの精神もまたアメリカだと思う。
・所得の計算かなりツッコミが入ってるので解決策はともかく数値は注意を持って見守りたい。主に法人税は誰が負担してるのかという点について議論になっているのだ。
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2019年10月09日

民主主義という狭き回廊

The Narrow Corridor: States, Societies, and the Fate of Liberty
Daron Acemoglu, James A Robinson

The Narrow Corridor: States, Societies, and the Fate of Liberty
The Narrow Corridor: States, Societies, and the Fate of Liberty


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人は自由に生きるためには法を要する。無政府状態だと常に脅威に晒されており自由とはいえない。強力な中央集権政府があればいいかというとナチや中共の失敗を見れば明らかだ。強い規範で人を縛る社会もまた息苦しい。社会がしっかり国家権力というレヴァイアサンに手錠をかける必要がある。
アテネのソロンは債務奴隷や人質を禁じて市民の権利を強化すると同時にエリートの支配もまた強めた。政府が強すぎても社会が強すぎてもダメで、人が自由であるためには両者が赤の女王競争をし続けて能力を伸ばしていかねばならないのだ。アメリカ建国の父たちもこれを理解しており、州議会の力を砕いて国を一つにまとめるために専心した。強力な政体が現れるのを忌避したナイジェリアのティブ族やレバノンはついぞ有効な政府を持てなかったし、社会が弱すぎた中国は権力を制御しきれず教育制度にすら賄賂が横行して必要な機能を果たせていない。自由を担保する政治制度に至るのは狭き回廊だ。
タブーだらけの社会には権力への意志を持った人物が現れるものだ。ムハンマドとシュワルナゼは部外者として紛争を解決し調停者として力をつけていった。ズールーのシャカは部族を超え迷信を破り国家を建設した。カメハメハは銃を使いこなしハワイをまとめた。彼らは自由を与えたいがために国家を作るわけではないのでこれらの事例で政府に手錠はつかなかった。
ハルドゥーンは税収のラッファーカーブを指摘したが、実際専制国家のカリフは生産性を高めたり工夫したりすることを阻害した。シャカもカメハメハも貿易や産業を独占した。シュワルナゼに至っては政治的に地位を固めるために経済をわざと混乱に陥れた。
フレスコ画に描かれているように、13世紀のシエーナではコムーネが発達し国家権力に制約が加わっていた。税を集めるのにも優れ、手形や帳簿や法人など商業技術が発展した。トルティーヤが発明されたのは運搬する必要があったためだが、これはモンテアルバンが民主的で都市化が進み多くの人が移動していたのを示すのだろう。
フランク族はもともと参加型の政体を持っており、これにローマの高度に発達した官僚制度が加わり赤の女王競争の狭き道を通り始めた。強い政府だけではダメなのはビザンチンの没落を見れば明らか。イギリスもフランスの影響を受けた。マグナカルタや権利章典はイギリスに限ったことではなくヨーロッパの多くの地域で見られる傾向となった。工夫を妨げないことから産業革命にも繋がった。
儒教は優れた人は官職に就くべき、能力により測られるべき、為政者は民のために尽くすべきと説く。一方で、商鞅から連綿と続く法律至上主義は政府の力を強めようとする。中国の政治は常にこの2つの方針の間で揺れ動いてきた。部族社会は政府に依存し、塩売買など商業もまた政府の影響下にあった。中国共産党政府はこの伝統を引き継いでいる。大躍進政策は商鞅のそれ、改革開放は孔子のそれだ。専制政治は必ずイノベーションを阻害する。ソビエトや北朝鮮が技術を伸ばしたのは政府の需要がとても強い特殊な分野においてにすぎないのだ。政府に振り回されるようでは発展しきれない。
古代のインドは参加型の政体を持っていた。でもカースト制により社会が分断されてうまく機能しなくなり、各カーストはお互いに権力闘争に走り政府を監視することもその能力を高めることもできなくなってしまった。侵略者のムガル帝国もイギリスも独立後のインドも政治が分断されているのだ。国家権力がカースト制を実行していた。
同じようなショックも国により異なる影響をもたらす。軍事化を例にとればこうだ; スイスは地域に分かれていたが、ハプスブルク家の脅威に対抗するためにまとまり政府の能力を高め狭き回廊に入った。大選帝侯フリードリヒは軍事化を進め、プロイセンは専制国家となった。絶え間ない争いに晒されたモンテネグロは無政府状態のままであった。ソビエト崩壊を例にとればこう; ポーランドは市民が力を取り戻したことで狭き回廊に入った。ロシアは汚職や秘密警察などが暗躍し専制国家となった。タジキスタンは無政府状態のままとなった。コーヒーを例にとればこうなる; 小さく独立したコーヒー農家があったコスタリカは狭き回廊に入り、強制労働を利用したグアテマラは専制国家となった。政府と社会のせめぎ合いで明暗が分かれるのだ。
フェデラリストは建国にあたり南部の離反を防ぐために奴隷制の存続を認めた。これは黒人の権利に大きな影を残した。アメリカは鉄道建設も郵便もとにかく私企業頼みの国で、これは連邦政府が力をつけるには時間がかるから。社会が活発に成るときもあるけどFBIやCIAなど市民の監視から外れるような動きもある。
ろくに機能しない張り子の虎政府は世界中にある。これは支配者が社会の活性化からの失脚を恐れて優秀な官庁を作らないため。ラテンアメリカは不平等な社会を植民地時代から引き継ぎこのような政府となった。法の支配が行き届かず経済的に反映するのは困難となる。
サウジアラビア国民は規範の檻に閉じ込められている。宗教的権威が政治制度と一体になって女性の権利を無視している。聖戦を唱えテロに走るのが中東の特徴だが、これは対話ができないためなのだ。
分極化が進む政治制度は狭き回廊から転がり落ちてしまう。土地所有のエリートが共産主義者と妥協できなかったワイマール共和国も、左翼が暴走したチリも、過去のイタリアもその例だ。ドイツやチリは民主主義の土台があったから運よく戻れたが、分断を煽り自分こそが声だとのたまうポピュリストには警戒せねばならない。
二次大戦後の日本は米により無理やり軍隊が放棄させられ、専制国家から民主国家へと狭い回廊に向かった。強制労働は回廊を狭くする二つの効果を持つ; 社会の階層化が進みバランスを取るのが難しくなり、既存の経済システムを維持しようという動機が生まれる。工業化の進んだ南アフリカではこの効果が薄れ、活性化した社会運動と合わせてアパルトヘイトを廃棄できた。グローバル化で農業に特化すると回廊は狭まり、工業に特化すると広がる。民主化に繋がった韓国が好例だ。国際社会は人権を保護することもあれば独裁者の顔を立てることもあり、効果は曖昧。
政府と社会が同時に強くなったスウェーデンから学べることが三つある。まず、政府の役割を拡大しすぎると政治的なコストがかかること。そして、組合のように経済的には非効率な団体も政治的には役立つこともあること。最後に、価格をいじらず税収を高くして再分配するより、価格をいじってしまった方が政府を取り締まる上で有利になる場合もあること。グローバル化や自動化やテロの恐怖など政府に求められる役割は今後も増えていくが、社会の強化と信頼の醸成が重要なのだ。

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・同じ原因から異なる結果を導くのがほんと鮮やかで痺れる。
・中国の理解がちょい雑のような。商鞅が専制的法治国家を推し進めたとあるけどそもそも彼は三つあるうちの最悪のやり方として覇道を勧めたはず。あと井田制が発明されたのは秦ではなくずっと昔。ケ小平が孔子路線と言われてるけど天安門は?などなど。
・ブレないのが政治家の美点と思ってたけどワイマールの例を見るとどうもそうではなさそう。妥協万歳!慶喜公とかすごい。
・日本に引きつけると、9条に抵触するだろうから文書破棄するみたいな動きをする自衛隊や防衛省はほんとゴミゴミ&ゴミ。説明責任を果たしてもらえる制度を作ろう。常に政府を見張るようにしたいものですね。
posted by Char-Freadman at 11:46| 北京 | Comment(0) | ぶっくれびゅー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月25日

貧困のはかりかた

所得の不平等についての大家が貧困をいかに測るかについて語っている。
Anthony Atkinson, Measuring Poverty Around The World

Measuring Poverty Around the World
Measuring Poverty Around the World

貧困を定義するのは難しい。まず政治的な定義として、必要最低限の収入を考えてみる。政治的な定義は政治家の動機づけにつながり、正しい統計を示して政府をチェックする必要がある。次に、主観的な貧困について考えてみる。先進国からの分析ばかりで途上国の声が反映されていないという批判はよく聞かれる。自身が貧困状態か聞いたり、貧困を避けるために必要な消費はどれくらいか聞いたり、それが家計や人口全体でどれくらい満たされているか調べたりするという方法がある。色々な貧困線を導入したり、非金銭的な指標を導入するという手もある。著者はまず生理的に必要な消費量に重点を置くアプローチを考える。単純な方法だが価格を調整したり食事以外の財も考慮する必要があるので完全に機械的に決まるわけではない。次にセンにより提唱されたケイパビリティアプローチを考える。これは人々が生きる上の目標を達成することをどれだけ阻害されているかを見ていくことを意味する。実際に取られた行動のみならず妨害により取られなかった行動も考慮するのが特徴だ。人が潜在能力を発揮するには周りの社会に適応している必要がある。そういう媒介性を考慮できるのも特徴となる。他にも貧困を人権として捉えたり、絶対的・相対的なそれがあるとみることもある。色々な定義は色々な場面で有用なのだ。
どれだけ貧者がいる、みたいな主張を聞いたときいくつか気をつけるべき点がある。まずは、何が測られているのか。消費か支出かは耐久財を考えれば違いが出るのはわかるだろう。消費ベースのジニ係数は収入ベースのそれより低い値がでる。そして、パネルデータかどうか。慢性的な貧困は一時的なそれと区別すべきであり、同じ家計を追ったデータが必要となる。また、生活費がどれくらいなのか購買力平価で考えなくてはならない。そして、誰を図っているのかも問題となる。個人なのか、家族なのか、家計なのかで問いが異なる可能性がある。金銭以外の貧困もまた重要。そして、何が数に入れられているのか。貧者の頭数を見るより貧困ギャップを見る方が精確だが、コストがかかるのでそうできない場合が多い。
データが欠けていたり比較可能性がない場合は多い。例えば都市と郊外の定義を見てみてもどの国でも同じというわけではない。例えばCPIはラスパイレス指数だと生活費を過剰に見積もりがちになる、というのも財の代替を考慮に入れられないから。貧者は移動にコストがかかりがちでより生活費がかかるかもしれない。貧困を考慮するには価格がどうなっているか調べるのは重要な問題。色々なサーベイを見て三点測量のように突き合わせなくてはならない。
国際貧困線は理解を深めるのに役立っている。持続可能な開発目標がどれだけ達成できているかや、国際的な流れが国内の数値にも沿っているかなどチェックすることが可能となった。
気候変動への対策と貧困削減とはときに対立しときに補完する関係となる。数字は揃ってきており、政治を動かす時期に来ているのだ。

遺稿なのでまとまりがなく読みづらいものの、データを見るときに気をつけるべき点がわかりやすく解説されている。おすすめ。
posted by Char-Freadman at 23:59| 北京 | Comment(0) | ぶっくれびゅー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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